STG/I:第百六話:始まりの部屋


 ビーナスは真っ白い通路をよつん這いになり進んでいた。
 円筒状、高低差あり、無数の支線、無数の小部屋、ウネリ。
 ヒトガタが通ることを中心に据えてないことは明らか。
 不便過ぎる。
 とても大きいかと思えば支線が無数にあり、支線の多くは人ひとりが横になって通れる程度のサイズしかない。
 四足歩行型や車輪のついた自走型は別な場所を通るのだろう。
 運搬物のサイズや用途によって通る場所が違うと推測した。
 それらしい広大な通路もあった。
 この支線はSTG28と同様に専用のキャリアーがいるのだろう。
 比較的サイズが小さな物が通るであろう支線。
 それは動いていた。
 まるで生きているように。

 ビーナスはマザー管理下の禁止区域にいた。

 目指すは 始まりの部屋 である。
 アバターが製造されプレイヤーがインストールされる場所。
 彼女は身体にフィットする真っ白いノーマルスーツを装着。
 見ようによっては少し厚手の白タイツ。
 頭もすっぽり収まり、目の部分だけが透明で、ビーナスの瞳が見えた。
 その外観はまるで典型的な宇宙人である。
 グレイならぬ、クリーミー・ホワイトとでも言えばいいか。
 表面はエナメルのように光輝ている。
 硬質に見えたかと思うと軟質に変化。
 スーツもまた生きていた。
 マザーによる叡智が内包されているスーツ。
 パートナー専用の装備である。
 搭乗員パートナーの基本装備であり、生体は常時装備している。
 コアから出る時のみマスターが指定したアバターに着替える。
 ホログラム時も指定アバターであるが、コアの彼女たちはこのスーツ姿だ。
 彼女たちからしたら部屋着のようなものと言える。

 液状の素材とナノマシンによって構成された高度な装備だった。

 光さえあれば三ヶ月程度は稼働可能。
 パートナーは人間ほどではないが酸素が必要だった。
 地球の環境にある程度合わせて設計されている。
 エネルギー系の光線は出力次第であるが、体表を滑りダメージを無効化出来る。
 物理攻撃には弱いが衝撃吸収機構を備え、ある程度のダメージなら生体を保護出来る。
 光学系の迷彩機能や、ジャミング能力もある。
 スーツそのものに物理的な攻撃能力は無いがパワードスーツ的な部分はある。
 彼女たちの攻勢装備は生体に向けられていた。
 自由な位置から猛毒のガスを噴霧したり、液状の毒を生成することが可能。
 電気ショックを発生させることも出来る。
 マスターをショック状態にする程度のことは可能。
 マスターであるプレイヤーが彼女たちに抗うことは不可能だろう。
 その為、アンブレイカブルが作られた。
 このスーツを貫通する。
 撃たれると、スーツで生成可能な中和剤は役に立たず瞬時に分解される。
 その際スーツ密閉容器になる。小さく丸くなりそのまま再生ブロックへ放り込める。
 過去に搭乗員パートナーがマスターに害をなした事例は無い。

 広い直線的なエリアを越えると、緩やかなカーブを描いた支線に入った。
 進むと、更に支線が細くなり、今は登りが続いている。
 チューブの中に照明は無い。
 スーツの目の部分から投影される光だけが頼み。
 パートナーには「閉所恐怖」が無いため臆することなく進んでいたがとても狭かった。
 頭では移動距離と向きにより正確にマップが仕上がりつつある。
 その誤差は僅か。
 例えオンラインに出来ずとも距離が近ければ迷うことは無いだろう。
 搭乗員パートナーはいうなれば人間とアンドロイドのハイブリッドだ。
 生体でありながら高度な情報処理が可能な存在。

 ビーナスは静と検討した上で「始まりの部屋」へ向かっていた。

 ブラックナイト隊で夏に実施された肝試しの際にもマッピングしていたが、それが今回とりわけ役に立っていた。彼女たちはマスターのあらゆる行動、発言、価値観、決定事項を記録し、分析、アーカイブしている。

 パートナー同士の作戦立案は高速である。
 言語による情報交換ではない。
 それは植物の成長に似ていた。

 まず可能性の種が巻かれる。
 そして情報という栄養が双方から与えられ、枝葉が一斉に伸び始める。
 可能性の高いプランが一際成長していく。
 飛び抜けた枝葉を採用。
 そういうイメージだ。
 人間が数ヶ月に及ぶ検討内容を彼女達は一分もあれば出来た。 
 オンライン出来ればその場にいる必要すら無い。
 二人はそれが叶わない為、実際に会う必要があった。
 右手の人差し指同士を合わせ目を瞑る。
 そして 始まりの部屋 の位置を推測した。

 ビーナスは自らの異常性に気づいていた。

 自らがしている行為は本来絶対に起こり得ない現象だったからだ。
 指示されていない。
 パートナーは自発的に行動することは無い。
 マスターに指示されない限りルーティンワーク以外で何かをすることが無いのだ。
 にも関わらず、自分はソレをしている。

 静にしてもそうだった。

 ビーナスに協力を依頼されても搭乗員で無いパートナーの指示を聞くことは無い。
 本来はパートナーの協力要請はマスターと見解が一致していることが大前提にある。
 マスターが不在のパートナーの要請を受けることは無いのだ。
 もっとも、マスター不在のパートナーが依頼することがそのものが皆無である。
 静は当たり前のように受けていた。

 ビーナスは整形途中のヒトガタが手に入るとしたらソコだろうと仮定した。
 プレイヤー自身は「始まりの部屋」でメイキングすると、成形が完了した状態でロビーに顕現する為、この部屋をアバターを通した目で見ることは無い。

 静は随行を申し出たがビーナスは止めた。

 混迷を極めている日本・本拠点において静が出来ることはとても多い。
 部隊パートナーはアンドロイドであるがゆえに宇宙にそのまま出ることも出来る。
 力仕事の点でも搭乗員やパートナーとは比較にならない。
 本拠点やSTG28は自己修復が可能だが、修復不能レベルの損傷を受けた際には専用のマシン・ファクトリーが事にあたる。そのファクトリーですら修復できない複雑なポイントをアンドロイドが当たることがあった。彼女達が製造される前は搭乗員パートナーがあたっていた。
 もっともSTG28のメンテナンスに関しては搭乗員パートナーの方が秀でている点が多く、メンテナンス通路を通ることが出来るのは彼女たちだけである。

 静はいざという時の為にホットラインは通じたままにして欲しいと進言したが、ビーナスはそれも断った。万が一にもマザーに傍受されたら困るというのが理由だ。静はマザーは傍受しないと言ったが、万が一の可能性をとった。彼女は悲痛な表情を浮かべると黙ってビーナスを抱きしめ、走っていく。ミリオタからヘルプコールが入ったからだ。

 禁止区域といっても防衛装置があるわけではない。

 地球人にとっては無意味な為、侵入禁止区域となっているといった方がいい。
 禁止エリアはマザーと接続が出来ず位置情報や様々なサービスの提供が受けられない。
 利用予定が決まっているエリアには酸素も供給されているが、それ以外のエリアは酸素供給もされておらず、人工重力もかかっていない場合すらある。転送装置も無く、物理的に移動するしか手段は無い。迷子になったら最後、野垂れ死ぬしか無いのだ。

 実際、禁止に指定したのは地球人側である。

 嘗ては冒険好きの搭乗員が不明エリアの探索に出たまま死亡する案件も相当数あった。
 地球人側の調査で、通信不能エリアでの死亡は、高確率で地球での本身に悪影響があることも判っている。最悪の場合、搭乗員は死亡する。生きていても植物状態であったり、心神喪失状態であったされている。そうした場合にマザーは一切の保証は出来ない。愚か者の質と数でルールは増えていく。ルールが増えるほどにレベルが落ちていると言えた。

 STG国際連盟は全エリアでのマザーのフォローを求めたこともあったが、最終的には現在のようになっている。マザーは必要なコストを用意出来るのなら構わないと受け入れたが、不明エリアや予定エリアは広大でとても運営側が用意出来る次元のコストでは無かったのだ。

 多くの一般搭乗員は知らないし、知ろうともしないが、STG28や本拠点は無尽蔵にエネルギーや消耗品を何処からともなく得ているわけではない。それらは本拠点が宇宙人と共同で運営している。材料たりうる鉱石を採掘、採取して本拠点に持ち込まれているのだ。

 もっと言えば隕石型宇宙人を材料やエネルギーの元にしている。

 基本は「死んだ隕石型」を利用するのだが、生きた隕石型宇宙人は熱量が比較にならないほど高く利用価値はとても大きい。だが、危険を伴う為、あくまでも「死んだ隕石型」を採取している。

 大戦で日本はSTG国際連盟から大々的に非難された。表向きの理由は規約違反のデスロードを使用したことになっているが、実際はドミノ作戦による隕石型宇宙人の大量死が世界の各本拠点にとって看過出来ないほどの資源的・エネルギー的優位性を日本が得たことに対する非難(嫉妬)であるのが本音だろう。
 平たく言えば「俺達にもよこせ」である。
 事実、大戦後の復興は日本が最も早く、装備の増強も日本が最も充実していた。彼らの非難を鎮める為、ばら撒き外交をしたのは言うまでもない。
 足りない素材の回収はマザーが行っている。また、隕石型宇宙人の構成要素では建造出来ない部分もそれに当たる。それらはマザーの無人機によって定期便が運行され常時供給されているが一般搭乗員で知るものは少ないだろう。秘匿された情報ではなく公開されている。
 本部の生産モニターには常に何が満たされいて、何が足りないか、表示されている。そこではマザーの回収率はどうか、定期便は何処にどの程度来ているか等が表示されている。中継基地から先は、マザーとの条約によって地球人はいかなる理由をもってしても知ることは出来ない。

 支線はSTG28の内部にあるパートナー用通路に似ていた。

 異なるのは繊毛がなく意思で目的地まで運んでくれない点だろうか。
 STG28のメンテナンス通路は繊毛で運んでもらうことが可能で、茹で立ての うどん のように搭乗員パートナーはツルンと出てくる。
 泳ぐことも出来た。
 それがココでは出来ない。
 酸素が無く、音もなく、静かな通路。

 節に相当するポツリと空いたエリアにビーナスは落ちた。
 マップを確認し別な支線に頭を入れる。
 幾つかの支線に頭を突っ込む。 
 ある一つのルートに頭をいれると、途端に音で満ち溢れた。
 流動性のある何かが流れている音。
 滝のようでもあり、濁流のようでもある。

” ココだ。 ”

 スルリと入っていく。
 彼女は手足を開き、壁に添えると蜘蛛のように何の苦もなく通路を進む。
 壁に吸い付くのはスーツの機能である。
 進むほどに音は大きくなった。
 更に幾つかの節を通過。
 途中、何度か行きつ戻りつ、スパイダーガールとなったビーナスは前進した。
 それは突然あった。

” 始まりの部屋。 ”

 真っ白い広大なエリア。
 ここだけは照明がある。
 彼女は天井の通路から顔を出した。
 全体を一瞥する。
 地上には細長い卵のようなカプセルが無数に林立。
 肉眼だと小さくて良く見えないがスーツの機能で拡大視している。
 それ以外の建造物は見られなかった。

” 千基 ”

 卵状のドームは千基あった。
 壁面には無数の穴。
 丁度STG28のコアと同様な構造である。
 同時にこのエリアそのものが扁平のドーム状であることがわかった。
 彼女は視線を走らせるだけで脳内では瞬時に解析され立体モデリングが仕上がっている。
 時が止まったかのように静か。

 移動体センサーに反応は無し。
 
 ビーナスは右手を出し壁につけると、猿のようにぶら下がる。
 まるで接着しているかのように安定感がある。
 彼女は下を見ると、少し身体を揺する。
 壁に触れている手を閉じた。
 三十メートルほどの高さから落下。
 着地寸前にスーツが膨らむ。
 バウンドするスーツ。
 舞い上がったタイミングで萎む。
 そして空中で猫のように身体を撚ると、音もなく四肢で着地。

 静かだ。

 立ち上がり辺りを見渡す。
 耳に人差し指を当てる。
 ビーナスは聴覚レベルを上げたが音はしなかった。
 人差し指を突き出す。
 大気の成分を分析。
 酸素が無い。
 このエリア全体がちょっとした無菌状態とわかった。
 彼女は空中に窓を描くと、描画されたモニターを操作。
 スーツが下から青く光り、頭頂まで達すると、モニターを閉じる。
 滅菌処理。
 細菌類を検知するナノマシンが散布されていれば痕跡が残ることを恐れた。
 卵の一つは三メートル五十ほどのサイズだ。
 卵の造形しかない。
 SF的なパイプや施設、装置が無いのだ。
 土台はあった。
 土台に凹みがあり卵が乗っかている。
 コロンブスの卵みたいに。
 卵には中が覗ける小さな窓が一つあった。
 地上から百五十センチ程度の位置。

 ビーナスは歩みよると窓を覗く。

 棒状の、キリタンポのような白い個体の何かがが立っていた。
 恐らく、幹細胞の塊。
 指令が入るとこの状態から成形されていくのだろう。

 移動し隣を見る。
 同じだった。
 卵はどれも全く同じに見える。
 フルオートメーションの為か一見すると識別するような記号も無い。
 恐らくオンラインで識別しているのだろう。

” 識別コードはあるはず。”

 ビーナスは卵をグルっと見回す。
 スーツの目の部分が緑色に光ると走査線が照射。
 彼女は卵を上から下に舐めるように見た。

” あった。”

 地上から一メートルほどの位置に小さな凹凸。
 手をかざす。

” 201912150815・・始まりの部屋だ。”

 二人の推測通りヒトガタ用のプラントの一つに辿り着いていた。

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