STG/I:第百二話:コンタクト


 時を少し遡る。
 
 レフトウイングが二度目のアメリカ型ブラック・ナイトと会敵した頃。
 ハンガリーの旗艦バルトークはSTGIホムスビへ通信を試みていた。
 彼らは日本・本拠点の許可を受け亡命交渉の正当な権利を行使すべく問いかけている。
 しかし、STGIは幽霊船がごとく反応を示さない。
 
 相手テリトリー内での亡命交渉はSTG28において珍しいことでは無かったが、本来であれば拠点所属のSTGが立会人として随行するのが通例であり、随行しないことは普通には考えられないことだった。にも関わらず、本拠点の代理オペレーターに「その必要は無い」と言い捨てられた。それはどう好意的に捉えようとしても普通ではなかった。
 
 宇宙に漂う STGIホムスビ は人類の可能性を信じたくなる様相をしている。
 星々が煌めく暗黒の空間に浮かぶ明白な人工物。
 空気抵抗の無い宙空に必要とは思えない翼。
 飛翔体は上下でシンメトリーの構造をしており、中央に筒状の砲身らしきもの。
 端部にはコックピットらしきキャノピーすら見える。
 シールドを下ろしているのか中は見えない。
 本体の色は変化しつづけ、白色を基本としながらも波をうつように鈍色に輝いた。
 
「こちらハンガリー所属、バルトーク隊の隊長ゾルタン。貴殿のパートナーから依頼を受け亡命交渉に馳せ参じた。本拠点の許可の下で交信している。証明書は既に送信済。応答されたし」
「駄目です。コンタクト不能」
 彼の搭乗員パートナーである成人女性型のブダが告げる。
「やっぱり駄目か」
「搭乗員はいるのか?」
「わかりません」
「ソレ以前に見えていなかったら、いるとすら思えないな」
「全く検知出来ない存在・・・」
「本当にアレが STGIホムスビ なんでしょうか?」
「間違い・・・ってこと無いですか?」
「それはそれで大問題だぞ」
「これがSTGIじゃないんだったら何だって言うんだって話」
「敵・・・とか」
「これが隕石に見えるか?」
「見えませんが」
「もしくは我々と同じように・・・」
「それ以上は言うな」
「すまない」
「先方のパートナーが送ってきた外見情報とほぼ一致します」
「それだけが証明・・・心許ないな・・・」
「悪魔の証明か」
「センサーに反応無し。挙げ句に映像記録にも残らない」
「分析も出来ない」
「見えてるよね?」
「ああ」「うん」「見えてる」「少なくとも俺は」「私も」
「本当だったんだな・・・」
「目に何か仕込まれているわけじゃないよね」
「そう思いたいが」
「集団幻覚・・・とか・・・」
 
 STGIから応答はない。
 彼らは迷いつつあった。
 何ら確固たる証拠が無い。
 頼みの綱はビーナスがよこしてきた詳細な外見上のレポートのみ。
 彼女が視覚的に計測し制作した3Dマップ等。
 彼らはその飛翔体をモニター越しに凝視する。
 センサーで捉える戦略モニターには何も映っていない。
 見えないはずのものを見ていた。
 
「恐ろしい代物だな・・・」
「どうするゾルタン?」
「アーニャから回答がありました」
「わかった」
 
 隊長のゾルタンは対話に入る。
 
 国を隔てての取引となると過ちは許されない。彼らは出来うる限りの観測データを添付し、母国拠点のマザー・コンピューターであるアーニャに分析を依頼。といっても、その記録には何一つ含まれていないことは承知している。念の為に搭乗員全員に異常が無い証明として心理グラフやパートナーによる判定スコアも添え判断を仰いだ。
 
「アーニャはなんだって?」
「ログ、索敵ポッドから収集したビッグデータからはやはり何も検知されないらしい」
「ですよね」
「アーニャに言わせればアレは『存在しない』らしい。俺達へ念の為にメディカル・ポッドの受診を勧めてきたよ」
「そうなるか」
「錯乱ね」
「寧ろ錯乱したいよ」
「となると・・・」
「ああ。出来ることは日本・本拠点の許可を受けてアクティブ・ソナーを打つぐらいだ。アーニャにもそうアドバイスされた」
「随行も無しにソナーは打ちたくないな・・・」
「そうなんだが・・・止む終えない。日本・本拠点に打診してくれ」
「アクティブ・ソナーで得られる情報なんぞたかが知れているけどねぇ」
「成分分析は出来ないだろうから、せいぜい物理形状ぐらいだ」
「認識出来ない以上、アーニャは何も判断出来ない」
「あれ?」
「どうした」
「駄目です。拠点から反応なし」
「ダウンしたか! 本部機能が今まさに消失もしくは一時的に麻痺しているんだろう」
「まずいな」
「打っちまえ」
「簡単に言うな。ソナーは明らかな敵対行為だ」
「でもアーニャが許可したんだ。言い訳は出来る」
「そうかもしれないが、誰でもいい・・・日本・本拠点の誰かと連絡をとりたい。おい、知り合いに日本人は居ないのか?」
「さっきからメッセージを送っているんだけど返事がない」
「私も・・・」
「そのはずだ、通信不能になってる」
 
 ざわついた。
 
「何かあったのは確実だな」
「それにしては静かだ」
「不気味ね・・・」
「確実に何かしらの許可が欲しい。でないと後々国際問題になる。別ルートはどうだ?」
「駄目です。完全に反応なし」
「拠点機能が失われると同盟にはオープンになるはずだったな?」
「はい。ですが、どの程度の時間と範囲まで開かれるかはケース・バイ・ケースです」
「いっそ日本の戦術マップに侵入しますか?」
「いや、今はいい。ダウンした可能性は高い。オープンをまとう」
「待てよ。・・・となるとシューニャ・アサンガのビリオンダラー級の戦果は何処へ行くんだ?」
「それは俺達が考えることじゃない」
「争奪戦が始まる」
「ゾルタンきな臭いぞ・・・やはり止めた方がいいじゃないか?」
「しかし・・・」
「眼の前に、STGIがあっちゃねぇ」
「アーニャから緊急通信」
「わかった」
 
 応答するゾルタンの表情は強張った。
 時折、強い言葉を発し、最後には力なく頷く。
 
「なんですって?」
「別の部隊がくる。到着次第宙域を開けわせとよ」
「だから報告しなきゃ良かったのに!」
「なんだよそれ!」
「はぁ?」
「どこのどいつだ!」
「STGアメリカ・・・・あのD2Mだよ」
「どうして、何の関係があるの!」
「そうか、日本がダウンしたのを気づいたんだな・・・」
「あの野郎共・・・シューニャの戦果が狙いだろう!」
「アイツら、こういう時ばかりは行動が早い・・・強欲共が」
「ゾルタン、どうする?」
「到着次第、退こう」
「だから止めておけば良かったんだ。アーニャ達は繋がっている」
「仕方ないだろ」
「随行さえあれば!」
「そんな・・・」
「チャンスだったのに」
「みすみす見逃すの?」
「まさか・・・STGIも狙っている?」
「その両方かも」
「亡命の依頼はあっちからだろ! 俺達に権利がある」
「ようやく本物のSTGIを手にすることが出来るチャンスなのに・・・」
「乗り込んで制圧するか」
「馬鹿なことを言うな」
「アメリカに取られるよりマシだろ」
「今更で悪いが、そもそもの疑問としてアレは何だ?」
 
 隊長は顎でモニターに映るSTGIを指した。
 
「STGIだろ」
「STGIとは何か? 本当に味方だと言えるか?」
「今そこなの?」
「STGIは今まで何度も窮地を救って来ただろ。人類の希望だ。俺たちだってMR・SAITOに助けられた。忘れたのか?」
「忘れるか。でも、目の前のアレも含めて他のSTGIを俺は知らない」
「いや、俺たちが知らないだけで、他国のSTGIも戦ってたんだって」
「果たしてそうなんだろうか」
「なんだヲタ」
「俺は日本のSTGIのファンだからずっと追ってきたけど、他国STGIの活躍はどうも信憑性に欠ける」
「そりゃ極秘だから色々書けないんだよ。俺は記事で読んだことあるぞ」
「いや知ってるよ。でも、それは文字だけだろ? 見えない以上、どうとでも言える」
「映像も見たことあるさ! アメリカのSTGIは戦術爆撃機みたいな姿だった」
「自分で言ってておかしいことに気づかない?」
「何が? 凄まじい戦闘だったぞ!」
 ヲタと言われた二人は顔を見合わせ困ったように微笑する。
「それはファン・アート」
「いや、違う。あれは、リアルだ!」
「御免ね。あれ、ファンの間では有名なの。ファン・アートよ。だって本物のSTGIは映像に映らないから。今だってそうでしょ。ホラ、見て」
 
 コンソールを操作する。
 リアルタイム記録を巻き戻し、モニターに映した。
 STGIがいない。
 
「あっ・・・・そうだった・・・」
「本物のSTGIは記録されないから」
「世界で踊っているSTGIと称する記事のほとんどは我々のバルトークだよ」
「そうだ・・・失礼した。俺のミスだ・・・」
「逆の視点で言えば我々を味方とアチラが思えるか・・・」
 隊長のゾルタンはそう言うと、言葉を続けた。
「我々はアレについて何も知らない。アーニャにはSTGIに関する記録は皆無に等しい。建造方法も無ければ何も出てこない。出てくる情報は全て地球人による書き込みだけ。もし地球外知的生命体が搭乗していたらどうする? ソナーを打つ意味をどう捉える?」
「うーん・・・」
「アーニャに説得させればいいだろ」
「アーニャなら殲滅一択だろう」
「そもそも、どうやって他の国はSTGIを所有出来てたんだ?」
「噂によると・・・」
「噂はいい。確たる情報が欲しい」
「・・・わからない」
「そうだ。わからないんだ。下手な手を打てば取り返しがつかない」
「罠の可能性もある?」
「場合によってはそれもあるだろう。だから慎重過ぎることは無い」
「でも、アレは本物よ! きっと本物のSTGI! 映らないのよ!」
「恐らくな」
「ここまで来て・・・」
「千載一遇の好機なのに・・・」
「ゾルタンの言う通りだ。危険過ぎる」
「せめてD2Mが何をするかは見届けよ。彼女の搭乗員パートナーは私達に委ねたんだから。責任がある」
「出来ることなら連中に関わりたくないけどね」
「いや、ゾルタン、ソナーを打とう!」
「そもそも我々には搭乗員パートナーの要請があるんだ。本拠点の許可も受けた」
「これから亡命を受けようという国がソナーを打つという意味がどういうことか」
「仕方ないだろ。応じないほうが悪い」
「下手すると信頼にヒビが入る」
「そもそも信頼なんて無いのかもしれない」
「それもある」
「また、チャンスはあるかも・・・」
「無いかもしれない」
「チャンスはそうあるもんじゃない!」
「そうだな・・・。ゾルタン、打とう! パートナーの依頼が証拠になる!」
「うん。アーニャだって言ったんだでしょ?」
「だが・・・」
「警戒!」
 
 STGIホムスビがウニのように無数の棘を伸ばした。
 
「推定攻撃姿勢、警告!」
「シールド七十%まで上げろ!」
「ヨー!」
「攻撃分析!」
「だから、わからないの!」
「そうか・・。ヘクサプリズン用意!」
「展開!」
「先端、何か鉱物系のヤジリのように見える・・・」
「発射された!」
 
 伸びた先端から何かが発射された。
 
「見えない!」
「警戒! センサー最大! 全員目視!」
 
 緊張を漲らせ搭乗する隊員が全方位に目を走らせる。
 何も起きない。
 何も飛んでない。
 
「攻撃姿勢、解除されたようです」
 
 ホムスビはもとの形状に。
 再び何の意思もなく放浪しているように見える。
 
「何が起きた?」
「油断するな」
 何も来ない。
「あれ、今・・・」
「どうした?」
「悲鳴のようなの聞こえなかった?」
「どんな?」
「俺も聞こえた! 気のせいかと思った」
「女性、若い女性のような」
「おいおいおい嘘だろ、勘弁してくれ・・・」
「宇宙でホラーとか、キューブリックかよ・・・」
「寧ろリドリー・スコットだな」
「どっちでもいいわよ」
「間違いない俺も聞こえた」
「記録チェック」
「はい」
「外部と内部音声記録を再生して」
 
 声は聞こえなかった。
 波形にも出ていない。
 
「あれ?」
「聞こえないな」
「驚かすなよ」
「気のせいか・・・」
「気のせいじゃないって!」
「いや、しかし・・・自信ないな」
「私は自信ある! 絶対聞こえた!」
「でも、録音されてないぞ。波形にも出ていない」
「戦場では実際にあることだ。気にするな」
「幻聴って言いたいの?」
「一旦、忘れよう」
「うん」
「今更ついでに思うんだが、SAITOはどうして我々を救ったんだと思う?」
「危なかったからだろ?」
「でも、ハンガリーの防衛圏だった」
「日本人は時としてよくわからない行動をするから」
「私にはわかる」
「俺も。助けるのに理由がいるのか? 目の前で倒れた命を救うのに理由がいるのか?」
「残念な話だが、世界は過酷だから、時と場合による」
「わかってるつもりだ」
「アニメに毒されているんじゃないのか?」
「今のは聞かなかったことにする」
「待って!」
「どうした?」
「何、なに、ナニ、嘘でしょ! 超重力警報!」
「ナニか来ます!」
「エネルギー・シールド最大! 迎撃体制をとれ!」
 
 見えるほどに空間が歪む。

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