STG/I:第六十八話:青い鳥


 三日が過ぎたがシューニャはSTGIには乗っていなかった。

 フェイクムーン撃退(公式虚偽)というお祭り騒ぎも一通り鎮まり、隕石型宇宙人の襲来の警報もなく、ロビーは何事もなく日常に戻っている。皆はそれぞれ元の生活に戻り、本部に警告した事柄が一般の搭乗員へアナウンスされることは無かった。
 考えようによっては無理もないかもしれない。何せ自身の部隊員ですら説得できたわけではない。部隊員を招集し、現在ブラックナイト隊兵器開発部では対巨大隕石型宇宙人への主力武装の開発と、超小型隕石型宇宙人への対抗策を練っていると伝え、今後そう遠くないうちに隕石型宇宙人の大規模な進行が始まるだろうと告げた。
 当然ながら質問が出る。「何を根拠に?」対して「STG21からの警告です」と答えた。その後の様子は想像に難くないだろう。議論にならない対話に終始した。饒舌なシューニャは最終的に口を閉ざした。そもそも根拠が無いに等しい。議論するような状態ではない。最早こうしたテーマでは ”その人自身を信じるか信じないか”  という極めて曖昧な世界に入ってくるからだ。下手をすれば新興宗教的世界。説明をつけることは簡単だった。むしろ得意と言える。全てに説明はつけられるのだ。それだけに説得をしないことにした。言いくるめていいような事案ではない。命、生き方が関わってくる。それは到底背負えるものではない。
 ミリオタさんは躊躇いがちなるも信じた。ケシャは勿論マルゲリータも。何故かエイジも信じたようだ。
 古参は半信半疑。元から古参はドラゴンリーダーから交代してからずっとだ。彼のようなリーダーシップもない隊長には不満なのだろう。事あるごとに苦言を呈される。それ事態はありがたいことであったが、フェイクムーンへの初動では皆のいる所で古参に叱責を受ける。由々しき事態である。そうしたこを無くすよう毅然とした態度、リーダーとしての圧力をもっと出した方がいいと以前はミリオタさんに散々言われたが、最近は言わなくなった。シューニャにはシューニャなりのリーダー像があった。
 大戦以後の部隊員はレインボーカラーだ。つまり様々。他の部隊へ移籍した者の大半はこの帯域にいる。彼らは大戦を知らない戦後世代。何も確たるものがなく夢見心地でココにいる。フェイクムーンでも彼らは特に何ら実際的な危機に対峙していない。
 フェイクムーン以後に入隊した者は大半が信じていないようである。ポカンとしていたのが壇上からよく見えた。下にいると気づかないが、壇上にいるとかくもよく見えるものかと実感する。
 自らの足元すら説得できないのだ。土台、大衆を説得出来るとは思えない。いっそヒール役を利用し演出こみで「恐怖の大王がくるぞー!」的なことを占い師の格好で派手にダンスでもしながら吹聴してはどうかとも思ったが、それは単なる煽りに過ぎないと思い止めにした。
 昨今ではこのゲームをリアルなAIパートナーと付き合えるギャルゲーと思っている人も多くいる。AIパートナー用のアバターやオプションを買う為に、やむおえず”STG28”のシミュレーターに乗ってゲーム内ポイントを稼ぐといった感覚のようだ。ブラックナイト隊にも新人が多少なりとも増えた。その隊員から聞いたのだ。実戦経験は皆無に等しく、本部委員会が申し訳程度に模擬実戦を行うが、それは実戦とはほど遠いものだった。

 まだSTGIを取得したことは誰にも言っていない。

 飽きもせずSTGIホムスビを眺め、コンソールで表示出来る項目を熟読する日々。
 マザーやパートナーが答えられない以上、結局は読むというアプローチしか残されていない。説明は必ずしも全てに答えるものではなく、疑問だけが肥大化していく。武装も全てが開示されているわけではなく[LOCK」と表示されたものが多数ある。

「ノート・・・まだあったかな・・・」

 彼は実家に当時のノートがあったかどうか考えていた。
 少なからずこのSTGIは当時の一過性の熱情が元になっていると確信する。
 であれば、ノートはロックされた武装の説明の一端をなしているはずだ。
 特にあれは記念としてなくとってあったはずだ。
 勿論、誰かに見せる気など更々無いが。
 ノートを探す必要がある。

 コンソール内の説明に「条件がある」という表記が多数あるのだ。

 にも関わらずその肝心の条件が書いていない。
 幾つか思い出した部分もある。
 プラネット・バスターにクールタイムを設けたのは自分だった。れいの宇宙戦艦が発射後には直ぐに再発射出来ないことを格好いいと思い、自らそのように設定した。返す返すも「無限に発射出来る」とか「チャージはいらない」とすべきだった。恐らく十歳以下の自分だったらそうしただろう。十歳を過ぎるともったいぶったものを格好いいと思い出す。そしてより複雑な条件を好みだす。大人になると条件は出来るだけ少ない方を望む。そうなのだ、幾つか複雑な条件の兵装があった。それを当時は格好いいと思った。

「取得条件のように、自分で探せってことなんだろうか・・・」

 シューニャは部隊ルームにもあまり顔を出さず、ログインしている間はハンガーに出ずっぱり。まだ全てを読み終えたわけではない。その上で、何がどう繋がっているか自分で整理しないといけない。単純な頭脳労働。

 STGIと今後のことで頭が一杯だった。

 てっきりバルトークあたりから秘密のコンタクトでもあるかとも期待した。
 何せ相手もSTGIだ。
 何かしらの部分で繋がっていても不思議じゃない。
 ところが何もない。
 メールも一通り目を通した。
 STGIに関する追求等は一切なかった。
 相変わらず皆の感心はシューニャやブラックナイト隊の戦果の使い道のようだ。そうした脅迫めいたものや取材要請で埋め尽くされている。毎日表示される戦果獲得ランキングは日々更新される為に既に掲載されていないが、月間獲得ランキングでは相変わらず名前が乗ってしまっている。それらを見た連中がフラストレーションを一方的に貯めるのだろう。何せ毎日のようにゴシップでブラックナイト隊の戦果の使いみちが報じられる。誰だったか、部隊員で「女性パートナー用スリングショットを購入!」と報じられ、これは部隊内でもいい弄り対象となった。セレブがよく着ている印象のほとんど隠れていない水着だ。個人の趣味趣向に何か言う気はない。寧ろ、

(ビーナスや静にも着せたい!)

 そんなことを思ってしまう自分がいる。部隊長である以上は自らを律しないといけないだろう。

 バルトークのチームに会おうかとも思案したが、ブラックナイト隊の一挙手一投足は、このように良くも悪くも最早世界中の注目の的である。先日も「ブラックナイト隊の隊長、シューニュ・アサンガ。ロビー内で五日ぶりに目撃される」と記事が踊った。ふと、キアヌ・リーブスが秋葉原で目撃され、ただ歩いているだけでSNSで拡散されまくっているニュースを思い出し、彼を気の毒に思った。

「有名になるってのは・・・随分と窮屈なもんだな・・・」

 少なくとも二十代までは人並みに憧れもしたが、実際になってみると自分とは肌があわないと感じる。些細な発言で総叩きを食らう。下手な発言が影響力をもつ。知らず、シューニャは無口になっていった。先日は部隊の食堂で「シューニュ隊長ですよね!握手して下さい!カード交換してもらっていいですか・・・」と食事中に問われた。同じ部隊にも関わらずである。二十代の自分なら「食事中なんだけど?」と、不機嫌に言ってしまいそうだが、さすがにこの歳になると、黙ってこなせた。いい気分もしないではなかったが、いちいち行動が阻害され、意識が阻害され、見られるのは思ったよりストレスになることがわかった。

(いっそ新アカで始めたい)

 ただ、それは出来ないことはゲーム開始当初に実験済みだ。一度踏まれたリンクは二度と機能せず「そのページはありません」を意味する「404」が表示される。実験用にサブ垢は欲しい方だ。

 ミリオタやケシャからは「どうしたのか」と尋ねられても、「ちょっとね・・・」と口を濁し、すぐにハンガーに籠もった。ケシャは問い詰めなかった。
 ログアウトすると「STGIは夢だったんじゃなかろうか」と思い不安になった。
 ログインする度に得体の知れない恐怖を抱え、あるのを確認しては胸を撫で下ろす。
 今ではログインしっぱなしにしている。
 まるで病症に伏している彼女を見舞う心境と言えばいいか。
 多くの者が今や日本・本拠点のエース竜頭巾や上位の常連だったプリンのことを口にしなくなった。グリーンアイにしてもそうだ。大戦における最大の功労者達にも関わらず忘れ去られている。時のうつろいの残酷さを感じさせる。最早、二人のことを知る者そのものがほとんどいないほどブラックナイト隊もメンバーが入れ替わっている。さすがにドラゴン・リーダーのことは知っている搭乗員は多い。いまだ彼の功績を結果的に伝えている。ただ、いずれ忘れ去られるだろう。なんとも言えない寂しさを感じた。

 この三日、ビーナスを呼び、マザーに問い、可能な限り答えを引き出そうと試みた。

「STGIはどこに収まっているんだ?どうしてこんなにハンガーは大きい」
「わかりません」
 本拠点には構造上謎の空間が多い。それは本拠点構造図でも見て取れる。その多くは「拡張予定エリア」といった名称で綴られ、それ以外何も具体的な記述がない。そうした空間が到るところにある。恐らく、その何れかに収まっていると考えられた。徒歩で行くルートも無いのだろう。一度、ブラックナイト隊の夏のイベントで、肝試し大会を開催した。徒歩で図面上にある謎の空間へ行こうツアーだ。入る扉が無かった。他にも開かずの扉もある。パートナーに聞いても「情報がありません」と返ってくる。その扉はノブがない。押しても引いてもビクともしない。何か合言葉でもいるのだろうかと、ミリオタさんが「開けゴマ!」と言って、皆がキョトンとした。若い子にはわからないだろう。ミリオタさんとは歳が近いかも知れない。
 いざという時に何も動かせないのでは話にならない。マザーに「シミュレーターはありますか?」と尋ねると「ありません」と即答。「じゃあ、どうやって練習すればいいの?」と問うと「搭乗し、操舵して下さい」と言われる。「どうして管轄外の未確認機体が拠点内にあるんですか?」との問には「仕様です」だそうな。ありがちな答えである。これを言われたら二の句も告げない。もっとも彼自身も言ったことがある。使いすぎると信用を失うマジックワードだ。それでも懲りずに「その仕様とは?」と尋ねると「協定により開示不能です」だそうだ。「協定とは?」との問いに「お答えできません」だと。そう言われちゃしょうがない。黒塗りの資料と同じだ。どの角度から質問を切り替えても行き着く先は黒塗りの資料。結論にたどり着ける情報は何も出す気はないのである。

 STGIはマザーとは違う勢力の支給品。
 STGIは本拠点内部のどこかにある。
 STGIに関し、マザーが何かすることは一切無い。
 STGIは搭乗員の想念をある程度具現化されているが選択権は無い。
 STGIについて、マザーは何も言えない。

 言わないというより、言えないのだろう。
 政府が地位協定について無抵抗なのに等しい。

(もっとも推測の域を出ないが・・・)

 昔から漫画やアニメでも必殺の兵器が原因で逆に事態の悪化を招くことは往々にしてあったと思う。知っておく必要がある。STGIの出来る限り全てを。むしろ全滅のトリガーになる可能性すらある。

「後出来ることといったらノートを探すことか・・・」

 先だっての大戦でもSTGIが食われ、本拠点は急襲を受けた。
「マスター」
 ビーナスから通信。
「副隊長がすぐにお会いしたいと」
「ミリオタさんが?・・・わかった。すぐに行くって返事して」
「わかりました」

 改めて見上げる。
 近づいて、そのボディに触れるとスチール・グレーに変わった。
「おおおおお」
 歓喜の声を上げる。
 厳密にはボディに触れることは出来てない。
 装甲の前に見えない何かがあり、そこれに触れるのだ。
 それは柔らかく、ゆっくりと力を加えると次第に凹み、力を込めるほど強く拒む。
 毎度のことながら、このギミックには感動する。
「美しい・・・」
 しかも力を加えるほど音が鳴る。
 この音が外に聞こえているものか、それとも触れた者にのみ共鳴しているのかはわからない。でも、恐らく後者な気がする。鮮明に聞こえるのだ。空間というフィルターを感じない。その音色がなんとも心地いい。凄く安心する。聞こえるというより、肉体そのものに響くという感じ。
 シューニャは我が子のように優しく、愛おしそうに撫ぜた。
 胸が高まり過ぎて、訳も分からず涙ぐんでしまう。
 STGIに触れる度、ある物語のセリフが過る。

「大いなる力には大いなる責任を伴う」

 映画「スパイダーマン」でピーターが育ての親であるオジから言われた言葉だ。
 それは好むと好まざるとにかかわらずそうなる。
 消極的に捉えたとき、力に振り回される。
 覚悟をもって迎え撃たないといけない。
 そうだ。現実には喜んでばかりもいられないのだ。
 大いなる力は使い方を誤ると自らばかりか周囲を巻き込んで破滅を招く。
 放置も出来ない。無視すればいい話でもない。勝手に事態は悪化するからだ。
 まるで砂糖に群がる蟻のように向こうから大挙して押し寄せてくる。
 勤め人だったなら言わずもがな大なり小なり経験があるだろう。

「嫌なことを思い出した・・・」

 彼にとっては今思い出しても心苦しい経験があった。
 どうしてあんなことになったのか。

 義侠心に駆られ、真実を究明しようとした結果、虎の尾を踏んだ。

 後悔はしていないが。
 やり方は不味かった。もっとあったはずだ。方法が。
 多くの人に迷惑をかけた。
「今まで生きてきて、初めて人を信用出来たよ」
 そう言ってくれた人が・・・。

 彼は左胸を抑えた。
 握り拳をつくり、強く胸を叩く。

(済んだことだ)

 時に再びはない。
 ゲーテも言っている。後悔は新たな後悔を生む。

(もう二度とあんな思いはしたくない。人はあんな目で見られるべきじゃない)
  
 組織の嘘に巻き込まれるのは避けられない。
 組織の嘘に利用されるのも避けられない。
 自らのスタンスを確固たるものにしないと。
 その上で目を背けることなく真っ直ぐ事にあたる。
 根拠なく組織の尻馬に乗るべきじゃない。かといって単に反目するべきでもない。
 和して同ぜず。
 自分に問うしかないんだ。
 目を背けてはいけない。
 仲間は必要だ。
 組織の渦に飲まれて真っ先に切られるのは我々だということを忘れてはいけない。
 舵はしっかりと握らないと渦に飲み込まれる。
 その時に後悔しない為にも。
 心に問い続ける。
 誰を悲しませてはいけないか、ハッキリさせる必要がある。
 そこまで行ったら後は胸をはって生きていくしかない。
 仮にどん底からのスタートになったとしても、自分はわかっているのだから。
 自分には嘘をつけない。

「あのぉ、マスター?」
「ああ!すまない。行くよ」

 今一度眺める。
 大きく深呼吸。
 STGIに手を振った。

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