STG/I:第六十六話:顛末



 サイキさんと別れてシューニャになると真っ先に頭に浮かんだことがあった。
 マザーの一件である。
 地球におけるSTG28の放棄か残留かの選択。
 マザーワンに脅威が去ったことを伝える必要がある。
 私には妙な確信があった。

”フェイクムーンは眠りについた”

 初めてマザーがオフラインになっている表示をみて緊張が一気に身体を満たす。
 まさか放棄は有り得ない。彼女らとて欲しいはずだ。STG21の情報を。
 マザーがオフラインになっているのは戒厳令が敷かれたからと知る。
 戒厳令下でも隊長だけが許されている本部へ連絡を入れる。
 マザーが万に一つでも”放棄”を選択をしては困る。
 一刻も早く伝える必要がある。「フェイクムーンは既に脅威ではない」と。
 幸いなことに本部は私とコンタクを取りたがっていたようだ。
 同時に、内部対応で忙しくフェイクムーンへの対応は完全に放置されいたと知る。
 それはそれで大問題だが。
 何が幸いするかわからないものだ。
 ポイント無しで宇宙人と接見出来た記録は過去ないようだが、私は即刻彼らと会うことになる。本部が私と連絡を取りたがった理由。それは宇宙人、マザーワンからの要請。まるで彼らは借りてきた猫のように大人しかった。

 白い、ややクリーム色がかったようにも見える室内。
 ドラゴンリーダーから聞いたことがある。
 真っ白に光る奥の間。
 風が流れてきてカーテンが揺れている。
逆光で宇宙人の姿こそ明確には見えなかったが凄く大きい。
手足が長く、何処ぞのSFで見た宇宙人像を象徴しているように感じられ些か萎縮と同時に興奮してしまう。

「脅威は去ったのですね」

 彼、いや彼女?の第一声はこれだった。
 どう応えたものかと思ったが、簡素に言った。
「ええ。フェイクムーンのことなら」
 カーテンが大きく揺れ風が猛烈に吹く。
 風はまるで彼女らの感情を表しているかのようだ。
「素晴らしい」
 たったそれだけで接見は終わった。
 暗転したかと思うと、もう宇宙人の姿は無く、扉は閉められている。
 なんとも形容しがたい。
 感動体験であった。

 本部の連中は何の根拠もない私の発言に対し素直に受け入れる。
 というより、誰も責任を取りたくないからだろう。
 何も無いのならそれでいい。
 そう考えたようだ。
「何かあったらアイツらに責任を押し付けよう」
 恐らくその程度の思惑なのだろう。
 同時に「宇宙人が納得したのだから」という部分も大きいのだろう。

 私はマザーの件を尋ねた。
「マザーによる本拠点を放棄するかの判断はどうなりました?」
 委員会は騒然となる。私が知ってることが意外だったのだろう。
 結局マザーらの異例なほど長時間に及んだ審議の結果。

 ”放棄”

 ゾッとした。
 結構いけたと思ったのだが、静の得た情報以上に彼らはSTG21を恐れたようだ。
 ただ無駄ではなかったかもしれない。
 何事も即断即行動の彼らがこれまで時間をかけたのだ。
 相当に揉めたのだろう。
 決定したにも関わらず、即時行動の彼らが待った理由が「私」だったらしい。
 私が意識を失っていた為、最後の確認をとれなかった。そんなところだったようだ。
 あのままだったら何か取引を持ちかけたのかもしれない。

 マザーは即座に決定を撤回。

 曰く「問題が解決されているのであれば先の決定は無効となります」ただそれだけだった。
 実に簡単である。
 そして、このマザーによる地球放棄の審議があったことそのものが闇に葬られることに。
 本部曰く「混乱を避ける為」だそうだ。
 マザーの指示ではない。
 私は「どのみちばれる」と主張したが、却下。愚民政治と同じで、こうした態度は日本人の根底にあるのだろうか。万国共通なのか。権力者側は基本的に嘘をつくのだろう。昔ならいざしらず、なんでも容易にバレるこの時代にあっても彼らは嘘をつくのを辞められないらしい。しかも保身の為だけに。もう少し我々は賢くなる必要がある。

 振り返ってみると、マルゲを連れて行って本当に良かった。
 接見後、本部へ招集された際にミリオタさんとマルゲに随行してもらったが、ことのあらましを述べマルゲが計測した記録を全て提出。(ミリオタさんは反対したが)現状ではフェイクムーンが活動を停止している可能性を結果的に伝えることになったようだ。
 不確かな足場ではあるが、彼らにとっては「そう思うことにする」には事足りたのだろう。これは我々にとっても保険であった。暗黙の了解は、互いの力が均衡関係をなしている時はいいが、傾いた際に不利に働くことがある。仕事で痛い目をみたことがある。
 驚いたのは”放棄”の決定は海外本拠点にすら伝達されなかったことだ。この厳しすぎる現実をどう扱っていいか身に余ったのだろうか。そういう時、人は例外なく嘘をつく。今回の件で、こうした際にマザーは自ら何かを発することが無いとわかった。「日本・本拠点には伝えた。後は君らでやりな」そんな感じなんだろう。もっとマザーと対話する必要がある。彼女は嘘はつかない。問われれば必ず答える。答えは常に目の前にあるのだ。それをどう利用するか、我々次第なのである。

 私がどうなっていたかの顛末はこの後でミリオタさんから聞いた。

 フェイクムーンから放たれた針のような閃光は、分離したホムスビのダイヤモンドを直撃。
 簡単にコックピットを貫通したと言う。
 突き立てられた閃光は直ぐに消え、引力に吸い寄せられダイヤモンドは落下。
 ビーナスが拾い上げた時に私は居なかったという。
 映像解析の結果、直撃後にコックピットから私は放り出されていた。
 妙な気分だ。自分の死にかけた映像を見るというのは。
 アバターとはいえ心が痛む。
 ホムスビは長門らと合流。
 ビーナスの提案を二人は無視したと聞いている。

「彼奴等は所詮は機械なんだ!思い知ったよ」

 彼は酷く怒っていた。
 ビーナスは速やかな帰還を提案したようだ。
 それは必ずしも間違っていない。
 圧倒的なフェイクムーンを前に捜索隊を出すのはリスクが大きすぎる。
 一方では、わかっていても出来ないのが人間とも感じた。
 彼の話を通し「これが人間と機械との違いなんだ」と感じられた。
 理屈に合わない行為をする。それが人間なんだ。それが人間的なんだ。過ぎればバランスを崩すが、愛すべき行いなのかもしれない。これまで考えていた価値観が根底から揺らぐ思いがした。

 二人は私の捜索に乗り出す。

 合流したことで隊長代理権がミリオタさんに移行したので、ビーナスに命令も出来たが彼はしなかったようだ。ビーナスはホムスビと共に本拠点へ帰還。これについても彼は怒っていた。

「パートナーが聞いて呆れる!」

 この忙しすぎる現代社会において、貴重な時間を会ったこともない他人の為に使う。
 ある意味ではバランスの欠いた行為かもしれない。
 でも私は胸が熱くなった。
 過去、彼女ですらここまで自分を思ってくれたことがあったろうか。
 親ですら無いかもしれない。
 例え一方的な思い込みの結果だったとしても、これが言うところの吊り橋効果なのだろうが、正直に嬉しかった。

 当時、静も大破していたと聞く。
 彼は「直撃したからだろう」と言っていたが、後席はダメージは受けていないはず。
 ただ内部が大きなダメージを受けていたようで、私はそれがひっかかった。隊長権限でVTRを見れば良かったのに彼はそうしなかった。本件に関しては後で聞いてみる必要がある。アンドロイドやパートナーは嘘をつかない。

 三時間後、捜索を続けていた二機は帰還するが成果なし。

 隊長代理となったミリオタさんは「オンラインになってるんだ!生きてる!」と言い続け、「今日、俺会社休むわ、ちょっと飯くってまた行ってくる!」と。これに対して「私も!」とマルゲリータ。彼女も会社員なんだろうか。意外にも「僕も行きます!」とエイジ。そこへログインしてきたケシャが事態を知り半狂乱になったと聞く。想像に難くない。彼女は精神バランスが崩れやすい。過去の話を少し聞いたことがあるが、恐らく原因は育った家庭環境に起因するのだろう。不安定な家庭環境だったようだ。ケシャがようやく落ち着いたと思った矢先グリーンアイがログイン。

 私を連れ戻したのはグリーンアイだったようだ。

 ミリオタさんが止める間も無く彼女は勝手に出撃し捜索隊よりも先に見つけて帰ってきたと聞く。それでも六時間後だったようだが。暫く私の側にいたかと思うと、いつの間にかログアウトしていたらしい。VTRで見てみたが、どうも何時もと様子が違って見えた。竜頭巾やプリンは結局ログインして来なかったようだ。

 静の為に導入した高度医療施設は私の修復にも結果的に活躍することに。自らも救われることになったわけだ。ようやく落ち着いたミリオタさんは「お前、大変だったんだぞ!ホラーだよホラー!」と私の様子を伝えた。「R設定されている連中のモニターではお前モザイクだったんだから」と、笑いながら伝える。
 全身が焼けただれたように露出しノーマルスーツは血まみれだったという。ただ、妙なことに出血は止まっており再生がある程度は済んでいたそうだ。私のアバターはメディカルで実質二日半ほど過ごしたらしい。ここまでダメージがある場合、本来なら戦果で新しいアバターに替えるのが通例であるが、私が意識を失っていたことから結果的に再生まで待つことになる。最も私はアバターに思いいれがあるから、意識はあっても再生を待っただろう。

 夢だと思っていた静とビーナスのやり取りは事実だったらしい。

 その際に部隊に襲撃があったようだ。今回のフェイクムーンの件を私達の陰謀だと思った輩が徒党を組んで襲来。過去も過激な行為があった為にある程度防御策を施していたが、用をなすこともなく修繕を終えたばかりの静が一網打尽にしたらしい。
 部隊パートナーの戦闘力は本拠点内では最も高い。騒乱を生み出す行為そのものが禁じられているから防衛以外で彼女らの戦闘は有り得ない。ロボット三原則に似たような設定がある。アバターにダメージを与えることは出来ないが捕縛等で無力化することは許されている。専守防衛と言っていい。
 ミリオタさんは様子を楽しそうに語ってくれた。「お前にも見せてやりたかったな!静のヤツ、いつ覚えたのか『今の私はとても不機嫌です』とか言って、千切っては投げ、千切っては投げ!痛快だったぞ!」と身振り手振りを含め説明してくれる。
 本件はビーナスを通し本部へデータを添えて送信され、本部はようやく中央機能が失われ混乱状態に陥っていることを自覚したらしい。呑気なものだ。戒厳令が敷かれ、出撃の一切が禁止。既に出撃中のSTGにも帰還命令が出されたそうだ。結果から推測すると全てが紙一重だったわけだ。部隊もしくはマイルームから出ることを禁じられる。委員会メンバー以外はだが。襲撃した連中は後にBANされても不思議じゃないが、委員会メンバーだったようだから怪しいものだ。何時の世もお友達に権力者は優しい。公平なんて結局は無いのだろう。絵に描いた餅だ。

 今回の一件で ブラックナイト隊 は非正規の委員会メンバーとして認められ、本部公式情報へのアクセス権等が開放。実質委員会と同じ権限を付与される。あくまで表向きは遊撃隊の位置を維持するとされているが。つまり何かあれば「尻尾を切るからな」という彼らにとって都合のいい存在である。ミリオタさんは相変わらず血管がキレそうになったが、「構わないですよ」と言って承認してくれる。大人になったものだ。以前より確実に立場が向上したと言えるが、当然ながら釈然とはしない。ブラックナイト隊の功績はまたも闇に葬られる形となる。何時の世もこんなものなのだろう。歴史は勝者が書くと聞く。人の文明なんてその程度のものだろうか。彼らは事実等を知りたくないのだろう。ただ私は信じている。いずれ詳らかになると。

 それを早速体現するような事象が起きる。マザーは公平である。現実にはブラックナイト隊の戦果であるが故、マザーは純粋に ブラックナイト隊 および出撃メンバーへ多大なる戦果を支払ったのだ。ここが地球人とは違うところだろう。仰天したのは本部委員会達。当然マザーは言うことを聞くはずもない。彼らに文句を言うことは出来ても配分する権利は無いからである。
 国内はおろか、ワールドランキングに突如としてブラックナイト隊が上位全てを独占。しかも桁違いの戦果。とりわけ私は二桁上。今でも信じられない。戦果口座を見てはニヤニヤしてしまう自分がいる。つくづく小市民だ。

 こうなると世間は何事かと思うのが普通だ。バグ、陰謀、チート論が湧き上がる。本件だけでマザーへの問い合わせは数千万件に及んだそうである。もちろん我が隊にも相当数が。部隊員のパートナー総動員でことに当たらせる。
 表向きは本部委員会による大部隊がフェイクムーン迎撃と報じられ、ご丁寧にCGで戦闘シーンまでこさえられた。何時までもたっても大本営発表体質は変わらないようだ。恥を上塗りしないと気が済まないらしい。海外本部からの問い合わせには事実めいたことを言ったようだが。最もそれらを察した各国の名門部隊、特に先の大戦で交流のあったハンガリーや台湾等はブラックナイト隊の名誉を公式に声高に讃えてくれる。
 日本・本拠点が嘘をついていることをバラさずとも時間の問題であろう。ブラックナイトの面々は知らず本部からのヘイトを貯める形にもなったが、嫉妬は世の常だ。有名税というのがあるそうだが、これもそれにあたるのだろう。人間とは何時までたっても変わらないようだ。彼らは自分のストレスが解消さえ出来れば何でもいいのだろう。ある人が言っていた「世の中は嫉妬に満ちてる」と。この混沌こそが人間なのだろうか。それを受け入れよと言うのか。複雑な気分になる。やはりバランスなのだろう。大きくバランスを欠いた時、何事も崩壊するのかもしれない。彼ら隕石型はバランスを取るための存在なのだろうか。

 これらを聞いても欠けた記憶は遂に思い出せなかった。どこか他人事の自分がいる。あれ以来おかしなことばかりで混乱する。今もまだ整理出来ていない。気になることも多い。とても大切なことがあった気がするんだけど。頭が痛くなる。フェイクムーンにしても当面無害らしいとう妙な確信があるだけで、無力化されたわけではない。時限爆弾と共に生きるようなものだ。でも、どうにも出来ないことに頭を悩ませるより、不確定要素を認識しながら、確定要素に集中して行くしか無いのだろう。

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