STG/I:第五十六話:暗部


「誰でもいい無人ポッドを出してくれ。千里眼!出来ればメリーさんも!」
 シューニャは叫んでいた。
「両方とも置いてきましたぁ・・・」
 フラフラになりながらといった声。
「頼りになるねマルゲちゃん!ありがとう!」
 モニター越しの彼女は顔を俯かせ照れている。
 ミリオタはその様子を見て、どうしてかシューニャを睨んだが彼女は見ていなかった。

 センサー圏外へブラックナイト隊が出た以上、目となり耳となるものは欲しい。本隊から情報が回ってくることはあり得ないだろう。でも味方を犠牲にするわけにもいかない。ミリオタの言う通り見届ける必要はある。

 バラバラとフェイクムーンの地表に落ちていく本隊の援護機。
 抗う者。
 戸惑う者。
 泣き叫ぶ者。
 諦める者。
 中には二機ドッキングのまま。
 等しくフェイクムートンの地表に衝突し炎上する。
 火花は最初は激しく。
 次第に弱く。
 線香花火のように。
 聖剣は抗うの止め、落ちる速度に上乗せしてか、その巨大な刃を突き刺さした。
 巨大な聖剣が突き立てた刃は隕石が直撃しかたのような巨大なインパクトとなったが、思った以上に刺さっていないように見えた。千里眼から送られてきた情報では深さ三百メートル。その巨大さから比べるなら、刺さっていないに等しいものだった。
 その周辺を火の中に落ちていく蝶のように本隊のSTGがひらひらと落ち、小さなクレーターを作りながら爆発。通信は回ってこないが、その叫びは想像に難くなかった。
 シューニャも大戦こそ未経験だったが本拠点急襲の際にその混乱と阿鼻叫喚は経験している。
(通信を遮断してなければ救えた命もあったかもしれないのに・・・)
 一瞬の静寂の後、切っ先は掘るように突き進み出した。
 大戦後にその映像を見たことがある。
(ドミノ作戦と同じだ)
 柄から大きな火柱が上がると徐々に加速。
 先の大戦記録からするとシールドマシンのように削りながら中へ入り込んでいった筈だ。
(やはりドミノ作戦のように内部から爆裂させるのだろうか)

 そう思った刹那、驚くべき光景が展開される。

 穴のあいた月は内側から捲れ始めた。それが聖剣の攻撃によるものなのか、それとも月自身の行為なのかは判らない。まるで圧力に耐えかねて柔らかい内部が裏返っているようにも見える。とてもその様は鉱物とは思えないほど柔軟に見えた。

(月が・・・)

 聖剣の進行に合わせて侵入すればするほど捲れ上がり、内部の暗部が今にも露見しそうになる。
「静!千里眼をコントロール!暗部を拡大!」
 彼女は頷く。
 シューニャは自らがポカンと口を開けていることにも気づかず、目を見開き送られてくる映像に見入った。
「・・・何だあれは・・・」
 肉厚な生地を捲ると中に白く光るものが見えた。
 まるで違和感しかない。
(ワニが冷蔵を飲み込んだと言えばいいか)
 それはどうみても人工物に見える。
(どうして隕石型宇宙人の内部から人工物が)
 見たことが無い形状。
 でも、どこか心に宛所があるような気がした。
 顔をこすり目を皿のようにする一方、自分の脳内、肉体内部をまさぐる。
 シューニャの表情でそれを察したのか、静がその答えを言い当てた。
「STG21の残骸ですわね」
「STG21!」
「ええ、もっともお団子のように練り合わせているようですけど」
 暗部の中身が既に滅んだと言われる二十一番目の知的生命体の惑星のSTG。
 マザーワンが送り込んだSTG21だったとは。
 白い筐体の断片はそういうことだったのか。
 ただ表面の雰囲気が地球の28とは異なって見えた。
 元がどういう形をしていたのかは知るよしもない。

(リーダーから聞いたことがある)

 地球の28系とは異なる武装、異なるテクノロジーと宇宙人が言っていたと。
 彼の知る限り唯一隕石型宇宙人を退け攻勢に転じた知的生命体。
 ブラック・ナイトに食われた星。
(だから牽引ビームも撃てたのか?)
 でもどうして隕石にしか思えない宇宙人が、どこから、どうやって。
 何をしている?
「静!あのSTG21はあの状態でも動いているのか?」
「わかりませんの。私達には他のSTGに関する情報はありませんの」
「それで暗部なのか・・・まてよ・・・・ていうことは・・・マザーにつないで!」
「徒然なるままに」
 ギルドパートナーの静が「どうぞ」という顔をし、頷く。
 その間にも月は捲れ刃はめり込んでいる。
「マザー、STG21に関する情報を欲しい」
「それは出来ません」
「なぜ?今見ている通り早急に対処する必要がある」
「出来ないからです。STG21の戦いの歴史はあなた方の28より遙かに長く膨大です」
「全てを欲しいとは言わない。対STG21に関する情報だけでも構わない。これは隕石型宇宙人との戦いには欠かせないものと思いますが?」
「既に質問には答えました」
 腹が立ってきた。
「暗部は貴方達が見せていないのでしょ!」
 遠回りは止めだ。
「そうです」
 しゃーしゃーと。
 この詐欺師、ペテン師。
「先ほども私共の部隊員が、かのSTG21からとおぼしき牽引ビームに捕縛され危うきを得た。そして今まさにSTG28日本本拠点本隊が攻撃を受けている!」
「既に答えました」
 クソ。
 他にマザーを擽るポイントと言えば。
「貴方がたとの規約に抵触するのでは無いですか?」
 これだ。
「具体的に抵触する条項を上げて下さい」
 この野郎!
 地球人はてめーらほど記憶力よくねーんだよ。
 俺は尚更なんだ!
 静がこっちを見ている。
「静!言ってやれ」
「抵触すると思われる項目が五十一ほどございます。まず、上から順に運営規則第三十一項の一、地球人と・・・」

「わかりました」

 遮るように言った。
(よくやった!)
 静に向かって頷くと、彼女は笑みを讃え少し頭を下げる。
「それではSTG21が使用した武装に関しては開示いたします」
「よし・・・。(いや待てよ)ちょっと待った。使用した?」
「はい」
「終わってからでは遅い。可能性の高い装備は開示してくれないと」
「それは出来ません。申し上げた通り、我々の脅威になる可能性は排除されます。現行の形状で21の装備を推定することは困難です。現在内部スキャンも妨害されて正確には把握困難です」
「ならば判明している可能性の高い武装だけでもいい」
「その場合でも我々に脅威を与える情報は開示しませんがよろしいですか」
「宜しいわけ無いですが・・・そちらの事情もわからないではない。当方は最大限望むだけです!」
「認可ととらえてよろしいですね」
 聞くなボケ。
「マザー、聞きたいことがあります」
「なんですか」
「貴方達は味方なのですか?」
「捉え方によります」
 どこぞのクソみたいな答弁だな。
「以上なら今から協議に入ります」
 何を悠長な!
「マッハで!とにかくマッハで頼む!」
「通信切断しました」

「隊長ぉ!」

 エイジが悲鳴にも似た声を上げる。
 月の表層、いや肉は、完全に捲れ上がっていた。
 聖剣が暗部だったコアのSTG21で出来た塊に刃を突き立てる。
 何のインパクトもなく、何の振動も、抵抗もなく滑るように。
 飲み込まれる。
 視覚的には体積に変化は感じられない。
 千里眼から送られてくる情報でも推定体積や重量に変化は無かった。
(フェイクムーンは器械体操のムーンサルトでもしたかのように完全に裏返ったんだ)
 表と裏が完全に入れ替わった。

 そして動きを止めた。

「火星だ!今度は火星ですよ!」
 エイジが震える声で叫ぶ。
 言われて見ると、そう見えなくもない。
「成分分析!・・・は出来ないか」
 索敵班は帰路についている。
 本隊はあらかた落ちただろう。
 それでも超々距離索敵はしている。
「静」
「映像分析レベルですけど、体積に変化は無いようですね。それと火星とは大きく異なる地表をしています。ただ、地球での火星にかんする情報は極端に少ないゆえ、確定は出来ませんが」
「マザーからは貰えない?」
「太陽系に関する情報は地球のものがベースになっていますよ」
 初めて聞いた。
「どうして?月などの情報はあるのに」
「越権行為になるからです。地球人とそうした契約を過去に交わした記録があります。月等の情報は全て地球人が得た情報をもとにしておりますの」
「なるほど・・・」
 わからないでも無いが・・・困った。
 情報を与える行為そのものが好意であったり敵対であったりを意味するのは間違いない。「本隊の聖剣はどうなりました?」
「・・・」
 エイジは我を忘れて画面に見入っている。
「エイジ・・・エイジ!」
「あ!はい、えっと、えーっと、なんですか?」
 訓練の重要性を感じる。
 しかし、余りにも覚えなければいけないことが多すぎる。
「本隊の聖剣の安否と状況確認を」
「す、すいません」
 画面を見る限り何も起きてない。
 聖剣は既にフェイクムーンにすっぽり入っている。
 経過時間からすると先のドミノ作戦ならもう何かしらの変化があっても然るべきだ。
 赤色化した表面。
(鉱物にも肉や内蔵という概念があるんだろうか)
 振動も検知されず、表面に動きもない。
 中で何が起きている。
「反応ありません」
「オフィシャルの情報?」
「はい。反応なしとあります」
 反応は無い。
「大破ということ?」
「わかりません。単に反応なしとだけ・・・」
「では聖剣フォーメーションの機影から判断出来るSTGの識別番号でわかる搭乗員のログイン状況を確認してください」
「え・・・どうすれば?」
 時間が惜しい。
「静。お願いします」
「徒然なるままに」
 エイジは項垂れた。
「エイジ落ち込まないで。我々人間には出来ないことが多いのですから。すまないね」
(飲み込まれたように見えた。あの時に似ている)
 あの本拠点急襲の際に経験したブラック・ナイトを想起させる。でもあれがブラック・ナイトとは思えない。そもそも隕石型宇宙人とどういう関係があるんだろうか。 どうして隕石型宇宙人を退けたSTG21をブラック・ナイトが襲うんだ。
 静は目を開けると言った。
「ログアウトしてます。所有機体は大破と記録され、コア突入時の記録と一致」
「(突入と同時に大破・・・)消失じゃなくて大破なんですか?」
 あの時に全ては終わっていたということか。
「はい」
 あの戦いでブラック・ナイトに飲み込まれた機体は消失だった。
 大破とは別な記録形態。
「あ」
「ん?どうしました」
 エイジの声で気づく。
「あの・・・」
 映像にノイズが混じっている。
「静」
「千里眼が・・・制御不能に陥りました」
「制御不能?」
「あ、あ、あ、いけない!それはいけません!」
「静!」
 突然、静姫が棒のように倒れる。
「落ちる!」
 モニターを見ていたエイジが叫び、頭を抱える。
 ノイズの中ぐるぐると映像が回ると完全に途絶えた。
「メリーさんは?」
「健在」
「マルゲ!聞こえるか!」
 索敵班が映し出され、マルゲリータの内部カメラが拡大。
「もう発射しました~」
「ん?」
「予備の千里眼を送ってま~す」
「はぁ・・・さすがだよ。助かった、ありがとう!」
 また赤くなる。
 ミリオタは不機嫌そうだ。
(やっぱりこの子は才能がある)
「エイジ!ぼさっとするな」
 サブオペのランカーがエイジの肩をどつく。
「あ!・・・マザーから通信!」
「どうぞ」

「限定的ですが承認がおりました」

「(良かった・・・)協力を感謝します」
「エイジ!」
「あ」
 打たれ弱いのは時代なのか、打たれすぎたからなのか。
「ランカーさん、頼みます」
「了解!マザーからの情報を受信」
「千里眼、射程圏内に入りました」
 ナイスだマルゲちゃん!ジャストタイミング。
「レーダーに反映します」
 暗部だったレーダー映像に鮮明な情報がうつる。
 ただし虫食いのように断片的だ。
「マザーの解析結果から脅威性の高い武装を順に表示して」

「目標に高エネルギー反応!」

「今度は太陽だ・・・」
 茫然自失のエイジがボソリと言う。
 STG21の塊が真っ白に光りだす。
「武装の言語が解析出来ません」
「名前はなんでもいい!脅威レベルと性能を!」
 落ち着け。
「脅威レベル・・・不明」
「違う!これだ!」
「え・・・」
 駄目だ、皆パニクっている。
「脅威レベル・・・未知数の兵器が少なくとも三つ。現在光っている現象は恐らく・・・最も脅威レベルが高いと思われる、なんだこれ・・・どういう意味だ・・・そうか・・・超長距離ビーム砲みたいな武装です。凄まじいエネルギーだ・・・ペンタゴンレーザーの一万倍をゆうに越えてます・・・どうなってんだこれ本当に正確なのかよ・・・信じられねぇ・・・嘘だろ・・・なんなんだよ・・・」
 報告なのか呟きなのか完全に見境が無くなっている。
「なんでもいい、全部言って!」
「この情報が間違いないのなら地球の第三防衛線から地球を蒸発させる程度のエネルギーとだけ結果が出てます・・・今までの防衛ラインが全く・・・全く無意味、意味がない・・・」

(それを撃とうとしてる!どうして!)

 まだ防衛ラインは遥か先だ。
 どこへ向かって・・・。

「方位は!」
「わかんねー・・・コイツには射出口が無いらしく、恐らく三百六十度、全方位に発射出来ると・・・」
「ビーナス!」
 ホログラム化したビーナスが現れる。
「はい」
「どう思う?」
「射出口は全方位だとしても、エネルギーの移動は明白だと思います」
「アップリケ!エネルギーの遷移を追って、最も出力が高い三候補を絞って、その先に自軍がいないか解析!」
 光はますます強くなっていく。
 エネルギーを溜めているのか。
 動かなくなったのはそういうことは。
 だとしたら、この月は・・・地球を狙撃する為の移動するトーチカかもしれない。
 文字通り衛星砲といったどころだろう。
(なんだよ、映画で見たことあんぞ。嘘だろ・・・)
 我が身に降りかかるとこんなにも恐ろしいものなのか。
「わかりました。レーダーに反映」

 まずいことになった。

「Aのラインだ」
 あれほど騒がしかった作戦室が静かになった。
 映像に映し出された姿は帰還中の偵察部隊の姿が。


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