STG/I:第五十話:捕獲

「マルゲリータ、君に操縦桿を一時譲渡したい。それで索敵して欲しいんだけど、頼めるかな?」

「操縦は下手なんだけど・・・」

「じゃあ、レーダー管制システムをお願い出来る?自分が思うタイミングでソナーも使っていいし」

竜頭巾が不満を露わに見ているのが伺える。

「皆さん、戦闘における迎撃態勢は竜頭巾副隊長の指示に従って下さい」

皆がめいめいに応じる。

「いいの?」
竜頭巾だけが聞き返した。
「いいも何も戦闘は君がスペシャリストだからね。私も従うよ」
「そう・・・。了解しました」
竜頭巾がパートナーのサイトウに指示を与えている。
他の皆からはパートナーは(匿名)で表示。
「フォーメーション、タートルズ!」
指示を受信すると、各STGがミリオタの長門を中心とするフォーメーションを取った。本来ならこれは司令船をガードする為に使われるものだが、司令船たる竜頭巾のイモータルドラゴンは最も狙われやすい外側の天頂部に位置。フォーメーション指示書にはホムスビが除外され、隊長機だけがモロ出しの状態になっていた。
露骨過ぎる態度ではあるが、部隊員は慣れているのが疑問を呈する者は誰一人いなかった。彼は外から見たら英雄として崇め奉られてこそいたが、憧れで入隊した者の何割かは失望。他の隊員はより心酔する要因がこうした態度にあった。
ミリオタはこの際だから一つ言ってやろうかと思ったが、何も出来ない我が身を思い黙ることにする。
��まさか隊長機を餌にする気じゃねーだろうな・・・)
シューニャは何事も無かったように平然として見える。
��シューニャん・・・それでいいのか?お前、糞ガキに舐められてるぞ)
 
再び漂う沈黙。
 
漂う破片。
 
ミリオタは緊張で吐きそうだった。
「ガンベレッティ、発勁!」
「えっと・・・わかりました!」
少しの間の後、フォーメーションの周りに衝撃波が発生する。
彼らの周辺部から浮遊物が一気に四散。
フォーメーションの外側にいるシューニャのホムスビには発勁が届くもシールドに阻まれ、位置を維持した。ただし発勁により飛ばされた破片がゴツゴツとぶつかる。
��アイツ・・・・)
ミリオタは唇を噛み締め、モニターを見たが、シューニャは気にしていない様子。
��俺がこんなことやられたらキレるぞ・・・)
「もう一度!」
��マジかよ・・・)
「は、はい!」
 
二度の衝撃波により三キロ圏内はクリアになる。
だが何も起きない。
シューニャは試されていると思っていた。
アメジスト、そして竜頭巾に。
マルゲリータを見る。
彼女はまるで天敵に怯える小動物のように身構え、目を凝らし宙域を見ている。
目は痙攣でもしているかのように小刻みに動いているようだ。
顔を動かさず、目だけで何かを探っている。
その顔、その集中力たるや、まるで人が違ったようだ。
彼女は突然ソナーをうった。
全員に緊張が走る。
 
”ポーン”というソナー音が広がる。
 
目を皿のようにして凝らすもモニターに反応が無い。
 
またうった。
 
”トーン”という指向性ソナーの音。
 
モニターに”警告”の文字が一瞬出て消える。
 
一瞬過ぎて我が目を疑った。
 
「した!した!」
 
マルゲリータが恐怖に顔を歪ませ言った。
 
一瞬の間の後、言葉の意味はシューニャにだけ届く。
 
「散開する!」
 
シューニャは叫ぶと、隊長と小隊長だけがもつフォーメーション強制解除をタップ。
 
アメジストの位置は長門の尾部、副砲を示していた。
 
「長門船底にアメジスト!」
 
更にシューニャは吠える。
全員の目が注がれると同時に小さな紫水晶が微かに光った。
時が止まったように誰も行動に映さない。
驚愕、恐怖、呆然。
様々な表情で固まっている。
絶望の顔に転じたミリオタを見て更に叫ぶ。
 
「副砲パージ!ミリオタさん!」
 
彼の表情は絶望から怒りへと変わった。
「くれてやらああああ!」
船底部の副砲が分離。
まだ他の隊員が反応出来ない中、竜頭巾のイモータルドラゴンが動く。
パージされた副砲に接近すると咆哮。
 
「ドラゴンブレス!」
 
青白い炎に似たレーザーが網のように波状かつ持続的に発射され目標を捉える。その様はまさにドラゴンの炎のように見える。
ブレスに包まれるとアメジストは悲鳴を上げた。
��TGの外装が宇宙人の何かに共鳴してか、全機船内に断末魔のように響き渡った。
耳を塞ぎたるなるおぞましいもの。
金属に刃をたてランダムに引っ掻いたような。
苦悶の表情で悲鳴を上げる搭乗員達。
リアルでは二人を除く全員がヘッドフォンを投げ捨てたりスピーカーをきった。
竜頭巾とシューニャだけは平然としている。
「捕獲を!」
シューニャは再び声を上げる。
竜頭巾も素早くその声に反応。
「ガンベレッティ!無限監獄!」
「あああ・・・あああ・・・!」
ガンベレッティは悶絶している。
「ガンベレッティ!・・・小隊長命令、パートナー・シュリンプ、目標を無限監獄で捕縛!」
「わかっちゃったも~ん!」
ミリオタが苦悶の表情を浮かべたままクスリと笑う。
彼は堪えていた。
「クソ頭いてーのにワラカスな!」
立方体で出来た鋼鉄のような巨大キューブが形成されると射出。
目標に接近すると竜頭巾はブレスを止めた。
ほぼ同時に、副砲ごとアメジストがキューブに閉じ込められる。
 
 
静かになった。
 
 
「ぎゅるる~ん♪ 無限監獄へ一名ご招待ぃ~♪」
苦悶の表情のまま何人かが吹き出す。
「なんなんだよお前のパートナーは・・・時と場合を考えろや・・・」
涙と苦悶、加えて笑みを受かべたミリオタ。
「え?す、すいません・・・。でも、可愛いでしょ。うちの子・・・」
��TGガンベレッティの搭乗員”ガンベレッティ”は涙と苦痛のいり混じった表情で応えた。
「そういう問題じゃね~だろ・・・お前のパートナー、シュリンプだっけ?一オッパイの貸しな・・・」
「え!いえ、それは駄目です・・・絶対に駄目です・・・」
「だったらお前に一オッパイだ!」
「わ、わかりました・・・」
「わかったのかよ!」
皆が笑う。
 
そんな中で竜頭巾は複雑な表情でシューニャの乗るホムスビを見ていた。
そしてマルゲリータと談笑している様を。
 
アメジストが世界で初めて捕獲された瞬間である。
 
*
 
��5宙域を改めて索敵し異常が無いことを確認、帰路につく。
本部の許可が下りない中での不用な出撃は禁じられていたが、「アメジスト捕獲」という快挙に不問。もっとも隊長であるシューニャ自身は呼び出されキツイお達しを言い渡されたが。
瞬時にその功績は世界を駆け巡り、同時にサンプルが欲しいとの声が日本・本拠点やブラックナイト隊には殺到。だが委員会はそれを拒否し、宇宙人への引き渡しの手はずを整える。
それは如何にも日本人的な対応とも言えたが、少なからず多くの搭乗員は納得した対応だった。開封後にアメジストが本拠点を攻撃する可能性、その攻撃を防ぐすべが今の彼らには何一つ無い。
本拠点帰還後にシューニャは知ったが、ガンベレッティの無限監獄を出撃前に指示したのは竜頭巾だったようだ。本来対隕石型宇宙人には必要の無い装備。使い方も従来の方法とは異なるものだったが、彼なりの可能性に掛けた結果だったようだ。
竜頭巾は出撃前に思いつきで防御特化に進んでいるガンベレッティに無限監獄の装備を命じたのは確かだが、何かしらの確固たる根拠があったわけではなく「ひょっとしたら」といった程度の軽い思いつきだった。
無限監獄はブラックナイト隊で考案された装備。部隊における一際変わり者の自称数学者の”エセニュートン”が考えた。先の大戦時の功労者でもある。ドミノ作戦における武装やプランは彼の主案だ。彼は本部委員会からはペテン師と呼ばれている。もっとも彼のことを評価しているのは、嘗ての部隊長ドラゴンリーダーぐらいなもので、シューニャは一目置いてはいるが、内心は計りかねる存在と目している。ペテン師と言われる由来もわかる気がしていた。彼の言うことは右から左へは聞き流せないものだったからだ。
対アメジスト案を添えて協力を申し出る国がアメリカをはじめ幾つかあったが、本部委員会は最終的に全て拒否する形で終わりを迎える。
シューニャにとっては、設備を供給している宇宙人を信じていない者が相当数多いことが改めて浮き彫りになった気がした。日本人はこれでも従順であったようだ。
 
シューニャや皆は讃え、普段は大人しいガンベレッティも一際喜びを発露させたが、竜頭巾の表情は今ひとつ晴れない。彼の頭にはそれ以上に気になることがあった。
 
「どうしました?」
 
プライベートルームに呼び出されたシューニャは竜頭巾と向かい合う。
室内は許可された者しか入れないモード、通信設備の遮断、外部からの通信停止等施されている。この段階でただ事ではないであろうことは容易に想像が出来た。
「あの・・・」
彼の表情はいつも以上に曇っていた。
何事も臆することがない彼とは思えないほど言い淀んだ。
 
「どうして我々だけ、あの時違ったのか?とか」
 
俯いていた彼は顔を上げた。
「はい」
アメジスト捕獲でのことを言っているようだ。
シューニャも気づいていた。
竜頭巾と自分だけが平気だったこと。
「どう思う?」
「わかりません・・・」
竜頭巾はシューニャに大戦時のことは言っていない。
どうしてデスロードから生還したのか。
ブラックナイト隊ではシステムの不具合ということになっている。
もっとも宇宙人の装置がバグレベルの事態で何かが起きたことは一度もない。
それでも多くの者はそうした事実を信じてはいなかった。探せば一つや二つはあるだろうと。隔絶たる技術の差があることを認めなかったのである。
それ故に受け入れられたのだろう。
 
「私もわかりません」
 
「そうですか・・・なら、いいんです。すいません」
 
頭を下げ、立ち去ろうとする彼に向かってシューニャは話始めた。
 
「一つ与太話を聞いてもらえないかな?」
 
彼は振り返ると、怪訝そうな顔をし、一瞬迷ったが応えた。
 
「はい」
 
席に戻り、まるで説教される子供のような面持ちで座る。
 
「私は多分、STG/Iに乗れる」
 
「え!」
 
大声を上げ、自らの声に驚く。
「これ、内緒ね」
シューニャは人差し指を口に当てると射るように見た。
「というより・・・別な何か・・・かもしれない」
「・・・」
 
竜頭巾は瞬きもせずシューニャを凝視する。
 
「大戦時と、その前。本当に悪かったね。私はソイツの中にいました。どうにも出来なかった。ログインすると、いつもそこに出る。私は”ナメクジ”・・・なんて勝手に呼んでいたんだけど。STGとは違う有機的なコックピットでした。白昼夢って言うのかな・・・起きているのに実感が無い。何度となくログインしてもソイツの中。それを何とかしたくて、ゲームの運営会社に乗り込んだ。本音を言えば、一方で・・・もうSTGもいいかな!なんて思ってた。私もリアルでは色々あってね・・・。それはいいとして。ある日、夢を見た。ソイツの中なんだよ。夢の中でも。なんなんだよと思っていたら声がする。『手伝って欲しい』って。『何を?』って尋ねると『仲間を探すのを』って言うんだ。彼は、まー、仮に彼と言うね。彼は彼女なのかな~、何なのかわからないけど、共に旅を続けていた相棒が、何やら地球人にお熱で勝手にどこかへ行っちゃったって言う。何処へ行ったか全くわからないって。だから地球人である私に手伝って欲しい。何度もそういう夢を見て、細かいやり取りは端折るけど、互いの利害が一致して手伝うことになった。言ってしまえば夢なんだけどね。でも・・・そこからなんだ・・・」
「・・・何がですか?」
「またログイン出来るようになった。ココにね。そして・・・何かが変わった・・・」
「何か・・・」
「あの時・・・タツちゃん・・・君も平気だったね?」
アメジストにドラゴンブレスが命中した時。
「はい・・・」
「君は夢を見た?」
頭を抱え表情を歪める。
シューニャは静かに椅子をひき、座った。
 
「僕のは・・・夢じゃない」
 
「夢じゃない?」
「現実です」
「現実」
「グリンに・・・あの宇宙人に助けられた」
「助けられた?いつ?」
「僕は・・・僕は・・・デスロードを使った・・・」
「使ったね」
「もう、もうこれしかない!もうこうするしか無いって思った!」
「思った・・・」
「デスロードは僕の想像を遥かに越えていた・・・」
彼は大粒の涙を浮かべ、流した。
「コックピットに固定された僕は思い出したくない記憶を強制的に思い出されて・・・」
身もだえる。
プライドの高い竜頭巾が人前で涙を流している。
「ああ・・・ああああ・・・」
頭を抱え、両の拳で机を何度も叩く。
シューニャはマズイなと思った。
「この話は今度にしよう。ね」
「弄られ・・・何度も、何度も・・・何度も・・・何度も・・・」
「もういい。この話は止めよう。ゴメン思い出させて・・・」
シューニャが立ち上がると、彼もやおら立ち上がり左手を銃のような形にして叫んだ。
「近づくな!」
「・・・大丈夫・・・近づかない」
ゆっくりと座る。
 
竜頭巾はそのまま床に崩れ落ちた。
 
シューニャは椅子を引き、床に座り、机の下から倒れた竜頭巾を見て、全身に緊張を漲らせたまま壁面のエマージェンシーボタンにソロリソロリと近づいていく。目は彼を見つめたまま。
 
「何度も!何度も!二度と嫌だったのに!それなのに!」
 
歯を食いしばり身体をエビのように反らせ、反動で縮こまると、ジタバタと足を動かす。
��マズイ・・・下手するとリアルの方も舌を噛むかもしれないぞ・・・)
壁面ではなく竜頭巾にゆっくりと近づこうとすると、彼は目を開けた。
「でも、その時!・・・彼が来てくれた」
「だれ?・・・」
「サイトウ」
恐らくその頃シューニャはサーバーで色々と調べていた時だ。
サイトウのログインは記録されていない。
「声が聞こえたんだ。タッチャン・・・タッチャン、大丈夫だって・・・守ってやるって」
何事も無かったようにスッと立ち上がる。
その仕草にシューニャはギョッとして後ずさる。
「目を開けたらアイツが居た」
ズカズカとシューニャに歩み寄ると、見下ろしす。
瞳孔が散大し、見ているようで見ていないのがわかる。
「グリンだ!アイツが私に覆い被さってた!そして溶けていった」
両手でシューニャの肩を掴むと、指がシューニャの二の腕に食い込む。
「・・・私に・・・私の身体に・・・」
フッと両手から力が抜けると、後ろを向いてフラフラと歩き出す。
「溶けて・・・溶けて・・・グリンの意識も私に溶けて・・・彼女は言った・・・」
立ち止まる。
 
”見つけた!”
 
虚空を指さし、ありったけの声で叫ぶ。
「何を・・・何を見つけた・・・何を・・・」
床にへたり込む。
横になった。
「サイトウが守ってくれた・・・サイトウだけが守ってくれた・・・会いたい。会いたいよ・・・会わせて・・・」
胎児のように丸まり指を加え涙を流している。
「お母さん、お母さん・・・」
シューニャは竜頭巾の反応を確認しながらソロリソロリと近づき、手を握った。
「大丈夫、もう大丈夫だから、安心して・・・」
普段あれほど気丈に振る舞っていた彼が取り乱している。
どれほどの思いでいたのか、それがたまらなかった。
 
竜頭巾を見た時のことが思い出される。
神経質で愛情をあまり貰えず、恐怖で知らず研ぎ澄まされ、近づく者には敵意を向ける。
愛情を向ける者には試さずにはおられない。
恐らく大変な思いをして生きてきたんであろうと思った。
 
「サイトウ・・・サイトウはどこ・・・なんで私を置いていくの・・・」
少し考え、シューニャは言った。
「ココにいるよ。私は・・・サイトウだ」
「サイトウなの?・・・」
「ああ、リアルネームはサイトウって言うんだ・・・」
勿論、彼の言うサイトウではないことは百も承知している。
正気を取り戻すキッカケになればという程度のもの。
「サイトウ」
でも彼は意外にも受け入れた。
竜頭巾はシューニャを抱きしめるとオイオイと泣く。
 
彼が眠りについたところで部隊ルーム内の救護室に寝かせた。
部隊長であれば誰にも見つからずに右から左へ部屋を特定の人員移動させることが出来る。それが功を奏す。見られたくは無いだろう。彼なら尚の事。まさかこんなことになるとは夢にも思っていなかった。

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