STG/I:第四十二話:捕食者

「・・・眩しい」

 

出たいと思った。

トンネルの先に光が見えた時。

ここは居心地が悪いわけじゃないけど、寧ろ居心地はいいんだけど。

出たいと思ったんだ。

どうしてか。

あの光の所に。

行けなければいけない。

「行きたい」

あの光の先に。

必死になって這いずって。



出た瞬間。
歓喜のあまり泣いた。
同時に悲しくて泣いた。
もう戻れないことがわかったから。
でも、喜びの方が大きかったんだ。
大勢の笑顔が迎えていた。
忘れていた。
 
��ココは・・・)
 
船内に明かりが灯っている。
目が覚める。
身体は乾いていた。
上体を起こそうとするが動かない。
手を動かすと、バリバリと乾いた音がする。
コックピットに張り付いているようだ。
母が作ってれた餃子を思い出した。
どうしてかノーマルスーツを着ていない。
裸になっていたが不思議と恥ずかしくはなかった。
モニターに「危険」のサイン。
オレンジ色のランプがゆっくりと明滅。
動力が回復する音がする。
モニターのサインが「安全」に切り替わった。
「生命維持装置再起動」と出て「外部接続」となった。
窓の外は真っ暗。
少し眺めていた思い出した。
漆黒の理由はすぐに思い出した。
宇宙を覆い尽くさんばかりの巨星がその理由だ。
武器や観測装置は全て赤く点灯し機能停止を意味している。
 
「タッチャン」
 
声がする。
 
「タッチャン」
 
この声は。
 
「サイトウ?・・・」
 
皺枯れた声が出る。
声に出ていたかどうかも怪しいが、その声は応えた。
 
「お帰り」
 
どうしてか涙が一筋流れた。
 
悲しくないのに。
 
「ただ、い、ま・・・」
 
途端に声を出して泣いた。
 
声を上げて。
 
弱々しい声は次第に力強いものになっていく。
 
彼は黙って聞いてた。
 
そして静かになった。
 
「やくそく」
誰の声?
「わかってる」
どこかで聞き覚えがあるような。
「サイトウ・・・」
「なに?」
「・・・遅いよ」
「ご免な・・・」
「うん」
「本当に、ごめん・・・」
「ううん」
「後は任せて」
「うん」
「ソード・・・」
「タッチャン。ソードは亡くなったよ」
「ソードが?・・・」
「ブラックドラゴンも」
「死んだ・・・」
「ああ、今は外部接続で生命維持装置を稼働させている」
死んだ。
死んだんだ。
ソードも、ブラックドラゴンも。
死んだ。
死ん、だ。
「彼女がタッチャンを牽引する」
船外モニターを見るとグリンのSTGがドッキングされている。
いたんだ。
モニターにグリンが映る。
笑っている。
満足そうに。
こんな顔を見たことがない。
今までの人形のような表情はそこにはなかった。
「サイトウ・・・」
「どうした?」
「会いたい・・・」
「会えるよ」
「現実でだよ」
「会おうよ」
「・・・少し待ってて」
「待ってる」
「・・・約束、覚えてる?」
「覚えてる」
「・・・お母さんを紹介するね」
「ありがとう」
サイトウの目の端を一筋の涙が流れる。
彼の涙を初めて見たかもしれない。
「美人だよ」
「楽しみだ」
「いい人だよ」
「タッチャンに似て美人でいい人なんだろうね」
「ううん。私と違って、美人でいい人」
「一緒だよ」
「ううん。私はミイラだから」
「痩せてるんだ」
「ううん。ミイラ」
「大丈夫。安心して」
優しい声。
安心する声。
「うん・・・」
「少しお休み」
「三人で・・・」
「うん」
意識が遠のく。
「あの・・・」
「どうした?」
「・・・年下は好き?」
「ストライクゾーンは広いよ」
竜頭巾はクスリと笑う。
「知ってる」
「そっか」
笑顔で返す。
「・・私ね・・」
「うん」
「わたし・・・」
「うん」
「サイトウのこと・・・」
 
静まりかえる。
 
グリンのSTGから緑色のグミのようなエネルギーが流れるとブラックドラゴンを覆う。
それは赤子の揺り籠を抱えるように包み込んだ。
彼女はサイトウを見る。
「頼んだ。送り届けてくれ・・・」
彼女が頷くと、ゆっくりとブラックドラゴンを引っ張る。
動き出す二機。
ゆっくりと滑り出し、次第に加速する。
その様子を見送るサイトウ。
 
彼女らの光が遠くなる。
 
彼の目前には巨大な星となった宇宙人の群体。
少しずつ、ゆっくりと加速しながら移動している。
既にかなりの速度には達してたはいたが大きすぎて距離感がつかめない。
今一度彼女らの飛んでいった方向を目視する。
二人の光が見えなくなった。
サイトウは大きなため息を一つ。
そして巨星を一瞥。
 
「やくそく」
 
声だけが船内に響く。
 
「わかったよ」
問題はこれからだ。
この巨星をどうする。
俺にはどうしようもない。
ノープラン。
ただ出来ると思った。
「コイツラをどうするよジェラス・・・」
彼女なら或いは。
命の時間はまだ少しならあるだろう。
 
「やくそく」
 
彼女は不機嫌そうに言った。
不機嫌、いや、待ちきれないといったところだろうか。
お預けさせれた犬のようなと言えば失礼か。
これまでの対話を通し、彼女に嘘をつくことは不可能であることは判っている。
それだけに言葉は慎重に選んできた。
「わかったって。せっかちだなぁ」
腹を据えるしかない。
腕を上げた。
「ひとカジリするか?」
出来るだけ支障のない部位から。
予想外の反応。
 
「ひとカジリして」
 
甘ったるい声。
彼女はこれまで二言目には「サイトウを食べたい」を繰り返していた。
人間の言う「食べてしまいたいほどに興奮している」という意味では無いだろう。
文字通り物理的に食ってしまいたいという意味。
約束とは則ち「食ってもいい」という許可に他ならない。
彼にとっては取引のつもりだった。
タッチャンを救うため。
「しょうがないな・・・」
安堵するでも無く、まるで駄々っ子の娘を相手にするかのように言った。
もっとも娘にはこんなことはしないが。
サイトウは握っていた操縦桿をひと舐めすると、甘噛する。
 
黒いSTGIから得たいのしれない音が発せら激しく振動。
 
振動が収まるのを待ってサイトウは言葉を発した。
「じゃあ、あれを片付けよう」
サイトウは巨星を指さす。
でも彼女の意識はサイトウに向いたままだ。
「どうして?」
「邪魔だからだよ」
「もっとカジって欲しい」
「あんな連中の前で?」
初めて彼女の意識が巨星に向いた。
「地球ではこういうのをムードもへったくれもないって言うんだ。俺は下品は嫌いだよ・・・」
彼女から巨大な何かが発せられ、黒いSTGIが激しく振動する。
それは恐れか、苛立ちか、怒りか、彼は判断出来なかった。
涼しい顔で迎える。
 
振動は暫くすると静かになった。
 
「方法はあるんだろ?」
 
簡単に言った。
感のようもなの。
出来るだろう。
彼女なら。
ジェラスなら。
人智を超えた存在。
想像も出来ない強大な力。
 
「うん」
 
簡単に応えた。
父の問いかけに応える幼子のように。
当然のように。
その声には喜びが感じられた。
 
「どうやる?」
 
長い対話を通し感じられたものがある。
彼女らはまるで我々とは異質だが共通点が無いわけではない。
嘘つきは嫌いなこと。
恐れは嫌いなこと。
質問は嫌いなこと。
駄目は嫌いなこと。
やりたくないことを言われるのは嫌いなこと。
嫌なことは絶対にしないこと。
 
「食べる」
 
何より基本的に食べることしか考えていないこと。
 
なるほど。
そうきたか。
まさかと思ったが。
「一人で?」
大きさにしてどれほどの差だろうか。
質量にしてもそうだ。
このSTGIは巨大と言っても月よりも遥かに小さいというのに。
相手は月はおろか土星にも匹敵する。
道理が合わない。
もっともそれは地球人の道理だが。
「呼んだから」
「誰を?」
「なか・・・ま?」
同族か。
想像したくないもんだ。
これほどの存在が彼女以外にもいるなんて。
当たり前かもしれないが考えたく無かった。
同時に合点する。
 
「全てはお前の掌の上ってことか・・・」
 
ジェラスの笑い声が聞こえる。
愛らしい声。
楽しそうな、嬉しそうな、感動に満ちた声だ。
けして腹黒い声じゃない、子供の悪巧みが成功して喜んでいるかのような。
「いい声だ」
「嬉しい」
本音だった。
 
彼女が謎の宇宙人ブラック・ナイトなのかもしれない。
話していて直感する。
��TGシリーズを作っているエイリアンすら恐れている宇宙人。
解析不能の謎の生命体。
同時に隕石型宇宙人の天敵。
いや、下手すると宇宙の天敵かもしれない。
捕食する側と捕食される側の圧倒的立ち位置。
彼女らは食う側。
俺たち、あの隕石型宇宙人ですら捕食される側だ。
まるでオキアミを捕食するシロナガスクジラのようなものだろう。
口をぱっくり開けて進むだけで簡単に食われる。
食べると言うより飲む。
息をするように食べる。
隕石型がオキアミなら地球人はプランクトンといったところか。
ブラック・ナイトにとって地球なんて物の数ではないのだろう。
揺るぎない関係性。
こいつらは数多の星を食い尽くしてきたに違いない。
しかも俺たちからしたら永遠とも言えるほどの時を生きて。
恐らくは「生きる」為だけに「食べる」んだ。
ただそれだけの理由で。
 
彼女がサイトウの言葉を待っているのが感じられる。
ジェラスの「早く」「早く」という感覚が全身を覆う。
完全に「食べる」気分になったのだろう。
 
「さ、て、と!」
 
サイトウの言葉に呼応するかのように、人型の巨躯から一際大きな赤黒い光が放たれる。
 
「命に替えてさせて、いただきます!」
 
彼の号令と動作に合わせてその巨大な手が合掌する。
音はしない。
そして巨星化した宇宙生物の群体へ突入して行く。
巨星は慌てて逃げることもしない。
自らの運命をわかっているかのようですらある。
抗うことなく、彼らは彼らでまた自らの目的の為に進む。
「食べる」という目的に向け。
 
彼女は春に飛び交う花粉のようにフワリと惑星表面に着床した。
宇宙人らはまるでジェラスを蜜を吸いに来た虫のごとき扱い。
なんら抵抗体制もとらず、反応すらしていないように見える。
共生関係とでも言いただけな堂々たるもの。
朗らかな陽気の日に太陽を目一杯浴びようとするかのように彼女は四肢を目一杯広げた。
うつむき大地に突っ伏した身体は弛緩し己が自重で接する。
少しすると身体は地面に密着しめり込む。
死の星と言えるほど静か。
音もなく進行する巨星。
大地に生命はなく、蠢くものもない。
暗黒の中で静かに時が流れる。
サイトウは黙ってその光景を感じていた。
目を閉じ頭を空にし置物のように。
これから何が起きるのか、これが彼女の言う「食べる」ということとどう関係するのか。
仲間と何時申し合わせたのか、いつ始めるのか、いつ来るのか。
この後で何が起きるのか。
湧いては消える可能性を、考えを、自ら掃き掃除するように払いのける。
出来る限り瞬時に感じ取れるよう。
 
��考えは行動を遅らせる)

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