STG/I:第四十一話:胎動

��ココは・・・)

 

真っ暗なコックピット。

目の前には巨大な星。

星が大きすぎて真っ暗。

身体が動かない。

星の光が微かに内部を照らした。

首を少しだけ左へふる。

��なんで僕は濡れているんだ)

全身にナメクジが這いずったかのような後。

粘着性の何かで濡れているようだ。

身体が動かない。

ドキュメンタリーで見たことがある。

生まれたての子鹿。



あの時は気持ち悪い以外の感想は無かった。
どうしてか父は目を潤ませ、母は私を見た。
子鹿は直ぐ様立ち上がろうとしていた。
その様は無様で、滑稽で、私は笑った。
��私は動けないじゃないか。子鹿ですら動いたのに)
手を僅かに動かそうとする。
少しだけ動いた。
右手の人差し指がピクリとだけ。
でも、
「ああ・・・」
力が入らない。
��凄いな・・・子鹿は)
子鹿を「きったねー」と罵る私に、父は残念そうに言った。
「お前もこうだったけどな」
動物は皆そうだって父さんが言っていた。
とても立ち上がるどころではない。
息がきれる。
駄目た、これ以上動けない。
��子鹿以下だ)
 
声が聞こえた気がする。
 
遠くで。
サイトウの。
笑っていた。
��サイトウ・・・私だけは味方だよ・・・)
言ったんだ彼に。
��サイトウ、力を貸して)
思い出すだけどこは安心する自分がいる。
力が湧いてくる。
身体が震える。
 
ぐたりとすると目を閉じた。
再び意識は闇の中へ。
 
*
 
「ドラゴン。彼がタッチャンだよ。よろしくな」
 
誰だ?
これは。
サイトウと、自分。
そして。
「ドラゴンリーダー。いちを隊長をしている。心強いよ。嘗てのエースと今のエースがダブル入隊とはね~。ところでサイトウはどういう風の吹き回しなんだ~。全くな、捻くれているんだから。誘うとこねーし」
竜頭巾はコクリと頭を下げ、小さく応えた。
「おお・・・」
 
ドラゴンリーダー。
 
サイトウが紹介してくれた。
何度も断ったのにサイトウは僕に入隊を勧めた。
シツコク、執拗に、言ってきたんだ。
そうだよねサイトウ。
 
*
 
「俺は部隊なんて興味ないよ」
 
サイトウは笑みを浮かべた。
「わかるよ。俺が入って欲しいんだ。単なる俺のワガママだよ」
「嫌だよ。面倒くさい。下手クソ共とやりたくないし。邪魔だよ」
「二人だと狩り場も限定されるじゃん。さっきも、もっと大きな戦いに出たいって言ってでしょ?」
「そりゃ~言ったけど・・・」
「この前みたいなこともあるし」
「あれは偶然だよ。もう二度とない」
「無いんだろうけどさ。Aクラス以上の前線をはるには部隊に入らないと無理だから」
「お前一人なら出来るだろうが」
「出来ないさ」
二人で出来る狩場は概ねやり尽くした。
この無敵の二人でもっと暴れたい。
もっと。
広いフィールドで。
そして思い知らせてやるんだ。
嫌われ者二人で。
この前の緊急事態は二人して傍観してやった。
あのカスどもときたら、泣きながら「何やってるんだ!」「助けてくれ!」だとよ。「お願いします!」と懇願する輩もいた。
お前たちが助けたか?
俺が困っている時に手を差し出したか?
俺が泣いている時に力を貸してくれたか。
「死ねや!雑魚共!ざまーみろ!」
あの時のサイトウときたらコックピットで寝ていやがった。
たいしたもんだ。俺の比じゃない。
結局あの時も二人で救ったようなものだけどな。
「サイトウはどうするんだよ?」
「タッチャンが入るなら俺も入るよ」
「よく言うわ、一人が好きな癖に」
「どっちも好きだよ。ソロもペアもチームも。それぞれ違った楽しみがある」
「そうなんだ」
チームで遊んだことはなかった。
サイトウと組んでペアだと戦い方が飛躍的に変化することを知った。
二人で息があった時の快感と来たら最高だ。
「お前・・・サイトウが入るなら・・・考えてやるよ」
「よっし!決まった。善は急げだ」
「上位にしろよな!下手クソな連中とは一緒にやりたくない!一位がいい!」
「一位って、あの?」
「あ~・・彼奴等は嫌いだ、死ねばいい」
「一三八位のココがどうだろうと思うんだけどね。ドラゴヘッズ」
「百以下とか存在の意味すらわかんねーわ!なんでだよ」
「タッチャンのSTGはブラックドラゴンじゃない?」
「そうだけど」
「丁度いいじゃない。ドラゴン同士。リーダーもドラゴンリーダーって言うんだよ」
サイトウはいつも俺を優先してくれた。
「語呂かよ!にしてもドラゴンリーダーなんてクソだせーな」
そう言う一方で何故か悪くない気がした。
「お前はどうなんだよ・・・」
あの頃は気づかなかった。
「あ~、俺はこの隊長は好きなんだ」
「へー!珍しいこともあるね。嫌われ者のお前が。よし、わかった。お前に免じてここにしてやる!」
「ありがとう!」
ありがとう。
サイトウのありがとう。
どんなクスリよりも効果がある。
私に勇気をくれる。
サイトウ。
どうしていつも側にいてくれるんだ。
皆が敵意の眼差しでしか私を見ないのに。
どうして、いつも笑顔を向けてくれる。
唯一私を見る母さんですら悲しい顔ばかりなのに。
どうして他人のあんたが。
突っぱねても、突っぱねても。
馬鹿にしても、罵倒しても、ナジっても。
どうして。
何時だったか聞いたっけ。
 
「わかるんだ」
 
「何が?」
「タッチャンは、日本に必要な人間だよ」
「・・・なんだよソレ。メルヘンかよ。サイトウって時々お花畑だよな」
「そうかもな。でも、大真面目だよ?嘘は言ってない」
「俺は無理だ・・・嫌われているから・・・」
「お互い様だよ。多分、嫌われ者レベルでは俺の方が上だろうな」
「だろうな、わかるわ。お前さ、身勝手過ぎるんだよ。適当だし。お前に付き合えるのは俺ぐらいなもんだぜ」
「ありがとうタッチャン」
こっちこそありがとう。
「いずれわかる。俺が保証するよ・・・」
「馬鹿いえや、冗談じゃないよ。もしな、もしそんな大変なことがあったら俺は何もしないからな。傍観するんだ。それで日本が死滅するのを高笑いで見てやる!」
サイトウは俺のせいでほとんどの戦果を使っていたと後で知った。
彼が嫌われている最大の理由が俺だということも。
俺と一緒に行動するようになってから、いつの間にかワールドレコードも過去のものになった。戦績は落ち続け、人々からサイトウは腕が鈍ったと言われた。心配するヤツ、忠告するヤツ、離れていくヤツ。無関係のヤツからすらいいように罵倒された。面前で、公式サイトで、戦闘中に。挙句には海外からも。それをまるで風がそよいだ程度に聞き流すお前。何事も無かったように。どうして。
「じゃあ、狩り行こうか」
お前は強い。
どうしたらそんなに強くなれる。
才能があるからだ。
自信があるから。
いつでも取り戻せるからだろ?
そう思っているんだろ?
��化けの皮を剥がしてやる!)
そのつもりが。
気づけばサイトウは皆にのって過去の人となった。
一人のプレイヤーに熱を上げ駄目になったと。
俺たちを知る者はホモ達だとか、加えてサイトウはショタ好きとかボロクソに言われた。そういう本が出回っているのも知っている。俺は怒り狂った。俺はともかくサイトウを、日本を何度も救った救世主!それでもサイトウは笑っていた。
「なんだよ漫画の俺イケメンじゃん!」
「お前さ・・・悔しくないの?」
「ないね。想像するのは勝手だから」
「俺は悔しい!ぶっ殺してやりたい!あんなド下手のカス共にあんだけ言われて。関係ねークソ共まで出てきやがって。お前ほどウマイのは世界広しと言えどこにもいないだろ!あの頃より腕だって上がってるってのに。お前一人だけいれば他のカス連中はいらないだろ!俺も含めてな」
「そんなことはない。一人で出来ることはたかがしれているからね」
彼の顔は静かだった。
「胸糞わりー!謙遜って?ヤツかよ。そこまで来ると嫌味だわ」
「違うよタッチャン・・・事実なんだよ」
サイトウは肩を落とした。
それは上辺だけの応対とは違った。
今まで一杯見てきた。
心配したふりの教師。
魂が抜けている癖にもっともらしい言葉を投げかける医者。
上辺だけの大人達。
残酷な同級生。
うわ滑った言葉。
でもサイトウは違う。
何があったんだ?
お前ほどの、俺からしたら神かよって人間に。
「サイトウはさ、なんでこのゲームやってんの?」
「面白いから」
「何が」
「ゲームであり・・・タッチャンも」
「俺はお前の玩具か」
「玩具じゃないよ」
「じゃなんだ」
「友達さ」
リアルに吹き出した。
「クセー!シャレになんね~」
笑っているサイトウ。
「さすがに臭いか」
なんでお前の声はそんなに優しいんだ。
どうしてそんなに暖かい目をしている。
なんの理由があって、俺に優しくしてくれる。
どうせお前も裏切るんだろ?
��違う)
どうせお前も言うんだろ。
「ミイラみたいだ」
��違う)
そうだ。
リアルを知らないから言えるんだ。
��そうかもしれない)
知れば変わる。
会ってみたい。
「サイトウさ・・・あんた幾つよ?」
「それ聞いちゃう」
「きめーんだよ。ジジイの癖に。言えよ・・・」
「四十は過ぎてる」
「ガチでジジイじゃねーか。キメーんだよ」
笑った。
なんで笑えるんだ。
不細工の癖に可愛い表情しやがって。
髭が似合っている。
ボサボサの髪もチャーミング。
「タッチャンは?」
「調子のんな。聞くなよ」
「いいじゃん」
「聞いてどうする」
「どうもしないよ。相手に尋ねるってことは、尋ねられるってことだからね」
「うぜーなー・・・」
十六だよ。
言えるわけもない。
真っ直ぐな目でこっちを見る。
圧のない目。
優しい目。
知的な目。
でも所詮はアバターだ。
モニター越しでニヤニヤして見てるんだろ俺を。
「チョロいなぁ」って思ってるんだろ。
「サイトウはさ、年下と年上、どっちが好きなんだ?」
「ストライクゾーンは広いって言われるかな」
「そうなんだ・・・」
「で、タッチャンは幾つなの?」
「しつけーよ」
十六。
女子高生。
もっとも学校にはほとんど行けてないけど。
なんだよ、援交したいのかよ。
「そっか」
聞かないんだ。
なんで聞かない。
二度断られたぐらいで。
根性ないな。
それともホントのホントは興味ない?
「じゃ、狩り行こうか」
「お、おう」
「今度、紹介するよ」
「何を?」
「部隊。タッチャンみたいな暴れ馬にもピッタリな部隊がある」
「誰が暴れ馬だよ」
笑っている。
可愛い。
オッサンはあれだ。
ネットで見たけど、女子高生とか皆好きなんでしょ?
サイトウも好きだよね、きっと。
だったら。
私のことも好きだろうか。
「あのさ」
「なに?」
「ストライクゾーンってどれぐらい広いの?」
「誰か紹介してくれんの?」
「して欲しいわけ?」
「欲しいね~。俺もさ、最近は茶飲み友達ぐらい欲しかなって」
「茶飲み友達、吹くわ。きめーわ。四十過ぎのジジイが色気だしてる~」
笑った。
楽しそうに。
ほっとする声。
優しい笑顔。
でも、全部作り物。
音声合成。
コンピューターグラフィック。
本物のサイトウはどんな人なんだろう。
きっと優しい人。
そもそも男じゃなかったりして?
まさか。
「考えてやるよ」
「何を?」
「女だよ。気が向いたら紹介してやる・・」
無理だけど。
母さんぐらいしか知らない。
「本当に?ラッキー」
「お前・・・男だよな」
「もちろん」
そうなんだ。
そうだよな。
「ガチで喜ぶなよ。あくまでそのうちだからな!」
「ありがとう」
ありがとう。
サイトウがよく言う言葉。
でもどうしてこんなに胸が暖かくなるんだろう。
ありがとう。
サイトウのありがとうは、何か違う。
「覚えてたらな・・・」
「ああ。さーて、いっちょヤルか!」
「おっしゃ~、稼ぐぜサイトウ!」
嬉しかった。
身体から何かが湧き上がる感じがする。
なんだろうコレ。
サイトウがいるから生きていられた。
聞いて。
あれから自傷行為もしていないんだよ。
だってサイトウに会いたいから。
会いたい。
会いたいよ。
実際に。
でも駄目だよ。
幻滅する。
会えない。
一生。
でもね。
会いたい。
死ぬ前に。
一度でいいから。
サイトウなら、酷いこと言わないよね。
わかったんだ。
サイトウがお父さんだったら良かったのに。
同級生だったら。
彼氏だったら。
サイトウが嬉しいんだったら、部隊でも何でも入るよ。
一緒にいてくれるなら。

コメント