STG/I:第三十二話:絶体絶命

人は追い詰めらた時に本性が出る。

耳に心地のいい励ましや鼓舞から生じたやる気は現実の前に泡と弾けるだろう。

真に叶うのは長年生きてきた中で培われ育んで結果的に仕上がった信念だけ。



��怖いぐらいに静か)
 
サイトウの言葉が頭の中で聞こえた。
すっかり忘れていた。
私に育てた信念は無いだろう。でも、すがりたい。
彼の言葉に。
彼の鼓舞に。
 
一斉出撃による集合時間は三十分後。
 
ロビーは閑散としている。
 
ログインしていた七割がこの次点でログアウトしている。
中にはご丁寧にアカウントを削除する者もいる。
日本・本拠点が実質放棄されたことを意味した。
 
出撃十分前。
 
部隊”ブラックナイト”
 
サイトウとシューニャを除く初期メンバー全員集結。
増えに増えた部隊員は全体で七割が残る。
これは日本・本拠点搭乗員の動向と真逆に当る。
多くがログインしてきた。
これは再三に渡ってリーダーが言い続けたことも功を奏したのだろう。
十九時二十七分。
部隊部屋に集結した隊員を隊長は眺めた。
それぞれが思い思いの覚悟の臨んでいるのわかる。
張り詰めた空気。
恐らくモニター前の彼らも同じような心持ちに違いない。
 
「よく集まってくれた!」
 
部隊”猫いらず”
 
全隊員の八割がログアウト。
更に一割がログインはしているものの出撃を拒否。
残りの一割が出撃することになりそうだが、時間が迫るに従い更に減っている。
構成人数の規模こそ違うが、全部隊の出撃割合からも対照的となった。
多くが悲壮感を抱え、言うに言われぬ表情にロビーに立っている。
観衆の下、隊長は口を開く。
その表情は般若のようで、凡そ余裕等というものは持ち合わせていないようだ。
 
「俺たちは負けない!もう日本人に負けは許されない!」
 
”ブラックナイト”は”猫いらず”の構成人数に遥かに及ばなかった。
部隊ルームに集結した隊員を眺めるドラゴンリーダー。
発声しようとした刹那、
 
「言わせて!」
 
ケシャが両手を上げ声を張り上げた。
全員が驚いて彼女を見る。
ケシャのことをよくわからない隊員も少なくない。
彼女が隊員ということすら知らない者もいる。
 
隊長は頷き、壇上に上がるよう促すと彼女は登壇。
 
「シューニャは絶対に来ます!
前回のブラック・ナイトで地球を救ったのは彼です!
今まで言えなかったけど・・・」
 
強い意思とは無関係に勝手に涙が流れてくる。
 
「彼は絶対に私達を見捨てません!
最後の最後に、私を!ブラック・ナイトから、人間からも救ってくれたのは彼でした!
シューニャが最後に突撃するのを見たんです!
あの連中は何もしませんでした!
その後です!
ブラック・ナイトが消滅したのは!
アイツらじゃない!
シューニャが命をかけて守ったんです!私達を!
だから絶対に来ます!
そして絶対に救ってくれます!
だから私は彼が来るまで最後まで戦います!」
 
ワナワナと震え、全身の力を出し切ったような彼女はぐったりと項垂れる。
目と言わず鼻と言わず雫を流しながら。
頷きながらプリンも泣いていた。
眼に失われつつあった光を取り戻していく。
 
一瞬の静寂。
 
万雷の拍手と声援が彼女を迎える。
 
手を上げ静粛を促す隊長。
 
その目は僅かに潤んでいた。
 
「もう言うこと無くなったわ」
 
その腑抜けた声に思わず全員が笑う。
 
「こちとら守護神のバーゲンセールだ。
まずはサイトウ! まだ顔も出してないけど。
次に シューニャ! 一ヶ月以上ログインしてないけど。
そして、竜頭巾! こいつぁ~正真正銘、日本のエースだ!
そして超新星!グリン!
最後に最終兵器・・・・ケシャだぜぇ~」
 
彼女の背中を叩くと彼女は咽る。
 
笑いの交じる大喝采。
 
「これで勝てないなら誰も勝てない!
例え宇宙人ですらもな!」
 
轟雷のような叫び。
 
「俺たちの手で守るぞ!
地球を!
日本を!
家族を!
恋人を!友人を!
 
全機出撃ッ!」
 
部隊部屋を満たす歓声。
 
全員が各自ハンガーへ消える。
*
ドラゴンリーダーは考えていた。
 
この戦いに勝利は無い。
解決策の無い問いに答えはないからだ。
宇宙人謁見の間に通いつめ答えを探した。
問題の本質を探した。
 
結果は時間切れ。
 
しいて上げるのなら食欲。
惑星をも食べる彼らの食欲に変わるものを我々が提供できるはずもない。
誰を倒せばこの戦いは終わるのか。
 
彼らは言った。
「わかりません」
敵を効率よく、指揮官のようなものを倒し混乱を巻き起こすことは出来ないか。
「指揮系統は不明です」
それではどうして編隊が組めるのか。
「誰かが動く、それに反応する。ただそれだけのように思えます」
彼らには知能はあるのか。
「あると推測しています。ただ我々と少し異なると思われます」
どうすれば彼らを退けることが出来るのか。
「数を減らすことです」
地球人は勝てるのか。
「不可能です」
理由は。
「数が違いすぎます」
数の差とは。
「現在判明しているだけで天文学的数差となります」
我々に出来ることは。
「眼の前の敵を倒すことです」
それで地球は救えるのか。
「不可能です」
ではどうして我々は戦わないといけないのか。
「攻撃を止めれば、則ち死滅が待っているからです」
お前たちはどうして戦うのか。
「少しでも長く生きる為です」
お前たちなら倒せるのか。
「現状では出来ません」
それではお前たちは何をしてきたのか。
「幾つかありますが、彼らの巣のようなものを探してきました」
巣はあったのか。
「確認されているだけで一兆箇所です」
それを全て潰せば助かるのか。
「わかりません」
お前たちはどう考える。
「推測するに彼らは巣立ちしている蟻のようなもので、コロニーが世界であり、そもそもの巣というのは既に消失している可能性があります。少なくとも彼らは地球誕生以前より存在し、我々の星よりも古くから存在すると考えられております。彼らは何処にでもいて、分かり易く言うのなら『いつ動き出すか』の差に過ぎません。仮説に過ぎませんが、誰かが彼らの一人を起こし、全てはそこから広がっていると推測します。我々は解決の糸口を探す為に最初に起きたもの”ファースト”を探しています」
何物かによって静かな湖面に投げ入れられた波紋が彼らを呼び覚ました。
そして波紋が一旦広がると止めどもなく波及して、今の数か。
「可能性は高いと考えております。なお貴方がた地球の衛星である月は彼らの死骸の一つです」
動き出す可能性は。
「ゼロでは無いと思われます。第五防衛戦がそれに当たります。彼らが刺激を受ける最低反応エリアと推定しています」
それでマイナス防衛戦があったのか・・・。
月の動く可能性はどの程度なんだ。
「現在の月は長年の観測と計算で死亡していると考えられていますが、その範疇の衛生が幾つか動き出し本星に突入した事例もあります」
 
俺たちはどうすればいいんだ。
 
「防衛ラインを死守し、眼の前の敵を撃破することです」
 
この戦いは何時終わるんだ。
 
「彼らが活動を停止するか、完全に排除されるまでです」
 
どれほどの時が必要だ。
 
「現在の討伐ペースですと地球の核が冷え生物が住めなくなるよりは少し前になると考えられます」
 
この戦いに意味はあるのか・・・。
 
「一秒でも長く生きられます」
 
 
そこに何の意味がある!
 
 
「我々は、地球人も含め、そうして命を紡いできました」
 
宇宙人拝謁でポイントの多くを消費した彼の司令船は未だレベル四。
 
「こんなことならもっと好きなことさせておくんだった・・・ゴメンなぁユキちゃん」
 
いや・・・駄目だ。
まだ諦めるのは早い。
俺たちのご先祖様達だって守ったんだ。
俺達の代で終わらせるわけにはいかない。
*
竜頭巾は考えていた。
 
��サイトウ・・・どこにいるの)
 
思いと現実は往々にしてかけ離れるものだが、それは考える必要はない。
考えている次点で手遅れになりかねない。
想定はするが、あくまで目の前が優先だ。
 
彼の声が聞こえる。
 
��サイトウ・・・サイトウさん・・・。お母さん・・・母さん・・・ありがとう)
 
*
 
宇宙が動いている。
 
出撃した多くが感じた印象だ。
宇宙が質量を伴って押し寄せてくる。
その動く宇宙を見た時、出撃した全STGの六割がログアウト。
主人を失ったSTGは即座にマザーへ移管される。
 
「やべぇ・・・手の震えがギャグみたいだ、止まらん」
「なんで俺は涙がとまんねーんだ、こえー、怖すぎて笑けてくる・・・」
「俺はとうに笑っているぜ」
「判っているだろうが、操舵はパートナーに移譲しろ、攻撃もだ」
 
部隊ブラックナイトは悠然と前進しつつフォーメーションを整えた。
慎重に慎重に、ソロリソロリと、何かを確認するように。
歩みを止めないように。
一度止まると、二度と動き出せないような気がした。
「全員オートログアウトが機能しているか今一度確認しろ」
各自パートナーに問い合わせる。
本拠点機能が失われている日本は各個撃破が基本になっている。
部隊ブラックナイトの作戦は迎撃ではなかった。
 
「それではドミノ作戦を開始する」
 
あくまでもゆっくりと。
 
「フォーメーション完成。リーダー凄いですよ。我が隊だけ誰もログアウトしてません」
「当然だよ。・・・カウントダウン頼む」
 
��・・・・・
 
��・・・・
 
��・・・
 
��・・
 
��・
 
「開始!」
 
最初に加速したのはディフェンス特化型五機。
 
カーテンのような巨大なエネルギーフィールドを展開。
部隊全てがスッポリと覆われる。
「ゼウスガード発動しました!」
「天空包囲完成!」
「皆ぁ、俺らの屍をこえていけーっ!」
「また日本で会おう!」
「これが終わったら俺・・・」
「やめ~い!」
「皆やめいっちゅーの!」
「”おはぎちゃん”大好きだー!結婚してくれー!」
「フラグ乱立するな!」
彼らに反応した宇宙人一帯がまるで竜巻の渦のように吸口を伸ばした。
「トライゴンレーザー発射用意!」
「アクセプト!」
三機を一体とした小隊が五体。
デルタを作るように回転。
三機の中央に巨大なエネルギー反応が急速に形成される。
 
「備えろ!」
 
宇宙を切り裂くように発射。
 
彼らの悲鳴のようなものが満たす。
 
「聖剣隊、突撃用意!トライゴンレーザー第二波!」
「アクセプト!」
 
「発射!聖剣隊出撃!」
 
巨大なトライゴンレーザーを矢のように放つと、その後ろを総計五部隊、各八機編成のSTGがすがるように高速に一本の剣のように飛んだ。その先日をきったのが彼ら。
 
切先、グリーンアイ。
横手、ミネアポリスプププリン。
物打、アルガナ。
区、リーガル。
ツバ、ヤマアラシ。
フチ、おはぎ。
忍び穴、ケシャ。
頭、竜頭巾。
 
部隊ドラゴンナイトのエース級を惜しげもなく投入する。
 
「トライゴンレーザー第三波、用意!」
「リーダー!敵舌体群が複数伸びてきます!」
「デカイ順から狙え!」
「先遣隊の援護射撃は?」
「もういい!」
「アクセプト!」
「放て!」
 
三度目の閃光が貫き、宇宙が咆哮する。
 
「敵舌体群、更に多数伸びます!我らにターゲットを絞ってきたようです」
狙い通り。
「フォーメーション、ハリネズミ!ガーディアン頼むぞ」
「アクセプト!」
「来るんじゃねーG共が!」
球体にフォーメーションを変え、それを囲うようにシールドが何重にも張られた。
「もっと小さく。もっと密に!」
「これ以上は接触するよ!」
「大丈夫だ、パートナーを信じろ。エネルギーワイヤーで相互接続!できるだけ短く」
今にも触れ合いそうなミリ単位にまで近づき、小さなダンゴムシのように折り重なる。
シールドは更に多重化された。
その様はまるで折り紙でこさえたくす玉のよう。
中央に隊長機。
 
「来ます!」
 
恐ろしい。
震える。
でも震えていはいけない。
俺は部隊長だ。
俺が折れたら全員が折れる。
 
「衝撃に備えろ!力を受け流せ!」
 
 
接触。
 
 
濁流に飲まれる夜行色のゴムボールになった彼らは隙間から僅かな光を覗かせ飲まれた。
更に合流した濁流が折り重なり見えなくなる。
 
周辺は阿鼻叫喚地獄と化し、初期接触で日本出撃機体の八割は消失する。

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