STG/I:第百二十五話:ログイン

 

 全く違う場所にいる。

(地下だ・・・)



 その瞬間、自身の異常を察知する。
 STGIで宇宙の記憶に触れた際に隕石型の位置づけは体感している。
 サイトウさんの話がピン来ないのもオカシイ。
 何かズレがある。
 彼が言っていたブラック・シングとは何だ?
 ブラック・ナイトとどう違う?
 それと、あの声。
 明らかに自分じゃない。
 でも、自分の肉体から聞こえた。
 口が動いていた。
 サイトウさんの言う「君は・・・違うだろ?」とはどういう意味だ。
 何かがおかしい。

 くぐもった轟音が聞こえる。

 辺りを見渡すと、岩盤を荒くくり抜いたような壁。
 穴は大きく直径十五メートルはありそう。
 小学生の頃に頻繁に見た夢の一つ。
 地下の夢は大体ロクなことが起きない。
 シールドマシンで削ったというより、巨大な掘削機で削ったような後。

(この展開は久しぶりだな・・・)

 強制場面転換。
 昔は夢を見ている間によくあった。
 如何にも夢って感じの現象。
 夢の主催者か何かが、自身にとって都合の悪い展開になると、こういう嫌がらせをする。
 当時はそのように解釈していた。
 あの頃はあまりにも酷い夢ばかり。
 眠るのが恐ろしかった。
 でも、恐れると悪夢は余計に悪化することを知った。
 眠るのが怖くて毎日のように泣いた。

 しかし、次第に考え方が変わっていく。
 涙は一時的な癒やしにはなっても、解決にはならないと実感した。
 逃げられない以上、発想の転換が必要だと。
 夢を制御出来ないのなら、せめて自分を制御しようと気づいた。

 連中が出来るのなら自分にも出来るのではないか。
 言っても自分の夢だ。
 何にも出来ないのはおかしい。
 抗いようがないものは受け入れ、抗えるもので戦う。
 恐怖が怒りに反転し、アルことに挑戦するようになる。
 夢で生き延びる方法。
 その一つが夢を自覚する方法。
 次に、夢を終わらせる方法。
 最後に強制場面転換。

 殺人事件のストーリーに巻き込まれたのなら、その瞬間、犯人を言い当てる。
 瞬間的な認識力、洞察力、経験で出来るだけ早期に。
 始まったと同時に夢を強制終了させる。

 しかし、次第に夢は複雑化し、厄介な宇宙戦争ものに変わった。
 特に規模の大きい宇宙戦争ものは映画のように何かを倒せば即終了とはいかない。
 彼らはあらゆる手を使って夢の中で私を殺そうとした。
 私一人の為にスターシップを落とされたこともある。
 それに対抗すべく最後に編み出したのが強制場面転換である。
 
 そこから何かが変わった。

 それでも最初は全く出来なかった。
 執拗にチャレンジしていくうちに、何らかの兆しが感じられるようになった。
 必ずしも成功はしなかったが、確率は上がっていく。
 成功する時には必ず成功する兆しがあった。
 言い換えれば、それが「幸運」なのかもしれない。

 星が幾重にも自分の中で公転をしている。
 その星に「コレ」という星が回ってくる。
 その瞬間を掴む。
 その時、主催者の強制場面転換に対抗し、自分も違う場所へジャンプする。
 それがいよいよ極まってきた時、突然夢を見なくなった。
 私は勝利を確信した。

「STG28、日本・本拠点に舞台変更!」

 世界が一回転する。
 そこはもう本拠点内。

(出来た! ザマー見晒せ!)

 こんなに簡単に出来たことは一度も無い。
 実に痛快だ。
 でも安心は出来ない。
 問題はココから。
 鬼ごっこが始まる。
 捕まったら終わりのデスゲーム。
 理由は判らない。
 でも、最初に出来た時から肉体が理解していた。
 今も強く感じている。

「逃げろ!」、「逃げ通せ!」と。

 辺りを見渡す。
 感性を解き放ち、直感に委ねる。
 出来るだけ短時間に居場所を特定し、自分の立場や能力、状況を認識する。
 でないと逃げられない。
 あるものでしか戦えない。
 
(作戦司令室・・・ブラックナイト隊!)

 誰もいない。
 司令室に誰も居ない?
 ブラックナイト隊は解隊されたのだろうか。
 この短期間に?
 有り得ない話ではないが。
 ネットゲームでの栄枯盛衰は展開が早い。
 些細な揉め事から一夜にして解隊されることもある。
 それでも妙だ。

 ざっくりと、それでいて血眼になってモニター全体を見る。
 ヒントを探さなければいけない。
 司令室に描画されている情報。
 作戦活動中の様子が写されている。

(間違いない! ブラックナイト隊だ!)

 モニターにマルゲリータとSTGトーメイトの姿。
 そしてビーナス、静のペア。
 STGホムスビに乗っている。
 彼女らは一様に硬い表情をしていた。

「リアルのマルゲちゃん・・・今どうしているだろう」

 静、ビーナス、随分と会ってない気がする。
 喜びと同時に隔世の感をえる。
 ほんの僅かな期間なのに。
 モニターには知らない顔も多い。
 状況についていけない。

(そもそもコレは夢だ)

 モニターには調査隊と思しき複数の小隊が出撃中とあった。
 でも、彼女らはまるで遠足のように賑やに見えた。
 帰還してくる小隊もある。

「マルゲリータ、中隊・・・中隊?」

 夢の中ではなんでもアリ。
 驚くことはない。
 そういうこともあるだろう。

 ログイン情報に目を走らせる。
 部隊名の横に日本・本拠点・筆頭部隊と金字で表示されている。

「これは夢だ!」

 言いながら夢とは思えない自分がいた。
 夢にも色々ある。
 現実と交錯する夢もある。
 決めつけは危険だ。
 情報を集めないと。
 もっと決定的な情報を。

 夢を制御出来るかどうかは、この認知能力と、自己の置かれた状況や才能の把握、そして、それらの限られた状況と力をどう扱うかにかかっていた。
 これまでの経験からも、夢の規模が大きいほど、一人でやろうとすると必ず失敗する。
 逃げ切るにはあらゆる事象を味方につけないといけない。

 隊長がエイジとあった。
 代理にしているからありえるシチュエーションだ。
 その横に金字で宰相とある。
 副隊長がケシャ、飯田(ミリオタのこと)。同じく横に銀字で副宰相とある。
 そしてズラリと並んだ同盟部隊。
 名だたる部隊だ。
 シューニャ・アサンガの欄はグレーアウト。

「ログインになっていないか・・・」

 現在進行中の作戦をモニターに映そうとパネルを触った途端、身体が動かなくなった。

(まずい。見つかった・・・)

 亡者に全身を掴まれたような感覚。
 動けそうで動けない。
 物理的な力じゃない。
 別の何処かへ連れて行かれそうな力。
 身体が散り散りに霧散しそうな。

(アイツだ・・・)

 子供の頃からいる夢の主催者。
 追いつかれてはいけない。
 会ってはいけない。
 見てはいけない。
 怒っている。
 遊びを邪魔された幼児にように。
 激しく。

 主催者の意向を無視して強制的に場面転換を行うとやって来る。
 追いつかれたら恐らく死ぬ。
 しかも単なる夢の死とは違う。
 ズルや誤魔化しはいっさい通じない。
 完全なる死。
 消滅。

「ロビーへ!」

 叫んだ。
 辛うじて声が出た。
 夢では声が封じられることが多い。

 場面が一瞬で切り替わった。

「よし、いける!」

 でも、すぐ追ってくる。
 ロビーは奇妙な賑わいを見せている。
 何かのイベントのようだ。
 ほとんど知らない顔ばかり。
 誰も私を見ようとはしない。
 マルゲリータの表情と落差が大きい。
 お祭り前のソワソワ感。
 理解していることに乖離があるのだろう。

 急に腹が減ってきた。
 何が食べたい。
 食べたい。 
 ビュッフェには行けそうに無い。
 捕まる気がする。

「シューニャ・アサンガのマイルームへ!」

 ほんの少し浮かびあった瞬間、回廊にいた。
 もう、難なく出来そうだ。
 若い頃散々苦労した成果だろうか。

 ドアをタッチ。
 赤く光った。
「入れない? どうして」
 相変わらず夢の中で無敵とはいかないようだ。
 寧ろ現実より思い通りにはいかない。

 再びドアをタッチするも開かない。

 赤く光り、アラート。
 おかしい。
 マザーのアナウンスが聞こえない。
 コアサービスの音声すら無い。
 本来なら赤く光り、アラートが鳴った際にウィンドウが開く。
 そして警告文が表示される。
 それが見えない。
 効果音は聞こえたのに。

「ビーナス」

 反応が無い。
 というより、届いている感覚がしない。
 作戦室の様子からするとビーナスは稼働している。
 正規のログインじゃないからか?
 相変わらず夢は理屈通りにならない。
 
(来る)

 主催者に妨害されている気配は無い。
 入れない理由は他にあるかもしれない。
 例えば許可されていない。
 ちゃんとログインしないと駄目とか。
 それとも・・・他に方法が。
 夢の中の事象はパズルにように複雑な場合が多い。
 それでいて理屈通りじゃない。
 ヒントを見つけないと。

「グリーン・アイのマイルームへ」

 さっきの作戦室でログイン中と出ていたのを見逃さなかった。
 彼女の部屋は入室が許可されている。
 今度はもっと簡単に飛べた。
 近いからだろうか。
 慣れてきた部分もありそうだ。
 夢の中は現実以上にトライ&エラー。

 ヤツとの鬼ごっこは物理的距離と関係が無い。
 それでも短距離飛びはいずれ追いつかれる。
 過去にウンザリするほど繰り返した失敗。
 何らかの法則に合致すると突然距離を縮めてくる。
 出来るだけ脈絡が無い方がいい。
 でも今はステージそのものを強制転換出来そうにない。
 閉じ込められているようだ。
 こうなると厄介。

 部屋前の回廊。
 中に直接は飛べない。
 そう言えば、昔もそうだった。
 開始位置が重要だ。
 最初が司令室なら、他の司令室にしか飛べないだろう。
 でも、他の司令室は知らない。
 跳べる気がしない。
 訳のわからない理屈が作用している。

 タッチする。

(開いた!)
 部屋の中は相変わらずアバターが折り重なっていた。
 でも以前とは違う。
 リアルではビーナスが片付けたと言っていた。
 全てデフォルトの人型女性アバター。
 どれも比較的新しいようだ。

「グリン、シューニャだ、入るぞ!」

 自然に声が出た。
 夢の中では声が出せない方が多い。
 声が出せないと詰むことも多い。

 閉まると、追手の感覚が一気に遠ざかった。
 昔と法則は同じようだ。
 外から屋内に入れると逃げられる確率がグンと上がる。
 苦労したのは部屋や家に入れないことだ。
 住人がほぼ居ない。
 昔あったRPGの入れない家や部屋と同じ現象が起きる。
 誰かいないと入れない。
 しかも、誰かいても住人が許可しないと入れない。
 強制的に入ることは不可能。
 そして、入ることにこだわると追いつかれる。
 そうだ、忘れていた。
 入れればアドバンテージだが勝確では無い。

(思い出した・・・)

 入れさせてくれたヒロインが犠牲になった夢がある。
 それ以来、部屋に入ることが怖くなった。
 思い出したくない夢。
 忘れていた夢。
 胸くそ悪い夢。
 しかもシリーズものだ。
 罪悪感と怒りと悲しみにただ暮れる。
 あの夢は精神的に危なかった。

 物音がする。
 見ると、ベッドに横たわっているアバターが一体起き上がった。

「グリン、生きてたか・・・」

 安堵が熱風となった身の内を通り過ぎた。
 横になっていた女性型アバターはノソリと起き上がる。
 グリンは私を見ると口角を不自然に思いっきり上げた。

「ほら、もう忘れてる。口角を上げすぎ。それに目尻を少し下げて、頬肉をちょっと上げて」

 アバターは言われた通りやって見せた。

「そうそう! そんな感じ・・・良かった」

 シューニャは安堵のあまり声なく笑い出した。
 同時に気づく。

(夢と現実が交錯している)

 この場合は怖い。
 夢の出来事が現実でも少なからず影響を与えることが過去に何度もあった。
 ほとんどの夢は登場人物は朧気で見たことも無い顔ばかり。
 知人が出ることの方が自分の場合は稀だ。
 そして知人が出ても舞台や展開は荒唐無稽である。
 そうした場合、知人が味方として役割を演じたことはほぼ無い。
 現実とリンクしていないのだ。
 でも、舞台や展開がリアルと合致する時、決まって奇妙なことが起きた。
 そしてその時、演者もまたリアルそのものであった。

 このグリンは間違いない、あのグリンだ。
 そして味方なんだ。
 今正に現実に介入している。
 以前よりハッキリと感じられる。

 グリンは私の顔を指でさして、次に壁の鏡を指し示した。

(鏡を見ろ、ということか)

 振り返ってギョッとする。

(シューニャじゃない・・・デフォのアバター・・・グリンと同じ・・・)

 さっき入れなかった理由はコレか。
 STGIに引き篭もる作戦を考えた際、入室許可を見直したんだ。

 そして瞬間的に理解する。
 これがアカウント情報が無い幽霊アバターの原因。
 正規のログインを経ずにログインしているヤツがいる。
 グリンと他にもう一人は確実にいた。
(アレは恐らくサイトウさんだ・・・)

「あ、あーっ」

 グリンが何かを言いたげに声を上げた。
 以前の彼女は全くと言っていいほど音声を発しなかった。
 そういう器官をもたない種族の宇宙人なんだと理解している。
 だから引き篭もっている間に指南した。
 何かある時は声を出すようにと。
 発声練習もさせた。
 
 彼女は両手を前へ出しブラブラさせている。

 情報交換をしたいという意思表示だろう。
 簡単な手話を教えたはずだったが、意思疎通を図る場合は思念を使った方が早い。
 シューニャの時は宇宙というクラウドを介して会話が出来た。
(でも、恐らく・・・)
 グリンを見て思念を送る。
(やはり無理だ)
 そんな気がした。
 この素体では無理なようだ。
 グリンもさっきから見つめていることから試していたのだろう。
 それにしても、たったコレだけの動作で随分と愛らしく見えるものだ。
 笑みを浮かべ彼女の右手を握る。

(あれ? 疎通出来ない)

 グリンがじれったいと言いたげに左手も握った。
 すると、彼女のこれまでの記憶がドッと津波のように押し寄せてくる。

「うあっ!」

 電気で弾かれたように私は倒れた。
 頭を抱え蹲る。

(頭が痛い! 割れそうだ・・・)

 情報量が多すぎる。
 コッチの受け皿が小さすぎる。
 細い管に大量の水を一気に流し込もうとして管に圧がかかる。
 血管が破裂しそうな痛み。
 全く同じようで違うんだ。

「グリン、少しずつ頼む。頭が破裂する・・・」

 頷いている。
 頷きは一、二回でいいと言ったのに。
 まだ頷いている。
 でも、その様がなんとも愛らしい。
 恐る恐る手を合わせる。

 彼女の情報がゆっくりと流れ込んで来た。


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