STG/I:第四十五話:乖離

グリンはあの日以来ログインしていない。

竜頭巾が宇宙人と聞いてグリンを想起した一方で、リーダーとミリオタの脳裏を過ぎったのはサイトウだった。もっともそれを言葉にすることは出来ない。彼がどれほどサイトウに心酔しているかは誰も知っている。ミリオタですら言葉にすることを躊躇うほど。

一方で彼がいなかったら地球は無かったとことは重々承知している。それが言葉を容易に発せなくさせてもいた。



二人の沈黙は「宇宙人であろうが構わない」という点で一致していた。サイトウは二人にとって信頼たりうる存在に昇華している。様々な陰謀論のように彼が宇宙人で内部から地球を崩壊させようとしているのなら最大のチャンスだったはずだ。ミリオタはその噂を信じた自分を恥じた。リーダーは彼にそうだとしても既に救われた命だから構わないと捉えた。三人は全く異なる捉え方でサイトウを受け入れるに至る。
シューニャはサイトウに会えなかった。心のどこかで「サイトウとはそもそも存在しているのだろうか?」と疑念を持っている。全く彼らとは異なる視点。宇宙人か地球人か以前のもの。
サーバー上で彼らが言うサイトウと思しきアカウントが見当たらなかったからだ。その疑問はリーダーにはぶつけたが「アイツを真似たヤツがクソほど多いから無理もない。フレンド登録してあれば一発なんだが」と言った。その点で彼は彼でサイトウの存在そのものには疑いを抱いていないようだった。でも内部データを見たシューニャにとって、皆の言うサイトウがわからなかった。部隊リストに出ているサイトウのアカウントデータは二十五年前から更新されていない。ログイン履歴が二十五年前に止まっている。それは内部データにしか記録されていない。ゲーム上からは確認出来ない情報だ。
��見間違いだったかもしれない)
事実サイトウという同じ名前の大体数の中にこそ本当のサイトウがいるのかもしれないとも考えた。さすがに言えなかった。確証が持てない。
 
その後の会話は全て憶測の範囲を越えないものだった。
 
シューニャもそれ以上は言わなかった。
別れ際、リーダーはシューニャに対話を送りリアルのメールアドレスと携帯番号を示す。そこには「頼むからメモってくれ。そして時間がある時でいいから連絡をくれ。お願いだ!」と書いてあった。「必ず」とシューニャは返す。リーダーは「その際はメール件名に『ブラックナイト』と書いて欲しい」と告げる。「合言葉は『ブラックナイト』ですね」とシューニャも念をおす。
リーダーの申し出はシューニャにとって幸いだった。
彼から申し出が無かったら自分が証すつもりだったからだ。
今回知ったことは余りにも荷が重い。全部はまだ話せない。
それだけに帰還後の判決結果は絶望的だった。
言っても無駄なことは充分にわかっている。
聞いたからどうだと言うのか。
何も出来ない。
やることは何一つ変えられない。
それでも一人で抱えておくには苦し過ぎる。
いや、勤め人時代の経験からも、一人で抱えておくべきではない。
でも、打ち明ける相手や時期を誤ると、決定的な崩壊を自ら呼び込んでしまう。
思い出すと今でも胃が痛くなることがある。
��ストレスは余り感じない方だと思っていたのに)
全てを話すには余りにも大き過ぎた。
 
*
 
リーダーの送別会は思いの外大勢の珍客を迎えることになる。
当初はギルドメンバーと親しい者だけで行う予定だったが、彼のファンや支持者と自称する外部の者たちが是非最後に会いたいと押し寄せて来たからだ。その数は膨れ上がり、急遽、パブリックな大会議室に切り替えることになる。それは彼自身にとっても意外だったようだ。
 
大宴会。
 
海外からも多数の賓客が急遽例外的に迎えられ、中でもハンガリー本拠点から特使が複数名駆けつけた。先の護衛戦での勇猛果敢な戦いぶりを讃え勲章が授けられる。
彼らが考えたフォーメーション、ドラゴン・ツー・ブレイドを「ガッジーラ」と使者は興奮しきりに語った。そして今回の決議への少なくない反対国の一つであったこともそこで知る。日本本拠点よりも最後の最後まで凍結に反対したことをリーダーは聞くと、涙で顔を濡らすことになる。
 
「地球を頼んだ!」
 
日本時間二十三時五十九分。
酒やビールやジュースまみれになった壇上の隊長。
手には抱えきれないほどの花束や好物の唐揚げとコロッケパンにカレーパン。
彼の最後は敬礼ではなく、その一言と同時に深々と頭を下げた姿だった。
二十四時丁度。
姿が消え、アカウントリストに[凍結]の青い文字が灯る。
ほとんどの者が初めて見る。
どさりと落ちる花とパン。転げる唐揚げ。
さめざめとした空間に”おはぎ”の泣き声が上がる。
めいめいが彼との別れを思い思いの方法で惜しむ中、シューニャ、ミリオタ、竜頭巾の三人だけが全く異なる思いで瞳を交わす。
 
*
 
リーダーの凍結から更に一ヶ月が過ぎた。
隊長が退いた後も宇宙人は攻めて来なかった。
僅かに残った古株の搭乗員達も「これほど長いこと奴らが攻めて来なかったことな無い」と口々に漏らす。
宇宙人らのリクルートのかいもあって、改修された日本・本拠点は嘗て無いほどの賑わい。拠点は新人で溢れかえっている。上辺では嘗て無いほどの盛況と言えた。
本拠点が失われたアメリカ・イタリア・フランス・ドイツの四カ国は急ピッチに建造が進み、これまであった拡張部分を除く拠点機能を、アメリカ・ドイツは完全に復活を遂げている。フランスが出遅れた理由は拠点デザインのせいであった。「どうせ作り直すなら」と、これまで宇宙人が提供した拠点デザインに不満を持っていたプレイヤーがデザインし直した結果である。イタリアは未だ完成をみないが、その理由は拠点建造の最低戦果が不足していた為である。ドイツから戦果をいわば借金する形で行っている。もう時期完成する。
 
あの大戦における、緊迫感、絶望感を知らない圧倒的大多数の者たちは明るかった。 今や”STG/I”はVRに高度に対応した恋愛も出来るゲームと認識されているかもしれない。日本・本拠点で新たに創設された運営委員はプレイヤーの合議の結果を宇宙人に進言している。その結果の一つとしてパートナーとの恋愛要素を盛り込んだ。アバター類も嘗て無いほどの充実ぶりである。変形するSTGも登場した。だがそれらは必ずしも直接的に戦闘に寄与するものでは無い。プレイヤーは神運営と宇宙人を称える。ゲームかリアルかの議論をする者もすっかり減り、皆が当然ゲームとして遊んでいる。
過去の戦役からシミュレートされる緊急やミッションは「難し過ぎる」を理由にどんどん難易度が下げられ、最早ヌルゲーと化している。それもあっての賑わいなのかもしれない。
あの戦いの反省から、横のつながりは出来た。組織化もある程度された。自主性も活発になったかもしれない。宇宙人への提議は加速し、その多くは拒まれることなかったが、結果としてただただ己を弱体化する一途を辿っている。それらを苦々しい思いで彼らは見つめていた。
 
「平和ボケが」
 
ミリオタはいつも以上に苛立っていた。
「平和ボケの何が悪い」
竜頭巾とは相変わらずの犬猿の仲。
「いざ鎌倉って時に戦えんだろ!」
「その為の俺たちだ」
「だから!数は力だよタツ!大東亜戦争を知らんのか。沖縄戦の海上の様子を見てみろ!」
「役に立たない数はマイナスでしかない」
双方とも毒舌は変わらないようだ。
「まーまー二人とも。わかりますよ。勝つ為に最低限の数は絶対いる。間違いない」
「だろシューニャん!」
シューニャは隊長を引き受けた。
「でも、中途半端な理解は却って混乱を生むじゃないですか。質を伴ってこその数です」
「でしょ!シューさん!」
「そもそも彼らが真面目に戦うなんてことはないでしょ。でもそれを言葉で理解させることは無理だ。無理矢理やらせるのは尚更出来ない。それ以前に我々には他人にどうこう言っている余裕は我々には無いはずです。我々は我々で少数精鋭でいきましょう。どのみち隕石型宇宙人を数でおすことは出来ないんでしょ?決定的な策が必要なんです。それ以外どう転んでも勝ち目はない」
「ま~・・・そうだけど・・・癪に障るんだよ」
シューニャは呆けていられる彼らが羨ましかった。
「わかります・・・私も正直言えば苛立ってはいますから」
あれは自分が望む姿だ。
我々は知ってしまった以上、経験した以上、目を背けることは出来ない。
安心して枕を高くすることは出来ない。
無かったことには出来ない。
あの戦いを経験した多くの搭乗員がPTSDにかかっていたが自覚は無いようだ。リアルで眠れない者。鬱を発症する者。一旦はSTGに乗ることを止め、引退したにも関わらず、わざわざ新しいアカウントで参戦して来る者。色々だった。それはまさに戦争におけるPTSDと酷似している。ある者は夜中に突然叫んだ。あるプレイヤーはわけもわからず震え、ある搭乗員は突然泣いた。ブラックナイトの隊員も言った。
「戦っていないと落ちつかない・・・」
「突然、わけもなく涙が出て来るんだ」
「リアルでは誰も解ってくれない」
「ここにいると安心する」
「時々、あれは夢だったんじゃないかと思うんだ」
隊長としてシューニャは彼らの言葉に耳を傾け、その壮絶さを間接的に感じ入る。
そして部隊の外では奇妙な慣習が出来ていたことを知る。
 
”ブラックナイト詣で”
 
部隊ブラックナイトのギルドルームの前まで来て、エンブレムに向かって柏手を打つ行為。この行為はいつの間にか彼らのことをよく知らない隊員までもがやりだす。他には、隊員にすれ違ったら手を振ってもらう、名前を呼ぶ、出来れば呼んでもらう、サインを貰う、出来れば握手をする。無理を承知でハグをしてもらう。女性隊員に至っては更に奇妙な噂が充満していた。
ブラックナイトの隊員がギルドルームに引き篭もっていたのも噂が拡大した要因になったようだ。「本当に存在している部隊なのか?」そうした噂から広がったと思われる。
現在部隊員の募集を止めている。大戦後は毎日のように問い合わせがあり、それに可能な限り人力で応えていたが、今や全てギルドルーム付のパートナーに自動で応対させていた。
ブラックナイトは募集せずスカウト方式に切り替えたからだ。ダミー部隊も創設している。そこで素行や能力を見て声をかける。この方法は時代に逆行しているかに思え、シューニャは皆が反対するかと思ったが、意外にも副隊長であるミリオタや竜頭巾は賛同した。最も理由は深いものでは無かったが。
「おれ人見知り激しいから」
「俺も」
ミリオタや竜頭巾が日夜取り憑かれたようにシミュレーターに乗っていることをシューニャは知っている。二人は口を開けば「難易度が低すぎる!あんなの実際と全く違うじゃないか!」「宇宙空間が全て隕石型に埋め尽くされるほどの量だった!」「弱すぎる!」「コンドライトはあんなに遅くない!」「ドラゴン・ツー・ブレイドの扱いが全く怪獣映画みたいじゃないか!馬鹿にしとんのか!」と吐き捨ているように言った。最も彼らだけではない。あの戦いを経験した者たちは一様に言った。シューニャ自身はあの戦いを直接は経験していない為、ただ彼らの声に耳を傾けることしか出来ない。ギルドのレストルームは暫くは不平不満と言い争いが起きた。
何人かは驚くべき変化。中でも部隊のムードメーカーとして知られた”おはぎ”は別人のよう。塞ぎこみ、時々さめざめと泣く。その陰鬱さにたまりかねたミリオタが食ってかかっては口論となり彼女がログアウトする。その繰り返しが暫く続く。ログインの頻度は減りつつある。部隊員にリサーチすると彼女は隊長のことが好きだったと知る。リアルの連絡先を教えたものか悩んだが、リーダーは拒んだ。
「俺のリアルはタツ以外には教えないでくれ。ヤツにも特にシューニャから言う必要はないから。あくまで聞かれた応えてもいいというだけで」
凍結翌日にメールを送った。
ちょっとした挨拶のつもりだった。
何せシューニャにとってはリアルが最早限界点に来ている。
貯金の底が遂に見えた感がある。
冷暖房を止め、食事を一回にし、外出を控える。飲み物は水道水。
例の件で警察へ呼ばれても壊れかけの自転車で出ざる終えない状況。
それでも彼には悲壮感は無かった。
あれ以後、そう、あの”黒なまこ”に乗るようになってから妙に身体の調子がいいからだ。
最も所詮は悪い中での良さに過ぎないが。
いよいよ働こうかという所での今回の騒ぎ。
それをドラゴンリーダーに告げる必要があった。
「金が無いので辞めます」
それもあって隊長の件は受けたくは無かったが、リーダーの言葉を聞いている内に、「安心させてあげたい」と思うに至った結果だ。「取り敢えず。取り敢えずだ」と彼は自分に言い聞かせた。
返事はすぐに来た。
「十八時に帝国ホテルのロビーに来てくれ。今ならデカイ花が飾られている。ドラゴン柄のネクタイをした黒いスーツが俺だ。声をかけて欲しい」
問答無用。
シューニャが東京にいるとは限らないのに帝国ホテルを指定して来た。
最も彼は仕事で帝国ホテルで打ち合わせしたことがあるので行ったこともある。
彼は残り少なくなった財布の底を眺めながら「これが最後だし」と一人呟くと、意を決し久しぶりの外出となる。

コメント