STG/I:第四十四話:秘密会談

シューニャは考えていた。

何を伝え、何を黙るか。

こういう時、ソロはつくづくいいと感じる。

コミュニケーションが面倒であり、嬉しくもある。

��戻る以上は黙っているわけにはいかないだろう)

サラリーマン時代の経験もあり人嫌いになった時期がある。「他人は自分の聞きたいことだけを聞き、自らの影に怯えている」そう感じた。それ以来、喋るのが嫌になった。肯定成分九十九%の事実も、否定的な人間には一%も届かない。様々な方法で伝える努力をしたが諦めた。「伝えることは不可能」であると。ましてや時限爆弾のようなニュースを冷静に受け入れられる人は恐らく一%いるかどうか怪しいと考え、彼の仕事は内向的になっていく。もっともそうした状態は辞める大分前の話しだが。

シューニャが幸いだったのはドラゴンリーダーが隊長だった点。彼に「限られた人間だけ集めて欲しい」と伝えた際、多かれ少なかれ抵抗があると踏んでいたが、実際は違った。リーダーは「それがいい」と一も二も無く賛同する。これはシューニャにとっては初めて意思の疎通が出来たと感じた瞬間だった。
ドラゴンリーダーはシューニャが抱いた不安を想像ではなく実感していた。部隊員の彼女を見る目で。戦線に参加した者からしたら、最も、参加しなかった者でさえ、彼女は肝心な時にいなかった人間だった。一部を除き、彼らにとってシューニャによってもたらされた情報の重要性は微塵も実感することは無い。感じ得たのは、ドラゴンリーダー、ケシャ、プリン、ミリオタ、そして竜頭巾ぐらいなものだと思った。
それでもシューニャの抱える悩みの大きさをリーダーは知る由もない。余りにも多くのことを知りすぎた。しかも中途半端に。自身すらも答えは未だグレーと言えた。確信をもって言えることがほとんど無い。発言に責任を持てないことに苦しむ。
 
*
「よお!今日だよな?」
声をかけたのはサイトウ。
まるで何時もにように手を上げ、爽やかに笑っている。
部隊ルーム内のプライベートルーム。
大戦前の部隊ブラックナイトは大手を振って外を歩けない関係から、彼は部隊ルーム内の拡充には気を配った結果、快適なものとなっていた。
プライベートルームは許可された者しか入れないはずだ。
もっともサイトウは許可された人間だったが、彼のアカウントは既に無い。
隊員リストを見るも、彼の名前はグレーのまま。グレーはログインしていないか、削除されている者を意味する。
「おま!・・・どうして?アカウント削除されたんじゃないのか」
決定事項は即時実行だったはずだ。
現に多くの者が彼のアカウント削除を確認している。
彼にやっかみ、罵倒する勢力は、カウントダウンパーティーすらもようし、大いに盛り上がっていた。多少なりとも事実を把握出来るプレイヤーは苦々しくその様子を見る。宇宙人は、減った人員の大リクルート作戦を展開中のようで、大戦後は右も左も分からない新人達が大量に増える。そうした新人搭乗員はわけもわからずそのパーティーに乗っかり、旧体制の政策に意図せず加担することになる。
「宇宙人だからかな?」
彼はフザケて笑ったが、リーダーは笑えなかった。
ただ、以前のように突っかかることもなく、沈黙の後、堪りかねたように言った。
「会ってやってくれ!タツに」
サイトウは彼を見据えると、力強く頷く。
それはリーダーにとっては意外だった。
彼の中でサイトウは肝心なことを逸らかす人間だったからだ。
 
驚き、悲壮感、歓喜!
 
僅か何十秒でもない時間にここまで表情が変化するのかと言うほどリーダーは感情を爆発させる。そして慌てて竜頭巾に対話を送る。サイトウはそのさまを黙ってみると虚空を見上げる。何かが見えいていような目線。
 
連絡を受けた竜頭巾は緊張で心臓が爆発しそうだった。
目が覚めたとき告げられたサイトウのアカウント削除と、隊長のアカウント凍結。
隊員らは彼が怒り狂って暴れるのではないかと固唾をを飲んで見守ったが、竜頭巾はリーダーを凝視し、ぶるぶると震えると、身構えるシューニャらを尻目に、力なく消え入りそうな声で言った。
 
「ごめんなさい・・・」
 
そして顔を下ろしたまま上げることはなかった。
リーダーは彼を抱きしめると静かに言った。
 
「よくやった」
 
��奇蹟だ!奇蹟が起きた!)
どんな顔をして会えばいいのか。
リーダーの言うサイトウはドッキリなのか?
以前も度々あり彼を怒らせた前歴がある。
アバター衣装を何度も変えては似合わない自分に苛立つ。
「そうだ・・・今は男だ」
彼は姿見を一度残念そうに見ると、意を決し走り出す。
走りながら「あーなんで転送装置を使わないんだ!」激しく後悔しながらも走らずにはおれない自分を感じる。通りすがる彼を見初めて周囲はざわつく。
「あれ!あれ!!キャー」
「日本のエース!竜頭巾さんだ!」
「はじめてみた!」
「本当に居るんだ・・・」
「地球を救った男」
「キャー美少年」
「目覚めちゃいそう」
でも彼は一切振り返らない。
マイルームからゲートをくぐればダイレクトに部隊ルームに入れたにも関わらずかれはロビーを走り抜け、パブリックな転送ルームから入った。
��あの角を曲がって右!)
急停止。
身なりを整える。
彼の興奮とは裏腹に冷水を浴びせかけるような怒声が響く。
「ふざけるな!ええ格好しいにもほどがあるぞ!お前はどうしてそう・・・」
リーダーの声だ。
「子供を守るのに理由がいるのかね?」
サイトウだ。
��あー!サイトウ!サイトウ!サイトウ!)
心臓が張り裂けそう。
胸をグッと掴む。
「残された人間のことも考えろよ!・・・辛いんだぞ」
「だから黙っていて欲しい。・・・ずっと」
「お前はいつもいつも無理難題を!」
��リーダー!どうしていつもサイトウを苛めるんだ!それさえなければいい人なのに!)
やおら駆け寄りると、そこには意外な光景があった。
気づいて振り返るリーダーの目には涙。
サイトウは変わらずの笑顔を見せた。
「タッチャン!」
言葉が詰まった。
全く想定していない状況。
全てが飛んだ。
「えっと・・・」
リーダーは顔を洗うように激しくこすると、竜頭巾の肩を叩き、サイトウを指した。
「五分後にタツと一緒にギルドルームに!」
サイトウは手を上げて応える。
 
沈黙が流れた。
 
顔を見れない。
彼が自分を見つめている。
やっと会えたのに。
どうして見れない。
彼は黙っていた。
 
少しして、辛うじて竜頭巾の口をつく。
 
「・・・サイトウ、だよね?」
 
顔を少し上げ彼を少しだけ見る。
彼の目が潤んで見えた。
「ああ!」
溢れてきて何も言えない。
どんどん溢れてきて言葉にならない。
何度も口を動かしてや止め、動かしては止め。
陸に上がった魚のようにパクパクと喘ぐ。
一杯話たかったのに。
沢山、たくさん、何時間でも話せるほど。
 
「え!」
 
サイトウが竜頭巾を抱きしめた。
強く。強く。
「良かった・・・本当に良かった・・・」
彼の声が震えている。
その瞬間、タツに満たされた言葉は全て消え去り涙に変わった。
彼をおずおずと抱き返し、大声で泣く。
人前でこれほど泣いたことは生まれて初めて。母を前にしても。
泣くのは嫌いだった。泣いている人を見るのはもっと嫌いだった。
泣くまいと、ただ、泣くまいと思って生きてきた。
「言っただろ、日本に必要な人だって・・・」
「覚えてたんだ・・・」
「立派だよ・・・立派だ・・・」
崩れ落ちる竜頭巾を崩れるままに抱きとめるサイトウ。
 
二人の会話はこれで終わった。
 
*
ギルドルームの作戦会議室。
シューニャ、ドラゴンリーダー、竜頭巾、ミリオタの四人がいる。
サイトウの姿は無い。
「シューニャ、話してくれるな」
リーダーはそれが当たり前のように話し出す。
「はい」
全身から緊張が漲っているのがわかる。
彼は自身が岩にでもなったかのような感覚を受ける。
ギクシャクして思うように動けない。
眉を寄せ、辛うじて、絞りだすように、ゆっくりと語りだす。
「・・・私がいない間ですが・・・このゲームの運営会社にいました」
「え?」
一同は一瞬ぽかんとする。
「このゲームの運営会社です」
シューニャが床を指す。
皆は絶句。
わかっているつもりだった。
改めて言われたことに違和感を感じる。
「ちょっと待て、シューニャ。ゲーム・・・って言ったか?」
ミリオタが口を挟んだ。
「待って下さい。色々聞きたいことはわかりますが、まずは聞いて下さい」
皆の動揺は想像以上。
シューニャは常日頃から頭の片隅でゲームだと思っていた。
日が浅いせいもあるだろう。
「質問はその後で」
今にも吐きそうなものを堪えながら慎重に、丹念に、要点を出来るだけ明確に喋った。
 
・地球にゲーム運営会社があり、それは普通の会社であること。
・狂信的な本ゲームの信者に襲われたこと。
・黒メガネ、黒スーツの人間につけられていること。
・狂信者から身を守る為に警察沙汰になった関係で任意同行を求められたこと。
・昔のルートを使い、協力者からゲーム運営会社のバックドアから先の戦いや戦況を知ったこと。
 
「ゲームだったのか・・・」
ミリオタの落胆は一際大きいもので、崩れ落ちた。
「いえ、これは現実ですよ」
「え?でも今ゲームだって」
「違うぞ。シューニャはこう言いたかったんだ。アメリカでもプレデターって無人機あるだろ。あれは簡単に言えばシミュレーターのようなもので操作されてるだろ。つまり、俺達にとってのシミュレーターが、コレなんだよ」
「そうです!」
「そう・・・か。でも、あんな簡単な操作であんな複雑な動きが出来るわけ・・・」
「だからこそのパートナーであり本船コンピューター・・・」
竜頭巾が一人合点する。
その脳裏には失われたブラックドラゴンとソードの姿があった。
「ええ。主たる挙動、言うならば方向性は我々がキーボードやコントローラーでやってますが、そうした全ての挙動の詳細は本船コンピューターとパートナーで賄われているんです」
「でも待てよ・・・AIなんだろ?だったらなんで宇宙人は最初からAIで戦わないんだ?今の地球ですら、今後はAIとロボットの戦争になるって言われているのに」
「それは現状における自動運転の課題と同じだと思います。自動運転の車が事故を起こしたら誰が責任を負うのか・・・」
「そりゃ~お前、自動運転を提供している側だろ」
「え?そうなの」
「なるほど・・・」
リーダーが一人違う意味で合点する。
「宇宙人はな、いつもこう言っている。『自分たちが出来ることには限りがある』とな。『過度な干渉は出来ない』そう言うんだ。つまり・・・」
「そうです!我々が操作することで、責任は我々、『地球人』になっている」
「ごめん・・・ちょっと意味がわからん」
「自動運転の問題でも、運転者が責任を持つべきだという考えもあります。ミリオタさんが仰るように製造者がもつべきだというものは勿論あります。他には自動運転を承認している市ないし地区、国が責任を持つべきといった様々な考えがあるんです。宇宙人達はあくまで地球人の責任としてSTGや本拠点を運用するスタンスなんですよ。これは良い悪いの問題ではなく、どこで妥結したかの話しなんです」
「宇宙人は地球人の責任にしたいということか・・・」
「したいと言うより、出来ないんだろうな・・・」
「リーダー?どういう意味」
「彼らには俺たち地球にあるような、なんとか連盟とか、なんとか連合とかあるようなんだ。曰く文明人同士の惑星間でな。恐らくその中に、あの隕石型宇宙人やら、ブラック・ナイトは含まれていないだろうよ。だからそこで決められたこと以上は出来ない。それ以外は駄目なんだ。連中曰く『文明干渉』なんだよ」
「何を!充分干渉してんだろうが彼奴等」
「線引の差です。干渉する。いや、せざるを得ない状況なんでしょう。恐らく、あくまで推測ですが、彼らにとって我々も遠い将来同盟内に組み入れる可能性がある星なんですよ。だから失いたくない部分が何割かはある」
「でも地球人がそれを望まないならその限りではない・・・」
リーダーが言葉を継いだ。
「あ!だから彼奴等いつだったかレーダーは自己責任だって。敵襲があったのに黙ってたのか!」
「そうだよっ?て・・・今頃それかよ」
「しょうがねーだろ。意味がわかんなかったんだよ・・・」
「つまり」
黙っていた竜頭巾が言葉をつぐ。
「彼らが助けてくれるのはかなり制約がある」
「そういうことです。基本的にこちら側からアクションしない限り恐らく地球が食われても何もしないでしょう」
シューニャは肩を落とす。
「しかも要求が全て通るわけじゃない」
「じゃー尚更だ。俺たちが!サイトウがケリをつけなかったら・・・あの時に俺たちは・・・」
「ええ」
「滅んでいた・・・」
 
水をうったように静かになった。
 
鳥肌がったのか、寒気がしたのか、身体を擦ったり自分を強く抱きとめた。
一歩何かが間違えば、こんなところで話し等は出来なかった。
「あ、それと・・・なんて言うか」
皆が再びシューニャに視線を戻す。
「アカウントが無いのに出入りしている人が二人はいます。多分・・・」
「え!」
「どういう意味だ?」
「誰だソイツは!」
「誰かはわかりません。ただ・・・数が合わないんですよ色々なものが」
「スパイか?」
「ミリオタ・・・またお前は・・・」
「だってそうだろ!」
竜頭巾の異様さにシューニャだけが気づいた。
「どうしました?」
「・・・」
「どうしたタツ?」
「多分・・・一人は知ってる」
「え!」
「ミリオタ!声が大きい」
「作戦会議室だから外には漏れないだろ?」
「いや、耳が痛いんだよ」
「お、おう。すまん」
「誰なんだ?」
「皆も薄々気づいていると思うけど・・・グリンだよ」
 
僅かな沈黙。
 
「あ~・・・なるほど。宇宙人っぽいよなアイツ」
唯一、シューニャだけがピンときていない。
「どうしてそう思う?」
リーダーは彼を凝視する。
「感だよ。うまく言えない・・・」
嘘だった。
彼の脳裏にはあの日の出来事が過ぎっている。
言ったところでわかりはすまい。
幻覚と言われてしまえばそれまでのこと。
父からも罵声を浴びせられたことがある。
「そんなものばっかりやっているから!」
でも彼には幻覚とは思えなかった。
��彼女は『見つけた』と言った。何を・・・)
自分に覆いかぶさるグリン。
共に溶けていくビジョン。
ただ、不思議と恐怖はない。
ミリオタが抱くような疑心暗鬼とも違う。
気になる。
彼女の動機が。
居心地の悪い感覚がある。
悪いようには思えないけど。
でも何か明確な目的が感じられる。
それがわからない。
ただ、シューニャの発言で確信を得た。
 
��グリンは宇宙人だ)

コメント