黄レ麗:第五十二話:名無し

これは酷い。

酷すぎる。

あんまりだ・・・・。

「なんだこれ・・・」

「でしょ」
僕はナガミネにスマホを見せてもらいログをザッと読んだ。
今ココが家だったら机を叩いて叫んだに違いない。
「ふざけんじゃねー!」って。
「この名無しって誰だろ?」
「それがわかんないのよ。私はロム専なんだけど、こういう口調で書いてるコメントって初めてな気がする」
ナガミネは男子から変な女子に見られていることがあったけど(悪い・・・ナガミネ俺も少し思ってた)こういう観察力は案外確かなんだと、よく話すようになってから実感する。だから間違いないだろう。漫画とか小説書くから観察眼に優れているのかな?
僕らのSNSはトラブルを避ける為に誰とわかるニックネームか本名で書き込むことが前提になっている。
「ここのSNSさ、クラス以外からもアクセス出来るかな?」
「出来るでしょ。アドレスとパス知っていれば」
「やっぱりクラス外からかな?」
「その可能性はあると思う」
内容は酷いものだった。
声に出すこともはばかれる。
要約すると、二人は恋人同士で既に肉体関係。毎晩のように愛し合っていて、既に子供を身ごもっているというもの。問題は彼女、つまりレイさんが、それをネタに彼、つまり僕を脅し、カツアゲ・・・っていうのかな、ユスリか。強請っているという内容だった。クラスメイトとして彼女から彼を引き離すべきじゃないかという提言を「名無し」はしている。
その証拠として、先日あった事件、彼女がクラス内で僕を罵倒して威圧したというものが詳細に書かれている。気が弱いから彼女に恫喝され貢がされているとも。彼女が制服を多少なりとも綺麗にしてきたのもその証拠だと言及している。更に、それまでの彼女は洗剤一つ買うことが出来ないほど困窮していたとある。彼が洗剤を買って上げたに違いないと。
��こまでのはずは無いでしょ)
そんなんだったらアパートに住めないよね?
この辺は「名無し」の創作なのかもしれない。
その件に関してはクラスメイトのマリオからこんなコメントがあった。
「本当に貢がせているなら普通は新しい制服じゃないの?」
ナイスだマリオ君!見事なキラーパス。
まさにその通りだと思う。
しかし「名無し」は一切動揺することもなくこう返した。
「それじゃあからさま過ぎると思わない?そもそも詐欺だって最初は少額でしょ。徐々に金額を釣り上げていき、断れない弱みを掴んでから決定的な金額にまで跳ね上がる。そういうものでしょ。これからなのよ。だからこそ今のうちに止めないと!」
クソ・・・「名無し」頭いいな。ぐーの音も出ない。
確かにこの「名無し」の言う通りだ。
お父さんからインターネットを使う前に何回か講義を受けた際、そう言っていた。だから身に覚えのないメールは絶対に開かない、返事をしない、相手をしない。これが原則だって。
その時はご丁寧に「お前も年頃だからそういうサイトも見るだろう。見るなとは言わない。でも危ないサイトには絶対に顔を出すなよ」とお父さんが安全を確認したというエロサイトまでブックマークしておいてくれた。
それ・・・どうなのよ!(笑)
このエロサイトを父さんがどういう顔をして確認して回ったかは想像したくない。父さんも利用しているんだろうか・・・。
��考えるな!)
少なくとも僕は利用させてもらっているけど。
サンプル動画だけで全然いける。
何にせよ最初は低く入るらしい。首根っこ掴まれてからはマッハだと言っていた。父さん経験あるのかな?あ、無いって言ってたな。友達の息子さんが食らったんだっけ?ちょっと思い出せない。何にしても怖い怖い。
��まてよ)
「名無し」の書く通りなら既にウィークポイント抑えられてないか?身ごもっている時点で。そうだよ。これおかしいよ。やっぱり何かおかしい。筋書きが甘いような・・・。
「そうかもしれないけど、やっぱ言い過ぎじゃね?洗剤ぐらいいじゃん」
マリオ君あっさり陥落したか。それって認めたってこにならない?
でもありがとう、君のお陰で空気感がここで変わってる。
クラスの皆は「貢がせているって感じじゃなくね?」とか「そもそもそんなに仲良くも見えないけど」とか「アイツ結構あれで言う時は言うよ」とか色々書いててくれていた。
なんだろ・・・嬉しい!
泣きそう!
皆そういう感じに僕を見てくれていたのか。
こうした反応に対し「名無し」は僕を被害者に仕立てることを一旦諦めたのか、レイさんがいかに酷い人間であるかの人格攻撃へと対応を変えて来ている。敵もさるもの、色々考えている。ここまで読むと当人としてはいよいよ胡散臭いと感じる。策を練っているということだ。これは明らかにレイさんを策にはめようとしている。どうして?何のために。
残念なことに、ココから雰囲気が悪い方へ流れていく。
それまでのレイさんの行動を「名無し」は指摘しだした。同意の意見が増え、間接的に彼女は悪い女である風調に感じられてくる。
��声を大にして言いたい!レイさんの素晴らしさを皆は知らないだけなんだ。彼女を知ればそうは思わないはずだ。やっぱり彼女のことを皆に知ってもらわないと駄目だ!)
この謎の「名無し」は毎日のように現れ、事細かに彼女の状況を書いていた。それは現実の行動と概ね一致しており説得力があったようだ。そこから単なるネタと思われていたこの「名無し」の流言は次第に真実味を帯びて受け止められつつある。
僕はそう捉えた。
ただ今のところ意見は辛うじて拮抗しているように思える。
そのキッカケを作ったのが「名無し2号」の発言だった。
「なんで誰も聞かねーの?そこまで言うのならお前の名前を言えよ。言ったら信じるから」
ここで「名無し」のコメントが初めて途絶えている。
それでも翌日には「名無し」から、「人の名前を聞く前に、そっちが言うべきじゃないかな?」と反撃が始まっている。
この水掛け論からやや話しは有耶無耶になりかけているが、それでもこの「名無し」は執拗に僕らの行動を晒し、自分の発言の信憑性を高めようとしているようだ。コメントの減り方やカウントの回り方からいって利用していたクラスメイトは辟易してきているという感じが捉えられる。
「すっご~い!マーさん頭いい尊敬しちゃう!」
僕の深刻さとは裏腹にナガミネは手放しに僕を褒めた。
��こういう所がナガミネは空気が読めないというか・・・)
まあでも、以前の彼女を思えば。
「それって、あながち間違っていないってことでいい?」
「うんうん、私は少なくてもそう思っていた。だから言ったの。ここで押し返すか、押し込まれるかで多分かなりおかしなことになりかねないでしょ」
「だよね・・・ナガミネはどう思う?僕がそういう人間だと思う?率直に言って欲しい」
「思わない思わない」
笑顔で応えた。
この笑顔で本当に胸を撫で下ろす。
僕の中に込み上げてきた何かしらの圧力が少し緩んだ。
「マーさんって騙されそうに見えてしっかりしているよね」
「騙されそうなんかい」
「うん。凄く弱々しいもん」
弱い出ましたー!
あー・・・そう見えるのかー・・・辛いな。
ま、確かに強面ではないけどさ。
傷つくわー。
そうか、先生だけじゃなく僕は弱いって見られているのか。
「あ、でも優しいよね」
「弱い優しさは無用の長物だって先生に言われたよ・・・」
「マドレーヌ?」
「あ~、書道塾の先生から」
「へー書道やってるんだ」
「うん、ま、それはそれとして・・・ありがとうそれ聞いて安心したよ」
「え・・・何よ急に・・・不意打ち・・やだ」
「え?何が。不意打ちじゃないでしょ」
「もう」
なんだ?
なんで顔が赤いんだ。
今の流れのどこに顔が赤くなる要素がある。
わからない。
今でもナガミネの反応は未知との遭遇だ。
もういい加減見慣れたつもりだったのに。
「それでか・・・」
「それでって?」
「最近さ、皆の態度がなんか微妙に冷たいというか、堅い気がして、なんだろうかなーって思ってたんだ」
「あーそうねー・・・なんか君に原因が無いにしても結果的に君が絡んでいるからなんか複雑なんだろうね、嫌なこと思い出して」
わかる。
「まだ童貞なのに、なんでこんな書かれ方されなきゃいけないんだ・・・」
「!」
しまった!
つい、気が和んじゃってマイサンズの連中と同じ感覚でいた。
「ゴメン!今聞いたこと無しね!ナガミネは何も聞いてない!いい?」
彼女は顔を真っ赤にして目を見開くと、
「うん、うん、うん。何も聞いてない、何も言ってない」
「うん、言ったのは僕だからね」
「うん、うん」
こりゃ・・・無理だな。
少なくとも彼女の仲間内で「THE☆DOTEI」の称号が広まるのは確実だろう。女子の情報伝達力は今まで何度も驚いてきた。こりゃ下手すると次の休み時間にはクラス中に広まっている恐れさえある。
��普通はそうですから!それが普通ですから!統計で出てますから!)
言ってやりたい。でもやめよう。見苦しいだけだ。
母さんに聞いたことがある。
「なんで女子って一人に言ったらほとんど知っているの?」
「そういうものだからよ」
答えになってないでしょ。
「絶対言わないでって言ったのに?」
「言いたくなるでしょ」
「あのさ・・・お笑い芸人の『押すな押すな』じゃないんだから」
「あ、母さんねあの芸人さん好き、もう出ただけで笑っちゃう」
「そんなこと聞いてないから」
そういうやり取りがあった。
「今の発言で確信した。マーさんはやっぱり違うと思う」
聞き捨てならない。
「今の発言って・・・?」
「やだ・・・セクハラ・・・」
なんだその嫌悪感を露わにした顔は。
「違うでしょ。今の発言は無かったことにしてって言ったでしょ・・・」
思わず小声になる。
「あ、ゴメン。そうだった。でも、そういうこと」
終わった俺の学生生活。
どうせ裏で”DOTEI☆KING”とか謎の称号つけるんでしょ?
「マーさん」とか言いながら「あ、童貞だ」とか心のなかで思っちゃうわけなんでしょ。クソ、クソ、クソ。男同士なら言いふらすことないのに女子ってどうしてそうなんだ。
��まー今はそれどころじゃない!)
「誰なんだろう・・・『名無し』って、それと『2号』さん」
「2号はね・・・」
「え?知ってる」
「知らないんだけど、心当たりは・・・」
「誰?」
「多分だけど・・・いやなんでもない」
「えー言ってよ~」
「噂に憶測だとおかしなことになるでしょ」
こりゃまた驚いた。
あれだけおかしなこと言っといて妙に常識的なことを言う。
でもだからこそこうして普通に話せるのかもしれない。
ナガミネは話が通じていないようでちゃんと通じている感じがある。
だから話せるんだな。
オカシナことを言う時もあるけど、それは趣味のことを興奮して話している時だけで、僕がその世界のことをよく知らないからオカシク聞こえるだけかもしれない。
例えが漫画やアニメやゲームのことばかりだけど、でも例えそのものは見当違いじゃないことが改めて感じ取れた。
彼女の友達であるノリさん辺りになると全く異次元だ。宇宙人と話しているような気さえする。ちょっと目つき怖いし。ナガミネがやたら僕と絡ませようとするのも謎だ。何を意図しているのか。
「それ・・・名言だね。わかった」
また赤くなった。
なんだ?
赤くなるようなこと言ったかな?
僕はそんなに何かエロイオーラでも出しているのか。
嫌な予感しかしない。
「エロイ癖にDOTEI☆KING」とか根も葉もない噂をたてられそうだ。
根も葉も無くはないか・・・。
「・・・」
無口になった。
時々ナガミネはわからなくなる。
彼女に限らないか、どうも女子はよくわからない。まあいい。
「言ってくれてありがとう。気をつけるよ」
「あ、う、うん・・・」
何を狼狽えているんだ。
「また気づいたことがあったら言って」
「あの!・・・」
いつもなら彼女が無言のまま「じゃ」と僕が言って終わりなのに珍しい。
というか、初めて?
「なに?」
「なんでもないです・・・」
��なんで丁寧語!)
どうしてモジモジしているんだ?
��まさかチャックが!)
あり得る・・・。
彼女なら恥ずかしくて言えないだろう。
マイコちゃんは堂々と「下、下」って言ってくれた。
くれてた、というべきか。今は冷戦中だし。
さっきトイレに行った際にって・・・あるなぁ。
考え事してたから。
マ・ズ・イ。
このSNSにしてフルオープンだった日には、
「いやね~お盛んで・・・不潔」
って思われ兼ねない。
こういう時ほど態度を気をつけないと。
先生も言ってた、
「周囲が浮かれだしたら気を引き締めないと。人の目が集まる時はどんな些細なことも良い時は良いと評価され、悪くなると全てが悪いと評価が逆転する。他人なんて調子のいいもんだから」
そうだ!
今、僕にはマイナスの目が向けられている。
態度には気をつけないと。
身なりもそうだ。
「身なりは全てを表しているよ。見栄も、価値観も、家柄も、センスも、氏素性もね」
そう言ってた。
まさかココへ来て先生の仰って下さったことが走馬灯のように次から次へと頭に去来するなんて・・・まさか、僕・・・何かあるのかな。
いや、考えるな。
連想は妄想だ。現実じゃない。
「そっか。じゃあね」
「うん・・・」
え?なんか本当にマズイこと言ったのかな。
なんで落ち込んでいるんだ。
まさか臭いとか?
昨日は風呂に入らない日だった。
僕は毎日は入らない。二日に一回。
女子は男子と違って臭いには敏感らしいし。
でもマイコちゃんは臭くないって言ってた。
って、僕は何かっていうとマイコちゃんだな。
マキが聞いたら怒り出しそうだけど僕の中で彼女はそうじゃない。
歳の近い姉さんみたいな感覚だ。
僕はずっと姉妹が欲しかった。兄弟でもいい。
一人は嫌だった。
友達の兄妹が喧嘩をするのを見ても「いいなぁ」と思った。
「いないからそう思うんだよ。俺は一人の方がいいわ」
マキが言っていた。そうかもしれない。
でも一人なら喧嘩も出来ない。
僕の中で、マイコちゃんはバーチャル姉貴だ。
こんな姉さんがいたら理想。そう感じていたんだと思う。
ま、同級生相手に姉さんってどうよって彼女なら言いそうだけど。
思わず笑みがこぼれる。
そういうことを何のきらいなく言える彼女は本当に好きだ。
彼女ならどうあれマキを任せられる。二人には幸せになって貰いたい。願わくばずっと二人と交流がもてたらって思っていた。それがまさかこんな事態になるなんて。マイコちゃんからは無視、マキは怒髪天。辛い。でも、大丈夫。二人なら最終的にはわかってくれる。そう思える。
先生の話だと、どんなに縁を繋ぎたいと思っても、本当の意味でご縁が無い限りそれは望めないって言ってたけど、出来れば二人とはそういうご縁であって欲しい。
��・・・って何目線なの僕は!)
臭いのことは後でレイさんに聞いてみよう。
あ、でも彼女に聞くのはマズイかな。気を悪くしないだろうか。
そうだナガミネのことを聞こう。女子のことは女子に聞く、それが早そうだ。
まずはチャックのチェック。
��チャックチェック!チックタック!チャックウィルソン!)
ああいう陰湿な書き込みを読んでも、すぐ気持ちが浮かれてくる。
なんでなんだろう。
彼女がいるからだ。
レイさん。
彼女が僕を見て「あっ」って顔をする。
僕を認識てくれる。多分、好きじゃないにしても好意的に。勘違いかな?
この表情を見ただけで僕は全てと戦える気がした。
ナガミネ曰く僕はガーディアンらしいから守るのは得意のはずだ。
彼女の尊厳は僕が守る。
守りたいんだ。
��僕には先生というチートもいる!)
そうだ僕が明るい気持ちでいられるのも先生がいるからだ。
って、結局は他人様頼りかよ。
やっぱり情けないヤツか僕は。
情けないで何が悪い。
情けない上等だ。
レイさんと作戦を練ろう。
彼女一人に戦わせはしない。

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