黄レ麗:第五十一話 SNS

��もうこのままでいいかもしれない)

そんな思いが僕の中で芽生え始めている。

��白黒ハッキリさせるのが必ずしも良いとは言えないこともある)

僕が挨拶をし、彼女が笑顔で応えてくれる。
それだけでいいじゃないか。
お昼も一緒に出来るなんて、これ以上何を求める。
��好きか嫌いかなんてもうどうでもいい)
彼女は朝の挨拶以外では僕をこれといって意識しているように見えない。
平然としている。
��あ!でも大きな変化があった)
これまで授業中は堂々と寝ていたのに、起きている。
僕は起きている彼女に驚いてズッと見てしまった。
「ほらそこ。見る所が違う」
先生に注意され恥をかく。
授業後、彼女と目があい(そりゃずっと見てりゃ合うわな)、レイさんは気づくと黒板を指さし眉を寄せ、「お手上げて」という感じで黙ってジェスチャーした。
��あれは可愛かった!人類史上最大の可愛さ)
余りにも可愛過ぎて叫びたかった。
「ホー!」って。
大陸を発見した時、その喜びから発露した魂の叫び、それが「ホー!」世界共通かもしれない。先生の言うところの普遍かも。
お父さんが言っていた。
「land ho!」はそういう意味だって。
お父さんの友達に酔っ払って気分が最高潮になると犬の遠吠えみたいに叫ぶ人がいる。根っからの数学者で、普段は非常に真面目で堅物で技術者なのに、お父さん達の仲間とお酒を飲んでいる時だけ泥酔し醜態を晒し、突然「ホー!」って叫ぶ面白い人がいるって。あの話しは笑ったなぁ。
でも、なんかわかるかも。
僕も叫びたい。
でも僕は恥ずかしいから心の中で思いっきり叫ぶんだ「ホーッ!」って。
「皆みて、あれがレイさんだよ!
ホーッ!」
ホーッ!」
ホーッ!」
 
昼休みに聞いてみた。
「最近、起きてるね」
「あ、気づいた?」
「うん」
危うくまた「ゴメン」って言いそうになる。
「うん。だって格好だけちゃんとして、自分なりだけど、態度がちゃんとしてなかったらオカシイでしょ。どっちも自分なりでしかないけど」
極普通に言う彼女のその姿に改めて胸を打たれ、僕は言葉にならなかった。
それを勘違いしたのか、何かを察したのか、彼女は言葉を継ぐ。
「全然わからないんだけどね。でも・・・なんか面白いよ。新鮮で。あ~こういうことやっていたんだって」
「凄いね。僕なんか授業が面白いって思ったことないかな。必死にノートも書いて、それでも全然頭に入って来ないし、その上で成績も思うように上がらないんだから、頭わるくて嫌になるよ」
「それは逆かも」
「逆?」
「私はそもそもが出来ないから面白いんだと思う。本当に何も知らないから。今まで全く興味無かったし、多分覚えなきゃいけない約束事とか一切入ってないから。成績あげようと思ったことないし。マーさんはそれだけ知ってるってことなんじゃないのかな。なんでも深くなると大変だから」
僕の前では彼女は雄弁だ。
それが嬉しい。
まるで親しい関係みたいで。
今でも彼女からクラスメイトに話しかけることはない。
「そっか・・・。でも、多分レイさんは勉強しだしたら僕より凄いと思う」
「どうして?」
「何ていうか・・・頭の良さを感じる。僕レベルが言うのもおかしいけど。きっと天才肌だよ」
「そっかな~・・・自分ではわからない。本当に私頭悪いから。でもマーさんに言われると嬉しい」
あー可愛い。
あーもー可愛い。
あーもー誰か助けて。
��ホーッ!)
 
僕ばかりが彼女を意識してしまっているようだ。
マイコちゃんに注意されてから出来るだけ見ないようにしているつもりだけど、どうやら無意識に見ているとわかった。ナガミネに言われた。
「随分とご執心ね」
彼女は少し不機嫌そうに言った。
「そうかな?」
「何が『そうかな?』よ。ニヤけちゃって」
突っかかってくる。
「ニヤけてる?」
「思いっきり」
自分に問い合わせてみると理解した。
顔を触ってみる。
��本当だ)
気づくと余計に嬉しさがこみ上げて来る。
「何よ」
「気持ち悪いかな?」
「気持ち悪いっていうか・・・気持ち悪い」
なんなんだよ。
「あんまり学校でイチャイチャするのもどうなの?皆、言っているよ」
どういう意味だ。
誰がいつイチャイチャしたって。
「イチャイチャ?誰が?」
「貴方です」
彼女も随分と人が変わったものだ。
僕に向かってこんな強い口調で言ってくるなんて。
文化祭の時は僕が話しかける度に挙動不審になり、目はキョロキョロとさせ、まともに話すこともままならなかったのに。その後も何かというと意味不明なことを言っていたのが今ではすっかり普通である。時々スイッチが入る程度で。あのキャラ付けはなんだったんだ?
「僕が?」
「そう」
「イチャイチャっていうのは、恋人同士でするもんでしょ?」
「違うっていうの!」
彼女は珍しく声を大きくした。
思わず自分で口を塞ぐ。
��だからなんでナガミネは怒っているんだよ)
「違うよ。そもそも皆がって誰が言っているの?」
「え・・・・嘘でしょ。だってクラスのSNSで噂よ」
��出たよ。だから僕は見ないんだ。根拠ない噂で右往左往)
僕の知らないクラス内の話。
クラスのSNSとか僕は使わない。
学校では禁止されているけど内々で作られているのは知っている。
うちのクラスだけじゃない。
僕も知らせて貰っていたけど、今は見ていない。
開設されてすぐ見るのを止めた。
そもそも僕は時差があるから会話が成立しない。
旬な話題に乗れない。
スマートフォンを持っていないし携帯もない。
僕が書く頃にはムーブメントは過ぎている。
一人だけなんかズレたこと書いているようで。実際ズレているんだけど。
でも決定的に辞めた理由はその内容だ。
レイさんなんかよく話題に出ていた。
今思い出すと、かなり酷いことが書いてあったと思う。
僕は皆で叩くのはどうにも不愉快だった。
一人一人がポロっと出てしまうのは仕方がない。
でも。皆でっていうのは違う。間違っている気がする。
そして問題はその言い方というか書き方。
僕は遠ざかった。
見なければどうということもない。
ヤスとミツはクラスSNSのロム専。
読むだけで一切会話に参加しないようだけど、時折僕らマイサンズの話題が出ると必ず教えてくれる。最初こそ気にも留めなかったけど二人のお陰で助かっていると感じることもあった。マキはそもそも面倒くさいことはしない。
��マキ・・・)
ヤツとは一層きまづくなってきた。
仲直りしたいんだけど、その気持ちもなんだか遠ざかってきている。
あれだけ嫌な顔をされたら流石にキツイ。
この前なんて、
「お前さ、本当にどうにかしようって気があるわけ?」
電話やチャットがマイコちゃんに履歴チェックされてしまい、アイツはザルだから記録消すことも当然せず即バレ。怒鳴られたと言っていた。
やむおえず直接会うことにした。その時の第一声がコレ。
僕は珍しくカチンと頭に来た。
「あるさ!」
思わず強い口調が出てしまう。
それがいけなかったのかもしれない。
「だったら何とかしろや!お前のせいでとばっちりもいいところだよ」
「だから何とかしようと、こうして努力してるんじゃないか!」
「俺に対してじゃない!マイコに対してだよ!」
「だからしてるだろ!俺が彼女に何度も話しかけようとしているのが目に映ってないわけ?あれだけ完璧に無視されると辛いんだぞ、堪えるんだぞ」
鬱屈した部分を、虚を突かれた。僕も悪い。マキの言う通り発端は僕のことだ。どうあれ謝るべきだったのかもしれない。後の祭りだけど。
「なら方法を変えろ!アイツずっと不機嫌で・・・ミズキと会った後なんて泣いてたんだぞ」
��泣いてた・・・)
何があったんだ。
「俺たちが別れるようなことになったらお前の責任だからな!」
「なんだよ責任って・・・」
「マイコと仲直りするまで二度と話しかけるな!」
「・・・・悪かったな」
「何が悪かっただよ」
最後の最後で僕は冷静になれたかもしれない。
彼女が泣いていたという言葉に瞬時に毒気が抜かれた。
時すでに遅し。
”取り付く島もない”っていう言葉を聞いたことあるけど、これがそうかと実感する。あれ以来、マキとは話していない。
��話しもしてくれない相手に何をどうすればいいっていうんだ)
何か貢ぎものでもしろってか?
それこそオカシイだろ。
彼女が何をそんなに怒っているか全くわからない。
わからないのにどうしろっていうんだ。
ミズキちゃんは友達だろ?
そりゃお互いの関係が進めば恋人同士になる可能性はあったけど、そりゃ進めばの話でしょ。その間にレイさんに目がいって何が悪いっていうんだ。もともと付き合ってないんだから、そもそも振られたんだから、彼女だって僕からしたらミズキちゃんと同じ関係性だ。それを責められても意味がわからないよ。始めから彼女が言ったんだぞ、ミズキちゃんとは友達からだって。こりゃ浮気じゃないだろ。だって彼女じゃないんだ。どっちも!
��腹が立つ!)
せめてどっちか彼女だったらそりゃわかる。
どっちも友達で、何も美味しい思いもしていない相手に何を責める。
マキは純粋な被害者って言うのはわかる。
本当に悪いと思っている。
でも、あの言い方は無いだろ。
いや・・・でもマキは悪く無い。
口が悪いのも平常運転だ。
何をどうしていいかわからない。
今、僕に出来ることは、朝マイコちゃんに挨拶をし、無視されることを繰り返すこと。
少しでも彼女がこっちを向くようなことがあれば話しかけるつもりでいるけど、その気配はない。無理に話しかけたら、それこそストーカーだ。最低限の同意が無いと。
何もしていないと言われれば胸が痛い。
でも僕は”積極的に待つ”ことにした。
待つということをしている。
以前、先生が言っていた。
「待つ技術を持たない人が現代人には多いね」
待つ技術。
「攻めるより待つ方が大変だからね。人は易きに流れる。ただ放置するのは愚の骨頂だけど、十二分に感性を研ぎ澄ました上で待ち、時を見計らう。見て待っていればその時にすべきことはわかる。これはただ攻めるより辛抱がいるし、燃焼を多く伴う。大変なものだよ。ま、すべき時に何をしていいかわからないって言う人もいるけど、あれは本当の意味では待ってない証かな。待つという形をとっているだけで」
あの時は難しくてよくわからなかった。
でも、今はなんとなくわかる。
本当に待つのは辛い。
いっそ彼女の袖を掴んで呼び止めようとしたことが何度あったか。
でもそれは暴力に近い。いや、もう暴力かもしれない。彼女が無視したいという自由を袖を掴んで妨害するんだから。
今は無理に声をかけるべきじゃない気がする。
��僕の逃げかもしれない)
思う時もある。
わからない。
逃げてないと言えば嘘になる。
「君は煙に巻こうとするよね」
先生の言葉が思い出される。
でも最大限逃げずに見ようともしている。
今はそれが最善に思えた。
「無理なことは出来ない。才能のないことも出来ない」
それも先生が言っていた。
マキのいないマイサンズは静かすぎて面白くない。
ヤツが馬鹿をやり、僕がツッコミ、行き過ぎを牽制しフォローを入れ、ヤスが変化球を投げ、ミツがそれぞれノリながら分析する。この四人がいてのマイサンズなんだ。ミツはクラスでは単なるヲタクに思われている節があるけど、かなり冷静にモノを見ていると僕は思う。この前のレイさんとの昼食会でのラマーズ法だっけ?あれだってミツなりに和ませようとした言葉かもしれない。あの時は悪い癖が出たと思ったけど。
「聞いてるの?」
「あーごめんごめん」
ナガミネはなんでこうお冠なんだ。
ナガミネが僕を手招きする。
珍しいな。
「あのね・・・二人のこと噂されているよ」
「そうなんだ」
「そうなんだって・・・酷いこと言われているよ」
「人は色々言うよ」
「何を悟りを開いた坊さんみたいなこと言っているの」
「そんなつもりはないんだけど」
僕は出来るだけ噂には絡みたくない。
噂は所詮、噂だ。流言である。
火のないところに煙は立たないって言うけど、でも実際のところ元を辿れば全く違っていたことがほとんどに思う。
「噂を気にするってのは弱い精神性の証だよ」
先生が言っていた。
正直、僕は気にする。
気にするからこそ見ないようにしている。
��こうして考えてみると、先生の言うように本当に僕は弱い人間だなぁ)
「SNSのアドレス知ってるよね」
「うん・・・知ってるけど」
「一度、読んどいた方がいいよ」
「いや・・・でも僕は・・・」
「噂が一人歩きしているから。一人歩きどころか冒険に出ちゃっているよ」
「そんなに?」
気になった。
「そんなにどころか。今、オークのボスと血みどろの戦いしているみたいなものよ。しかも素手で!」
彼女は興奮すると何時もこうなる。
でも、僕は彼女のこういう所は結構好きだ。
ゲームは好きだからかもしれない。
「それって、どの程度のレベルと武器で戦う相手なの?」
「そうね・・・」
ナガミネは少し考えると喜々として答えた。
「レベル18は欲しい。武器はブロードソードかな~。ソロは駄目よ。ボッコボコだから。二人パーティーで一人はガーディアンで盾ってもらった方がいいわね。その間にファイターが背後から!」
出くわした状況がなんとなくわかってしまう悲しさ。
それってつまり冒険に出た僕は絶望じゃないか?
「冒険に出た僕のレベルは?」
「1に決まってるでしょ」
��決まってるのか)
「1ならまだいいよ。だってか弱い一般人だから。現代の学生が異世界に旅に出て武器もなく素手でオークと戦うのよ、しかもボス!普通なら即死よ」
嬉しそうだ。
彼女も可愛い所がある。
案外、僕は彼女と気が合うかもしれない。
「ちょっと待って、それじゃ血みどろどころか、もう死んでるでしょ」
「ところがよ」
なんでそんなに満面の笑み。(笑)
「レイコさんが守っているから」
「え・・・」
不意に心臓を一突きされた。
どういうことだ。
現実に戻された気分。
「突然現れたファイターの彼女がオークの気を惹いてガーディアンの君を守っているのよ。魔法を駆使してね。魔法剣士よ。だからまだ生きてる。寧ろ血みどろは彼女ね。君を守っているから」
身体が震えてきた。
どうして?
��てか、僕はガーディアンなんだ。ファイターかと思ってた)
「そういう状況かな」
普段の僕なら「どういう状況だよ」って突っ込むところかもしれないけど、そういう余裕は無くなっていた。
今までナガミネと話してきて、彼女は基本的に妄想ネタを挟むけど、結構表現としては大きく現実とズレていないことがわかった。ナガミネの友達には妄想と現実がゴチャゴチャになっている子もいるけど。よくよくちゃんと話を聞くようになって気づいたことだ。だからこうして話も出来る。表現はともかく的を射ていると感じていた矢先。
「ナガミネ、悪いけどスマホでちょっと見せてくれないかな」
「わかった!ちょっと待ってて」
以前は何かって言うと拒否っていたナガミネが、いつしか僕の願いを叶えてくれることが多くなっているような。そんなことをどこか感じながら僕は背後に迫り来る恐ろしいもに身体を強ばらせる。
気づくと、また指を噛んでいた。

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