STG/I:第百五十五話:嵐の前

 

 俺はサイトウだ。
 遠い過去のような響きがある。
 寧ろシューニャ・アサンガと言ってもらった方がしっくりくる。

 まずは地球人にログイン出来たわけだ。
 強制的に眠らされたのが幸いしたのかもしれない。
 紙一重だな・・・。

 しばし鏡を見つめていが、首を捻った。

「そうだ・・・」

 宇宙に接続出来てない。
 地球人は不便。

 接続出来ると、肉体にも知識にも縛られない拡張感覚を得る。
 何処にでも存在し、同時に存在しない感覚。
 針の先に立っているような不安定さ。
 ヤジロベーのような。
 向って右にSTGI、左にSTG。中央が地球。そんな感じ。
 訓練すれば、どこでもドアを開けるように移動も出来そうだ。
 飛び先に乗る為の媒体は必要だろうが。
 
 宇宙クラウドの使い方も少しずつ理解しつつある。
 情報は数珠繋ぎになっていないと長期間の維持は出来ない。
 神経やシナプスの関係と同じ。
 紐づいていないものは引っ張り出すのが難しい。
 全く知らないものは引っ張れないし、暗号のようなキーが必要な情報もある。
 現実の記憶やパソコンの記録装置にも似ている。
 インデックスが無いと、存在を把握しても引っ張り出すことが出来ない。
 そして上書きされない限り記録の断片は残っている。

 自我が溶け出しソースの一部になる快感も凄い。
 最初は恐怖でしか無かった。
 泳いだことが無いのに太平洋のど真ん中に放りだされたようなものだから当然だろう。
 最初は放り出された事実すら気づかなかった。
 宇宙の大きさに気づいてからはパニックになりかけたが、泳ぎが上手かった友人の話を思い出す。
 水の中でパニックは最悪。
 先ずは泳ぐより先に浮くことを考える。
 水になれること。自らの意思で浮けることを何度も確認。
 恐怖は次第に和らぎ、そこから泳ぐ術を探した。
 ある意味、宇宙で溺れる可能性もあるのだろう。
 リアルでは金槌なんだが・・・。

 そして注意が必要だと知った。
 ソースの一部になると、何処にでも居て、何処にも居ない感覚が行ったり来たりする。
 確固たる自我が無いと完全に混じり合ってしまいそうだった。
 混じり合わない液体で水の中を泳いでいるような。
 境界の無い恐怖。

 辺りを見渡す。

 誰も居ない。
 地球の俺のマンション。
 サイキさんが与えてくれた。
 憶えている。

 洗面台へ行き、顔を洗う。
 再び顔をマジマジと見る。

 こうしてみると実に個性的。
 所謂 美形とは勿論違う。
 でも、それがいい。
 何をどうすればこのような複雑かつ微細な造形になるのか。
 一見すると無意味なほどに手が込んでいる。
 それでいて人間にありがちな投げやりさが無い。
 自然のデザインというのは人間の些末な美意識を遥かに凌駕し自由で雄大だ。
 わざわざこんな造形を作ろうと人間なら思わない。
 綺麗という概念に縛られて似た造形になってしまう。
 思春期に悩んだことが馬鹿みたいだ。

 顔を拭く。
 不意に頭を過った。

 他の俺達はどうなった?
 戦闘中・・・だった。
 そうだ!

「・・・俺は誰だ?」

 漠然とシューニャ・アサンガのような気がしていたがズレを感じていた。
 シータ・アサンガ・・・。
 多分そうだ。俺は、シータ・アサンガ。
 これがソースに浸かることの弊害。
 境界が曖昧になる。
 オリジナルはどうして俺をSTGに戻した?
 憶えて無い。
 クラウドのせいだ。
 ココでは繋がらない。

 分体を明確に識別できる方法が必要だな。
 思った以上に記憶にも感覚にも残っていない。
 宇宙に繋がっていないからだ。
 無意識に全部丸投げしている。

 目印として刺青のようなマークをつけるか。
 思いだした。
 他の俺達が嫌がったんだ。
 判らんでもないが・・・。
 どうも刺青には抵抗がある。
 刺青がというより、自分に刻印するという行為に嫌悪感がある。

 それでも認識する上で何か判りやすい判別方法がいるな。
 シールのような刺青があった・・・今度はその発想でいこう。
 ガンマ・アサンガが納得するかだろうか・・・。
 いや、俺のことだ、話せば判る。

 俺がシータ・アサンガなら・・・。

 目的の一つは、STGのアバター延命。
 次に、地球のアバターのメンテだろう。
 戦闘前にそんなことをオリジナルが思った気がする。

「まてよ・・・」

 真面目に考えると地球のアバターの維持管理が相当ネックだぞ・・・。
 STGのアバターと違って、地球人は僅か数日で死に至る。
 72時間の壁。
 災害時の生存目安。
 今後はマメに戻らないと・・・。
 って、前戻った時も同じこと感じてたな。

「だからか・・・」

 だからサイトウさんはあんな状態だったんだ。
 判る気がする。
 戻れないんだ・・・戻りたくても。
 自由に出入りが出来る訳じゃない。
 最低限、地球に命を預けられる協力者がいる・・・。

「あれ?」

 俺は何日ココを留守にしていたんだ。
 どうして俺は・・・生きてる?
 痩せたようにも見えない。
 そもそも元はどういう体形だった?
 いや、それ以前に、筋肉はあっと言う間に痩せ細る。
 動かさないと硬くなる。

 身体を改めて摩った。


 ブラックナイト隊の作戦指令室。
 ログインボードが灯る。
 少しすると老侍が歩いて入室。
 彼は首を一振りし、辺りを見渡した。

 誰に言うとでもなく「うん」と声を漏らし、大欠伸。
 閑散としている。
 普段なら主だったメンバーはいる時間。
 現行のブラックナイト隊ほど大きくなると、誰も居ないというのは普通あり得ない。
 それは同時に彼の目論見が成功していることを意味した。

「本部の作戦室を映せ」
「かしこまりました」

 部隊コアの音声が応えると、モニターに表示。
 数人が慌ただしく動いているのが見える。明らかに少ない。
 アースは口を半分開け、髭を弄った。
 付随して表示される数値や文字に素早く眼を走らせると、
 誰に言うとでも無く呟いた。

「さーて、どう出るよ?」

 ログイン情報に目を移す。
 白T、エロコスの欄が灯る。
 一斉に次々と灯り出す。

 二人が作戦室に入室。
 アースは振り向かない。
 白Tは近づくと跪き、言った。

「アース様の計画通りです」

 エロコスも近づき跪いた。

「人類は偉大なるリセットを経て、創世記が始まります」

 高揚した顔を向ける。

「新世界の神よ・・・」

 アースは応えず、手を上げると人差し指を掲げる。
 迷彩の戦闘服を着た搭乗員数十人が隊列を成して入室。
 全員、迷彩柄に赤い筋が入っている。
 彼は向き直り、手振りをしながら奇妙な音を発した。

「アーアー、ア~」

 まるで赤ちゃん言葉。
 同じような音でも高低や調子がある。
 すると戦闘服達全員がまるでエモーションのように一糸乱れぬ動作をした。
 短いダンスのよう。
 エロコスが苦虫を噛み潰したような顔。

「コイツを覚えるには才能がいる。お前たちには無い。才能が無いヤツには言葉で指示を出す」
「畏まりました!」
 エロコスと白Tは頭を深く下げた。

 アースは両手一抱えほどある球形の作戦モニターに歩み寄ると、地球儀でも回すようにクルクルと回した。
 そして止める。
 また回し、止める。
 回しては止めを繰り返す。
 まるで子供が遊んでいるような乱雑さ。

「報告します!」

 徒歩で大勢の兵士達が入室。
 同じ迷彩服でも赤い射しは無い。
 赤サシは無言のまま直立不動していたが、一糸乱れぬ迅速さで場所を開けた。
 
 先頭の一人が近づくとアースは手を上げる。
 脇に立つと小声で報告をしだした。
 アースは傍目からは上の空に見える。
 その間も球形モニターを回しては止めを続けている。
 それでも兵士は次ぎ次に報告してい行く。
 彼は手を水平に動かすと、その兵士は発言を止めた。
 そして、誰に言うとでもなく喋り出す。

「索敵網が手厚い。この作戦の裏にはシューニャがいるな。充分じゃねぇが共鳴ソナー配置。機械的だからプログラムだろう。だが、外縁部のココだけは完璧な共鳴配置。索敵職人だろうな。索敵中隊の隊長はなんて言った?」
「マルゲリータです」
 傍に待機していた白Tが答えた。
「シューニャがスカウトしたやつか」
「そのようです」
 パイロットカードを開き、瞬時に戦績を読み取ると閉じる。
 文字通り秒速。
「才能があるな。護衛が居ないのを見ると・・・どういうヤツか凡そ判る。独立独歩のコミュ障。アイツが好きそうなタイプだ」
 笑みを浮かべた。
「敵の反応がありませんね」
 近づき、エロコスが言った。
「この段階で反応があったら、皆とっくに死んでれら」
 アースはモニターを回しながら道化て見せる。
 手を上げた。
 兵士が再び報告を続けようとした刹那、

「大隊長!」

 戦闘装束に赤い射しが入った兵士の一人が手を上げた。
 ジェスチャーで呼び寄せる。

「部隊メディカルのAブロックが閉鎖されているそうです」
 ピクリと反応する。
 再び手を横にすると男は一歩下がった。
「部隊コア。メディカルのAブロックが隔離されている理由は?」
「回答の権限がありません」
「じゃあ、おっかさんに問う。理由は?」
「アース大隊長様は回答を聞く権限がありません」
「誰ならあるんだ?」
「お答えできません」
「なるほど。・・・アンザイを頭にマスターランク二人を連れて調べろ」
 白Tの方を見て言った。
「ハッ!」
 白Tは勢いよく立ち上がり指を鳴らすと、兵士二人を伴って指令室を出る。
 エロコスの方を見て言葉を続けた。
「ヨシワラ、親衛隊以外は出撃準備、こっから先はトイレ行ってる暇ねーぞ。オムツしとけ」
「畏まりました!」
 エロコスが高揚し満面の笑みで立ち上がる。
 鞭を高々と掲げると透き通る声で号令を発する。
「親衛隊を残し、全機出撃準備!」
 鋭く床を鞭打つ。
「リョ!」
 兵士達が一声放つと、素早く出ていく。
 赤射し達だけが残った。

「アメリカ大使館は?」
 さっき発言した赤射しの男が近づく。
「動きありません」
「おっかさん。アメリカ本拠点を映せ」
「マザーとの回線は回復しておりません」
「いつ回復する?」
「不明です」
「理由は?」
「アメリカ本拠点所属D2M隊からもたらされたSTG国際協定書によりますと、STG国際連盟の決議により、日本・本拠点は敵勢力として認定され、情報が遮断されたとあります。これは正式なルートに則ってセットされたものですが、オフラインの為、最終確認は出来ません」
「提議した国は?」
「アメリカ本拠点です」
「他の国はマザーと連絡とれてんのか?」
「不明です」
「マザーと連絡が途絶する前のアメリカ本拠点のログを可能な限り集めろ。それと過去に日本・本拠点が主権を失った際の各本拠点の動きもだ。被害から目的を推測し、そこから各国の意図を端的に纏めて俺のホットラインに送れ」
「本拠点にプールされている情報内で纏めます」

 情報下流の恐ろしさよ。
 全てが不完全な情報の下で動くしかねぇ。
 オフラインで保存出来るログも恐らくほぼ抹消済ってとこだろう。
 アメリカさんからすればどうとでも言い訳が出来る準備は出来てんだろうな。
 今迄尽くしてきた愛人を捨てるってか~。
 万に一つ、今回地球が回避出来た場合、俺達を逃げ口上に使いたいってところだろう。
 どの道に行っても日本・本拠点は潰される。
 地球より一足早くアメリカの新しい州、日本州の誕生だな。
 楽しいことをしてくれるじゃねーか。

 アースの視界に“ホットラインに着信”と映る。

「ウダ!」

 直立している赤サシの中から一人が前へ出た。

「アメリカ本拠点防衛エリアの境界まで飛び、規定位置に本拠点があるか索敵しろ。マスターランク二名を随伴。アタッカー、ディフェンダー、サーチャーの基本構成。全ての証拠を記録、行け」
「リョ!」

 素早く敬礼するとウダと二名は最初から居なかったかのように消えた。

「シューニャ・・・敵だらけで楽しくなるなぁ・・・」

 満面の笑みを浮かべた。


「弁慶、どれくらい集められそうだ?」

 白いカーテンに身をうずめるように立っている武田。

「六人ってところです」
「全員民間人?」
「一人が元自衛官」
「キャリアは?」
「半年」
「他の協力者の運動経験は?」
「元学生力士一人、空手黒帯一人、陸上競技短距離一人、帰宅部二人」
「空手は現役? 三段以上? フルコンタクト?」
「フルコンタクトで三段。元です」
「学生力士は?」
「全国大会経験者」
「短距離は?」
「百メートル、県大会出場」
「判った」
「隊長、これほど大量に拉致する目的なんでしょう」
「ココに居る全員は恐らくSTG28のプレイヤーだろう。そして日本・本拠点所属である可能性が高い。理由は判らないが本拠点に居てもらっては困るのだろう。だから黙っていても全てが終われば安全に開放される可能性が高い」
「しかし! アースの言ったことが本当なら、隕石型が今日にも襲来するんじゃ・・・」
「それを気にしても無意味だ。我々が気にすべきは何時ここを抜けるか。サイトウを探す選択をしたプレイヤーが先に動く。それまでに可能な限り情報を集めておきたい」
「隊長はサイトウが見つかると思いますか?」
「昔、サイトウの記録を調べた事がある。本当にサイトウとは一人の人間を指しているのかすら疑問だった」
「どうして?」
「サイトウに関するブログを沢山読んだ。時期によってサイトウの人物像にかなりブレがある。それは戦績からも出ている」
「まさか写楽的な何か・・・とか?」
「少なくとも我々が知っているサイトウの戦績は常人じゃ考えられない。文字通り、人間技じゃないだろう。パートナーか、それ以上か・・・。だから宇宙人説は否定も出来ない。何れにしても私達は彼に対して何かを決断するには知らなさすぎる」
「じゃあ、どうしてアメリカ本拠点は確実性の低いサイトウを探すんですか?」
「スケープゴートか、何モノかによって取引の材料とされているか、目線を反らさせ、本当は他の目的があるのか・・・。そもそも今回の一件、アメリカ本拠点の仕業とも限らない。連中の指示連絡系統も素人にしか思えない。寧ろ、アメリカ本拠点の動きに合わせて同時に仕掛けたように考えられる」
「でも、これほど大規模に拉致監禁が出来る組織は限られると思いますが・・・」

 弁慶はため息をついた。
 その体躯には似合わない弱弱しさ。

「隊長、我々は夢を見ているんじゃ無いですよね? 俺は・・・起きてますよね?」
「疑心暗鬼に囚われると足元すくわれるぞ。現実か、夢か、ゲームか、そんなことは一旦どうでもいい。とにかく目の前の違和感を避け、自らの心の問いに応える行動をする。いずれ判る時が来る」
「その結果が手遅れだったら・・・」
「腹をくくるしかないよ。未来は未だ来ないと書く。何時だって本当の事は誰にも判らないんだ。希望を抱いて進むしかない。万が一の時は自分が愚か者だったことを味わえ。家康のように。そして、そこからまた始めればいい。最悪どう転んでも人は何れ死ぬんだ。遅いか早いかの差でしかない」
「・・・わかりました」
「どの道へ行こうが、あまり時間は無い筈だ。今は急ごう」
「はい」

 武田はカーテンから通路を覗き見ると、出て行った。


 漆黒の宇宙に数多の煌めく閃光。
 それは深海にさす僅かな光を反射する命の息吹にも見えた。
 STG29のエリアに侵入したホムスビは正体不明の物体と戦闘状態にあった。

「グリン! 何が起きている! シューニャ、何処へ行った!」

 白い物体はまるでガムボール。
 言ってもホムスビより何倍も大きい。

 小さなガムボールを周囲に無数に放射。
 STGIは一瞬で機動力を奪われた。
 宇宙からの接続も切断。

「またか!」

 刹那、ガムボール本体はチューインガムのように伸び、一瞬で距離を縮める。
 ホムスビを飲み込んだ!
 風船のように一気に広がる。
 その様はまるで白い鬼灯。
 中は雷雲の如き激しい閃光に満ちる。

「クソーッ!」


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