STG/I:第百四十九話:虚と実



 マルゲリータは困惑していた。

 モニター前に小さくなったSTG29。
 彼女は仮に サンゴちゃん と名付ける。
 光るサンゴのような触手を無数に伸ばすからだ。
 STG28のコックピットは内部にあるにも関わらずモニターを覗くように触手が動いて見えた。
 別なモニターで見ると、触手は確実にメインモニターの一つに集まっている。
 外部モニターは無数にあり、メインモニターも一つでは無い。
 しかも、一見それとはわからない点のようなもの。
 触手同士は相談するように、時には首を傾げるように動いた。

「なんで・・・」

 諜報特化STGのコックピット内部は広い。
 彼女は複数の立体モニターを空間に出し、それを立体パズルのように照らし合わせていた。

 帰還時、観測した航路マップを義母にアップロード。
 同時に最新マップをダウンロードしていた。
 だが、自身の観測したデータとズレている。
 どの様に合わせても合致しない。
 不思議だったのは、全く一致しないのではなく、合致するブロックもある点。
 誤ったピースが混入したパズルのよう。

 センサーを配置しながら飛んだ自機と中隊。
 距離や範囲内のマッピングに関しては信じるに値する。
 これを正しいとすると、漂流していた本拠点の情報がまるで出鱈目になる。
 義母がおかしくなったのか。
 新人が誤った情報をインプットしたのか。
 それとも意図的に。

「宇宙で迷子に? でも、どうして戻れたの・・・」

 身体が震えた。
 もし、スターゲートを義母の情報基準に使っていたらどうなっていたか。
 緊急発進だった為、索敵中隊から集約したデータを使った。
 本拠点の航路上は彼女の中隊に計測させている。
 その情報は義母に届いているはず。
 一致しない筈が無い。

 義母がおかしいのか。
 それとも・・・。

「戻らないと・・・。ここからでは届かない」

 触手が彼女をメインモニター越しに覗きこんでいることに気づく。

「貴方は誰なの?」

 触手達はまるで聞こえていたように、触手を首のように傾げる。
 耳鳴りのような音が外から聞こえる。
 長く、短く、短く、長く。

「STG29じゃないの?」

 触手の先端が点滅し、首を傾げるような動作をする。
 考えてみると当たり前かもしれない。
 自分も STG29 が何か判っていない。
 言葉に出来るけど、何かは知らない・・・。

 その時、メインモニターに大きな表示。
 凝視する。

「えっ、何コレ? つき・・・えい? 作戦? マッシュちゃん、これ何?」

 小さなマッシュがモニター上に現れた。

「ツクヨミって読むんだよ。予めセットされた本部の作戦司令みたい」
「本部の作戦司令? 通信圏外だよね」
「圏外マッシュ。事前に登録していた作戦だね。映像やブリーフィング、プランとか含めた一式がパッケージされているマッシュ。本部の作戦と直接的な連携が無い独立したものだね。あっ、作成者は誰だと思う~マスターの大好きな、シューニャ様だよ!」
「えっ、ほんと! でも・・・どうして・・・」
「再生するマッシュ?」
「うん!」

 そこには紛れもなくシューニャ・アサンガが映っていた。

「マルゲ、突然御免ね。驚いたでしょ。
 色々大変で・・・説明するのを省かせてもらった。
 悩んだけど、君の聡明さに委ねることに決めたよ」

 シューニャは弱々しく笑っている。

「この作戦が発現されたと言うことは遂に始まるんだね。
 えっとね、これから実施される予定の史上最大の作戦について少し説明するね。
 三部構成になっているんだけど、本部の皆はほぼ知らない。
 拠点防衛の要である天照。エイジ君に委ねようと思う。
 コロニー攻撃の要、素戔嗚。これはミリオタさん。
 そして調査の要、月詠。それを君に任せたい。

 情報は過去から現在に至るまで戦局を左右する。
 ただ、残念ながら私達が宇宙人に対し情報で勝つことはあり得ない。
 我々は孫悟空のような存在で地球人はお釈迦様の掌の上だよ。
 でも、彼等だって神では無い・・・ああ、駄目だ、こんなことを言っている場合じゃないな。

 月詠に話を戻そう。
 可能であれば早急に部隊を編成して欲しい。
 そして出来るだけの情報を集めて。中も外も。
 中もだよ。本拠点の中ね。
 外は索敵ポッドを可能な限り設置して、出来るだけ遠くに。
 中はパートナーを最大限に活用し、明白に不必要な行動をしている人をチェックして。
 最低限必要なことは全部セットしておいたから。
 作戦を受けてくれたのなら主要な権限は付与されるように設定しておいた。
 判らないことがあったらエセさんに聞いて。
 彼が答えるかどうかは判らないけど。
 彼の前では嘘だけはつかないように。

 無理な場合は・・・無理でいい。
 誰かに代わろうとはしないで。
 どの道・・・いや、なんて言うか、君意外の代役はいないから。
 この作戦は移譲出来ないようにしてある。
 共有したり転送したりは出来ないし、別な人が乗ると見られない。
 私は、皆とは会えない可能性もあるから、先に仕込ませてもらった。
 何が何だか判らないだろうけど、とにかく御免ね。

 もし作戦を受領する場合、ブラック・ナイトには近づかないで。
 そして消滅だけは避けて。
 推測だけど、彼の中に落ちたら、恐らく人間ではいられなくなる。
 御免ね。意味深なことばかりになっちゃって。
 まだ判らないことだらけで確定的な事は言えない。
 全ては仮の情報だと思って欲しい。
 最終的には自分の目で見て、自分の頭で考えて、心で決めて欲しい。
 君には感謝しているよ。

 前髪の両サイド、ちょっとだけ巻いているでしょ。それ可愛いよね。
 凄く凝ってる。
 ケシャと仲良くしてくれてありがとう。
 これからも友達でいて上げて。
 ありがとう。じゃあね! 元気で!」

 モニターに手が伸びる。
 別な音が聞こえた。

「お、グリン、行こうか。やっぱり上手く喋れないなぁ~」

 プツリと切れる。

 マルゲリータはモニターの前で固まっていた。
 メインモニターの中に描画されているマッシュが心許ない様子。
 マルゲの視線が動く。

「マッシュちゃん、作戦を受領して」

 パートナーのマッシュは驚いた。

「その前に聞いて。この作戦の成功率は根拠不明過ぎて推定出来ないよ・・・」
「だったら、尚更受領して!」
「でも・・・」
「もう大丈夫だから。今度こそ逃げたくないの・・・」
「この作戦はマスターに固定されているから始まったら後戻り出来ないよ」
「・・・マッシュちゃんは、勧められないって言いたいの?」
「そうマッシュ。マスターの守護者だからね! 受けるべきじゃない。危険すぎる」
「でも、私、受けたい」
「マスター・・・」

 マルゲリータはメインモニターに向かって言った。

「マルゲリータです。本部作戦の月詠を受領します!」

 STGトーメイトの本船コンピューターの声が響く。

「声紋を確認。パッケージを展開します。インストール後、月詠のオートスタートを実行」

 緊張した面持ちのマルゲリータ。
 サブモニターに映った STG29 の触手を見る。

「サンゴちゃん、お別れだね。お願いだから生きて・・・」


 協議再開の五分前。

 最初に来たのは武者小路だった。
 本部はまだ混乱している。
 武者小路は鎧アバターのデザインを替えていた。
 装飾が少なく動きやすさを想起させる。
 長刀を左右に二本。
 搭乗員を攻撃することは出来ない。
 決闘システムでのみ使用可なアバター。
 二本刀専用のモーションがある。

 次いでイシグロ。
 武者小路は彼を目で追った。
 イシグロは受け流す。
 彼は黒のスーツにアバターを着替えている。
 ネクタイも黒い。

「自分の葬式にでも参列するのですか?」
「・・・」
「策があるのか・・・売国め・・・」

 イシグロは何も言い返さない。

「縛られている以上、先ほどは見逃したが、これが終わったら覚悟しろ」


 三分前。
 エイジが駆け付ける。

「ごめんなさい。遅れました!」

 一時間前と同じ格好のエイジ。
 寝起きで頭がボサボサ。
 再びトップ会談に三人が集った。
 武者小路は少し驚く。
 イシグロも訝しげに彼を見る。

「ごめんなさいギリギリになっちゃって」

 ペコペコしている。
 あの落ち込んでいた少年が何事も無かったようにココにいる。

(最近の餓鬼共は本当に宇宙人のようだ。何を考えている・・・)

 軽快な音が鳴り扉が開く。
 全員が揃うと開くシステム。

 エイジがおずおずと入る。
 武者小路が続く。
 その際もイシグロの目を正面から捉えながら入った。
 そしてイシグロ。
 全員が入ると背後の扉が消えた。
 どこに扉があったかすら判らない。

 六畳ほどの薄暗い部屋。
 壁は乳白色。
 中央に卵型の椅子が三つ。
 ゆで卵を半分にカットし、中をくり抜いて斜めにした様な一脚の椅子。
 
 座るべき位置は表示を見ればわかる。
 各々が座った。
 沈黙が流れ、硬い空気が満たす。

 武者小路は不思議でならなかった。
 イシグロが逃げられないことは調べて知っていた。
 契約リングを付けられると時間内は基本的にログアウトも出来ない。
 一分前になれば強制的に転送される。
 だから来るには来るのだろうが、どうしてリラックスしているのか。
 アメリカとは交信出来ないはず。
 更新履歴も無かった。
 何を考えている?

 加えてエイジだ。
 一時間前、完全に壊れていた。
 到底立ち直れるとは思えない。
 嫌でも強制転送されるから来るには来るとは思っていたが自ら来るとは。
 現代人とはこうしたものなんだろうか。
 そして、どうして武田隊長は受けてくれないのか。
 武者小路は全てに対して憤然としていた。

「時間です」

 義母の声が聞こえる。
 薄暗い部屋が一気に明るくなる。
 同時に白くなった。
 しかも部屋が広がっていく。
 広く、
 更に広く、
 もっと広く。
 ドーム状に広がって行く。
 イシグロを除き、度肝を抜かれる。

 ドーム状の真っ白い部屋。
 壁は音を吸収する為か無数のドーム状のクッションになっている。
 いや、壁だけじゃない、床も。
 後ろを見るといつの間にか壁が遥か遠くにある。
 広大な空間。
 イシグロが小さく舌打ちをしたように聞こえた。

「それはどういう意味だ」

 武者小路が睨んだが答えない。
 イシグロは代わりに言った。

「始まるぞ」

 武者小路が正面を向くと、

「お疲れ様でしたーっ!
 見事達成しました。
 おめでとうございます!」

 無数のクラッカーの音。そして、金銀のテープが大砲で打ち出される。
 エイジは大晦日で母がよく見ていた番組を想起した。
 割れんばかりの拍手。
 五十人? 百人はいるだろうか。
 つい今しがたまで居なかったのに。
 第一声を発した長身の女性。
 まるでキャスターのうな様子。
 横にはテレビマン風の者達が大勢いる。
 無数のカメラが向き、激しいフラッシュ。
 呆然とする二人。

「これはどういうことだ・・・」

 腕輪を見る。
 協議中と出ている。

 キャスター風の女性が歩み寄って来る。
 目の前まで道が出来た。

「驚くのは無理もありません。
 記憶は無いのですから・・・。
 皆さんが参加されたのはNASAによる火星移住計画のシミュレーションです。
 それを最後まで貴方達はやり抜いたのです!」

 拍手が再び沸き上がる。

「何を言っている・・・」
「どういうことですか?・・・」
「申し上げた通りです。
 恐らく納得することは難しいでしょう。
 何故なら契約により、前の記憶が一部消えているはずです。
 火星移住には様々なトラブルが起きることが予想されます。
 その際に人がどのように行動し、どう精神バランスを保ち、肉体に影響が出るか長期的かつ大規模にシミュレーションしていたのです」
「ちょっと待て、火星なんて出てきてないぞ・・・」
「それはコンプライアンスの都合です。想起するものは排除されました」
「全部、嘘・・・ゲーム・・・だったんですか・・・」
「そうです」
「違うぞエイジ君! 騙されるな! イシグロ、お前、何をした!」

 イシグロは口をへの字に曲げただけで沈黙。

「彼は日本の現地コーディネーターです」
「・・・コーディネーター?」
「耳を貸すな! D はどうした! Kや、Aは!」
「私が A です」
「僕が K です」
「俺が D だ」
 
 白衣を来た三人が笑顔で前へ出る。
 回りのスタッフ達は笑みを浮かべ、メディア陣はフラッシュをたく。

「嘘だ・・・。STG28 は現実だ!」
「信じないことも想定内です。こちらをご覧ください」
 
 自分達の正面数メートル先に鋼鉄製の赤い箱が地面からせり上がって来る。
 前面上部に赤いランプが灯っている。
 その下に小さな円形の装置。
 スイッチが埋め込まれていた。

「このスイッチを押すと覚醒します。
 一人一人前へ出て押してください。
 話はそれからにしましょう。
 それにしても本当にお疲れ様でした。
 貴方お二人は特に勇敢でした。
 モニタリングしていて本当に感動しましたよ。
 まず、イシグロことサリーが見本を見せます」

 呆然とする二人。
 イシグロが前へ出る。
 二人が目で追った。
 大人程度の高さがある赤いオブジェを前に立ち止まる。

「サリー、それでは始めて下さい」

 キャスター風の女性が元来た道を戻る。
 イシグロが手を伸ばした。
 後ろを振り返ると、何の表情も浮かべず口を突き出す。
 そして口を開いた。
 向き直るとスイッチを押す。

 瞬間、消えた。

「イシグロ・・・」
「消えた・・・」
「いかがですか?
 このようにやります。
 これだけです。
 今、彼はコチラで覚醒しました。
 では、続いて下さい」

 穏やかな顔で促す。

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