STG/I:第百四十五話:罠



 本拠点は赤く染まった。

 内装は白色が基調。
 それが赤色基調に切り替わっていた。
 誰しもアラートの赤が反射しているだけかと思っていた。
 だが、赤点滅は止まっている。
 誰も経験したことが無い現象。
 マグマの底に落ちたような色。
 オレンジに近い。

 変化は色だけじゃなかった。

 警告音も騒がしく鳴くのを止めたように思えた。
 実際は鳴っている。
 警告音と認識していないだけ。
 音程が違う。
 響きが違う。
 水中で聞くようなくぐもった音。
 重低音のノイズのような音が小さくゆっくりと唸っている。
 未知の生物の胎動のように。
 それらは、これまでとは異なる何かを意味している。
 だが、そこに心を置く余裕のある者はいなかった。

「緊急警報発令。
 敵対行動をとるSTG多国籍軍接近中。
 間もなく天槍の射程圏内。
 繰り返す」

 義母は繰り返し緊急事態を告げている。

「だれか糞婆のアラートを止めろ!」
「ほんと! いい加減頭に来る!」
「ねえ、壁の色、赤くない? 壁というか、全部・・・」
「アラートカラーが反射しているだけだよ」
「そうなの?・・・私がおかしくなった?」
「いや、赤いっ! 俺も赤く見える!」
「ほんとだ・・・赤っていうか、橙じゃない?」
「なんか・・・気持ち悪い・・・」
「これ、どういう意味なの?」
「マザーーーっ! 助けてーーーっ!」
「義母さん! この色はどういう意味?」
「警告カラーです」
「それだけ? 本当にそれだけなの?」
「今までなかったじゃん!」
「見てると吐き気がする・・・」
「元に戻してよ!」
「それは出来ません」
「なんでよ!」
「そういう設定です」
「戻してって! 気持ち悪いから!」
「キューピクルン様は設定変更の権限がありません」
「なんでよ!」
「誰がもってんの!」
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い」
「化物のような声が聞こえる・・・」
「今度は何が起きるの・・・」
「誰か、この音を止めて!」
「これ以上何が起きるんだよ!」
「そう! 誰かこの音を止めてくれっ!」
「音なんか鳴ってねーだろ」
「そこ! 騒ぐな!」
「鳴ってるって!」
「なってる!」
「ほら、水中で聞こえるような音が・・・」
「ああ、鳴ってる! 響いていていると言えばいいか、 変な重低音が」
「嘘を言え、それより手をかせ、早く!」
「全員配置につけ!」
「もう限界だ・・・皆、悪く思うな」
「配置につけってバカ共!」
「海人団、一旦部隊ルームに集合!」
「後は頼むね・・・」
「ドロイドアンドーナツ出撃準備!」
「敵前逃亡は戦犯だぞ!」
「間抜けが、うるせーんだよ」
「GO! GO! GO!」
「無理だ、もう無理だ・・・もういい・・・」
「ごめん、私もう駄目、もう帰る」
「本部付は出来るだけ作戦室に残って下さい!」

 混乱の中、迎撃の陣頭指揮をとるのは武者小路。

「迎撃態勢用意。プラズマ砲全砲門チャージ!」
「これは訓練では無い! 繰り返す! これは訓練ではない!」
 同門の真田も応援に駆けつけていた。
 抜けた本部委員の穴を彼らの部隊員が埋めている。
「ムっちゃん、これ以上速度は上げられないのか?」
 真田が問う。
「どのみち追いつかれる」
「編隊が本拠点に追いつけるのか?」
「見ろ、D2Mの最速スプリンター、カールがいる」
「そこまでして仕留めたい・・・・どうして・・・」
「歴史のリプリントかもね」
「ヨド、どういう意味?」
「なんでも」
「これ以上の加速はエネルギー配分から迎撃に使用出来ない武装が出てくる」

 五人程度が武者小路の三面鏡モニターの前に集まる。
 現在使用可能な武装の一覧とその必要エネルギーが表示。
 タップすると作戦プランに乗っ取ったシミュレーション結果が描画された。
 武者小路は予め様々なプランセットを作成していたようだ。
 真田はグイっと彼に迫ると小声で言う。
 美青年型のアバター。

「スターゲートでは?」
「この速度でスターゲートの射出は出来ない。加えてゲートを潜る際に無防備になる」
「だとしても、一先ず撤退した方がいいだろ?」
「恐らく逃げられない。長期戦になると不利だ」
「誤解があるんじゃない?」
 腰まである長髪を揺らし日本女性型アバターのヨドが言った。
 静のように和装型宇宙服だ。
「D2Mはアメリカ政府直轄とも噂に聞く。恐らく全てが織り込み済みなんだろう」
「冷静になれ。だとしても、この戦いは勝ち目が無い」
「本拠点を明け渡せと?」
「そうは言って無い。とにかく交渉だ」
「その交渉が上手く行って無いから言っている。我々はかなりのパワーをこの旅で使っている。これ以上は抗えなくなるぞ」
「・・・マザーから切断された件はアメリカが絡んでいるとか?」
「判らない。だが、物流も止まっている以上、今あるストックで乗り切るしかない」
「マザーの中継ステーションを襲ったのはまさか?」
「流石にそれは無いだろう。自身の首を絞めることになる」
「もしくは宇宙人認定は自作自演とか?」
「狙いは?」
「わからない」
「男ってどうして戦うことで解決しようとするの?」
「認定が事実なら物流が回復したとしても我々がその恩恵を受けられることは無くなる」
 弁慶そっくりにメイクしたアバターが冷静な一言。

 真田は本拠点のエネルギー残量を見る。

「今のエネルギーを使い切ったら・・・」
「終わりか・・・」
「だとしても! 尚更迎撃は不味い。降伏するか・・・」
「降伏勧告は来たか?」
「ヨド、D2Mから何か通知は来たか?」
「来てない」
「端から殲滅する気なんだよ」
 弁慶は眉をしかめる。
「おかしいだろ! いや、おかしいよ!」
「おかしいが・・・やるしかない」
「連中の狙いは何だ・・・」
「詮索は後だ」
「・・・先だって本拠点の権限消失した時、連合に乗り込まれただろ」
「何を盗ってた?」
「アメリカは何かを探しているようだった」
「何を?」
「それが判らない」
「交渉しましょ! 戦うのは最後の最後でいい!」
「俺もそう思う。 勝てないんだ! あの戦争の二の舞は御免だぞ」
「エイジ宰相が試みているが一切応じる気がない」
「どうして・・・どうしてなんだよ・・・」
「戦うなら今が最後のチャンスだと俺は思う」

 武者小路が顔を上げる。

「エイジ宰相! どうですかD2Mは?」
「駄目です。でも、交渉を続けてみます!」
「いや、もう充分です。狙いはどうあれココで始末するつもりでしょう。エネルギー分布を見て下さい。これ以上の航行は十分な迎撃が出来なくなる恐れがあります。今が潮時です」
「もう少し待って下さい! お願いです!」
「交渉で済むなら戦争はとっくに無くなっているんだよ・・・」
 言うとはなしに口に出てしまう。
 他のメンバーが驚いた顔で見つめる。
「もう少し! もう少しだけ!」
「・・・」

 武者小路はモニターを切った。

「おい・・・やるのか、本当に・・・」
「これだから・・・」
「やろう!」
「応戦したら一切の言い訳は通用しなくなるぞ!」
「まだ話し合うべきよ!」
「手を出したのはアッチが先だ!」
「だとしても!」
「プラズマ砲、全砲門チャージ完了。迎撃システム準備完了しました」

 オペレーターの声が聞こえる。
 武者小路の赤い甲冑が静かに燃えている。
 それはかがり火のようにも見える。
 一瞬、大きく燃えさかった。

「各員に告ぐ、ここで応戦する!
 迎撃態勢をとれ!
 作戦プラン、川中島の戦いオートダウンロード!
 配置につけ!」

 号令は発せられた。

 精神の限界を超えた者。
 ログアウトする者。
 歓喜の声を上げる者。
 罵声を浴びせる者。
 絶望に顔を埋める者。
 叫び続ける者。
 慌ただしく動き出す者。
 耳にした者達の反応は様々だが動き出した。

 号令を聞きエイジは項垂れている。
 そこへホットライン。
 武者小路からだ。

「嫌なら私を罷免しろ。任せたのはお前だ。責任をとれ」

 切れる。

「・・・」

 本拠点の速度が低下。
 正四面体に変化した本体に軌道リングがついた宇宙独楽のような本拠点。
 クルリと回転する。
 白くツルリとした繋ぎ目のない鏡張りのよう外壁が一瞬で格子状に反転。
 黒く反転した部分は全てプラズマ砲。

 エイジの眼に力がこもる。

「私達は味方です!
 同じ地球人です!
 近日中に敵宇宙人の大規模な攻撃が始まります!
 僕たちは争っている場合じゃ無いんです!
 日本はマザーと接続が出来ないでいます!
 マザーは外になんて言っているんですか!」

「どうしてプラズマ砲を向けるんだ?」

 ノイズ交じりだがD2Mの隊長とは別な声が聞こえた。
 副隊長だろうか?

「間もなく始まるという根拠は?」

 また別な声。

「プラズマ砲は貴方達が攻撃してきたから! せ・・・正当防衛です!」
「嘘をつけ。手を出したのはお前たちだ!」
「原因を作ったのはお前たちだろ!」

 色々な声が聞こえて来た。
 誰だ?

「間もなくという根拠は? 宇宙人だからか?」
 複数の笑い声。
「違います!」
「さっさと根拠を答えろ!」
「・・・貴方達が攻撃をしないのであれば開示します」
「嘘をついている」
「交渉決裂だな」
「D2M、さっさと攻撃しろ!」
「殲滅あるのみ!」
「人類を騙してきた薄汚い宇宙人!」
「報いを!」
「死を!」
 色々な声。
「許可なく割り込むな」
 D2M隊長の声。

 静かになった。

「何? 今の・・・」
 ホットラインが。
「イシグロさん?」
「通信インフラにもう少しパワーを回してくれ、遮断されてしまった」
「・・・何を」
「急いでくれ」
「でも、今は武者小路さんに委任してるから・・・」
「宰相なら出来る。逆に宰相じゃないと権限がない」
「・・・」
「今応戦するのと、孤立するのは不味い」
「今のはイシグロさんが?」
「マルガリータ君の協力を得ている」
「えっ!?」
「俺を信じろとは言わない。リスクはあるが、強制的に他国や他部隊に向けて大出力で発信した。だがD2Mの妨害を受けている。出力合戦になった場合、本拠点の方が強い。友好国だったSTGに向けても発信している。今しがたの様子を含め全て送り続ける必要がある、今迎撃するのは罠だ。連中はこっちが手を出すのを待っている」
「どうしてそんなことが言えるんですか・・・」
「・・・」

 本拠点が停止。

「ソーラーパネル展開!」
 軍配を振る武者小路。
 軌道リングから鏡のようなものが一斉に広がって行く。
「ソーラーパネル展開中! 後三十秒!」
 オペレーターの声。
「アメニティーホース始動」
「アメニティーホース始動します!」
「エイジ君。手を出してからでは交渉にはならない」
「出撃可能なSTGを全機出撃カタパルトに移送!」
「移送開始します!」
「出撃予定STG・・・十三%です・・・」
「義母の強制権を本部で使えないか?」
「わかりません・・・」
「調べてくれ」
「わかりました」
「これもアースの作戦なのか?・・・」
「ムッちゃん・・・」
「敵部隊、急減速、天槍の射程内まで推定一分!」
「メインモニターにカウンターを表示」
「出しました!」
「敵D2Mの最前列アタッカー、三十機、フォーメーション変更開始!」
「D2MのディフェンダーSTGエアーズロックを中心にミカエルを展開中!」
「・・・プラズマ砲を反射する気か? それとも吸収? 拠点出力に対抗出来るのか?」
「イシグロさん、貴方は何を知っているんですか?」
「・・・俺は宇宙人と契約した」
「えっ!」
「だから君達より少しは知っている」
「・・・」
「手遅れになるぞ」

 エイジの脳裏に閃光が走った。
 記憶が万華鏡のように渦巻く。
 本拠点の黒く反転した外壁が光り出す。

「義母さん、通信インフラの出力上げて!」
「わかりました」
「三十%だ!」
「三十%へ!」
「出力低下! 宰相が通信系統への出力を異常に上げています!」
「・・・・平和ボケが・・・」
「ミカエル構築完了したようです! 天槍A発射態勢!」
「通信系統のエネルギーを遮断!」
「無理です。宰相権です!」
「わかった。・・・現状の出力で応戦する」

 その時、眼前の空間が見えるほど歪んだ。

「スターゲート反応あり!」
「スターゲート!? どこに!」
「目の前! 本拠点の目前! マークしました!」
「大きい・・・・なんだこれは!」
「STG28のサイズじゃない・・・」
「国籍不明、船名共に不明!」
「事前告知無いぞ!」
「ゲートアウトの事前告知はありません!」
「奇襲だっ!」
「国際法違反をしてまで・・・」
「連中は本気だぞ!」
「ここで仕留めるつもりだ」

 武者小路の甲冑が燃え盛る。

「シールドは物理耐性寄りに組み換え!」
「ゲートアウト反応あり! ゲートリング顕現!」
「でかい!」
「衝撃波来ます! 5・4・」
「敵多国籍軍およびスターゲートにシールド最大!」

 衝撃波。

 凄まじいものだ。
 ゲートアウトに伴う衝撃波がここまでとは誰も経験したことが無い。
 国際法において、スターゲートの使用には事前告知が必須。
 無告知は過失であろうと重大な国際法違反を意味する。
 巨大な本拠点がその衝撃波により大きく流される。
 一帯が衝撃波によりクリーンに。
 
「姿勢制御出力上げろ! プラズマ砲全砲門、スターゲートにロックオン!」
「ロックオン!」
「フレンドリーファイヤーはどうされますか?」
 軍配を横に構える。
「大きい!」
「・・・あれは・・・」

 スターゲートから巨大な白い円錐の頭が見える。

「STG!」
「違う!」
「じゃない!」
「大き過ぎる!」
「判明! 船籍はハンガリー、旗艦バルトーク!」
「STGI!」
「どうして・・・」
「連合軍だ!」
「終わった・・・」
「本拠点に急速接近! 衝突します!」
「STGIじゃ、敵わない・・・」
「シールド接触! 干渉波!」

 金属に無数のガラスを突き立て引っ掻くような音が鳴った。
 悲鳴が満たす。

「この音をどうにかしろーっ!」
「バルトークの質量にシールドが耐えきれません!」
「耐物理シールドの配分をコントロール!」

 音がましになったが、STGIの進行速度が増す。
 バルトークの切っ先は本拠点のシールドに深く刺さっていく。

「このままだとシールドが割れます!」
「プラズマ砲発射用意!」
「天槍A、発射されました!」
「挟撃だっ!」
「これを待っていたのか!」

「天照ローブ参ハンド・トゥ・ハンド!」

 エイジの声。
 突如、何もない宙空に大きな光輪が発現。
 それは渦を巻きながら動きだす。
 拠点の前を素通りすると、本拠点とバルトークの間に差し挟む。
 更にもう一つ巨大な光輪が顕現。

「邪魔だーーーっ!」
「プラズマ砲、近すぎて発射できません!」
「天槍A、着弾します! 7・6・」

二枚目の光輪は本拠点ではなくバルトークの側面に向けられる。

「推定着弾位置!」
「スターゲート消滅!」
「バルトーク逆噴射してます?!」
「!?」

 武者小路は天槍の着弾位置を見る。
 メインモニターを仰いだ。

 着弾。
 無数の長大な物理槍が雨のように降り注ぐ。 
 激しい振動。
 無数の音達。
 眩い光。

 花火だ。

 まるで花火。
 その光は恐怖よりも胸躍る何かを感じさせる。
 宇宙に盛大な花火が一斉に上がったようだった。
 光の破片のような、小さな火花のような光が暗黒の宙に無数に煌めく。
 それが天照ローブ参の断片だと気づいたのは暫く後。

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