STG/I:第百三十八話:持つもの

 

「ご苦労。色々紙一重だったな」
 部隊「暁の侍」の作戦室。
 隊長の武田真打は言った。
 武者小路は兜を脱ぐ。
「些か肝を冷やしました」
 本部委員会・参謀の武者小路。
 今は本部に出向しているが、部隊では副隊長だ。
 ここへ来るのも久しぶり。
「彼は危なっかしくて目が離せませんよ・・・」
「その割には嬉しそうに見える」
「とんでもありません!」
「彼の成長は眼を見張るな。お前も含めて今後が楽しみだ」
「正直、あの時の彼の決断は意外でした」
 アースらによる作戦本部襲撃事件の事だ。
 エイジは代表権を移譲しなかった。
「投げると思っただろ?」
 武田は笑みを浮かべる。
「ええ! 百%間違いなく」
「彼が明言したからこその連携だったと言える。今も参謀特権は変わらずか?」
「はい。一体全体、エイジ君は何を考えているんですかね?」

 武者小路の行動は完全な独断だった。
 参謀であるが故、相応の権利はある。
 だが、彼のしたことは本来の参謀が持つ権限を逸脱した行為。
 本部・作戦室への入室には委員会もしくは代表の許可が必要だ。
 武者小路は端から宰相級の権利をエイジによって与えられていたからこそ出来た。

「私より頼りになるのは間違いありませんので」
「・・・私のことを何も知らないのに?」
 武者小路はその時、憮然として言った。
 甚だ無責任に思えたからだ。
 丸投げはするが責任はとらない。
 現代はそうした人間に溢れている。
 彼もまた随分と見てきた。
「武田隊長さんが全幅の信頼をしているのですから。間違いありません!」
 最初は幼いが故の無見識、無教養・無経験・無責任からくるものと思った。
 責任の重さを知らない。
 権利の怖さを知らない。
 でも、何れ判る。
 判らなければ愚か者だ。
 そう思っていた。

 彼が本部付になったのは、そもそも自分の意思ではない。
 武田が自分を託したからである。
 特権を与えられた日、部隊に戻ると武田に言った。

「隊長、何でも出来ますよ・・・」
 含みを理解した上で武田は返す。
「お前なら本拠点の最大能力を活かす事が出来そうだ。安心だな!」
 意図を聞き流したのだ。

 武者小路には理解出来なかった。
 何故、武田隊長は本部宰相権の譲渡を断ったのか。
 何故子供の彼に日本を託したのか。
 何故、自分を参謀として送り出したのか。
 知る限り武田は凡そこれまで見てきた中で最も責任感のある人だと確信している。
 彼なら理想的な本部を体現出来ると信じて疑わない。

 エイジは内々に武田に本部宰相を譲ると申し出ていていた。
 武田はそれを断ったのである。
 断る非礼を詫びる形で自分を差し出した。

「君は持っている人に思う。私は持っていない」

 あの日、武者小路は緊急事態を武田に告げ、彼の助言と連携によって下準備を整えた。
 レフトウィング最後の生存者達の結束は今も強く、武田の要請に彼らは直ぐ応じる。
 通常、上を飛ばして他部隊を複数動かすことは困難を伴う。
 役割の問題、報酬の問題、責任の所在。
 ましてや上下関係のプロセスを重んじる日本では尚更。

 リアルでは下らない理由で速度も質も犠牲にした仕事が横行している。
 それでいて責任はとらされる。
 リアルでの武者小路は疲弊し、夜な夜なゲームに逃げてきた。
 でも、多くのオンラインゲームですら似たような状況になっている。
 STG28と暁の侍はようやく彼が見出した安息の地。
 今はリアルで独立する為の準備をしている。

「彼は終わった後、なんて言った?」
「いえ、特に何も」
「我々が独断で動いたのを解っていない感じだった?」
「流石に解ってはいました。なので、ありがとうございました。助かりました。とだけ」
「それだけ? 他には?」
「他には特に・・・」
「・・・彼は深いな」
「失礼ですが、単に事の重大さを理解していないだけなのでは? 彼は社会の怖さを知らない」
「それは否定出来ない。だが、知らないからこそ出来るメリットもある。私は当初、彼の成功を単なる偶然だと思ったよ。シューニャ・アサンガは彼を買いかぶり過ぎだと思っていた。でも、レフトウィングの時、私は己の見る目の無さに失望したよ」
「私は結果論な気がします。今回も私が動いて、武田隊長が声をかけてくれ、皆が動いてくれたからであって、彼の力では無い。レフトウィングの時もそうでした。偶々です」
「人生は、その偶々の連続だよ。それに、偶然も重なれば、それはもう必然だ。それは何よりも代えがたい実力だよ」
「神頼みってことですか? 私は今も武田隊長が宰相に相応しいと思ってます。偶然は偶然です。努力をし、すべき事をした者に偶々舞い降りて初めて意味があるものであって、計算の内に入りません。オマケみたいなものです。『人事を尽くして天命を待つ』と言うじゃないですか。運頼みは怖すぎる」
「運頼みとは違うさ。まあ、お前らしい。お前はソコがいい。・・・先のレフトウィングでの彼の活躍。プロセスを閲覧してみたんだが、驚いた。彼は・・・持っている人間だと直感したよ。私は持っていない。だから断った。平時は私やお前みたいな構築的なタイプが有効だろう。でも、有事は違う。『持っている』ことが大切だ。そして自在に俯瞰出来ないと。私は人生において様々な局面で『持っていない』と痛感したよ。これは諦めではない。己を知るという意味でだ。無いものを願っても仕方がない。有るものをどう活かすか。最も、今でも私が受けると言ったら、彼は即刻譲るだろうが」
「でも、先程は譲りませんでしたよ?」
「不適切だと思ったんだろ。あのアース・リングを。軍神をだ。俺なら喜んで譲ってしまうだろう!」
「そんなに凄いんですか? ・・・私は嫌いです。いい歳してゲームでイキって・・・」
「私も同じようなものだろ?」
「とんでもない! 武田さんは違います。・・・あのご老人の何が凄いんですか?」
「勝つためには全てを利用出来る。そして、彼もまた持っている人だ・・・」
「私なんて躊躇なく捨て駒にされそうですね」
「必然ならそうだろう。彼は親しい友人だろうが勝つためなら捨てられる。その覚悟が出来ている。その重さも知っている。何より異次元的に全体を見通せる人だ。無いものを望まない。彼はこの戦いの結末も直ぐ見通すと思う。今の日本では貴重な人材だよ。彼のような人にこそ政治家になってもらいたいものだがね。現実はそう成らない」
「私は嫌です。あんな人に命運を握られ、捨てられるのなんて、ごめんだ・・・」
「もっともな意見だ。でも、戦いってのは勝たないと意味が無い。そして彼は勝てる」
「勝てるんですか? この終わりの無い戦いに?」
「我々では無理だろう。だから嬉しいんだよ。これ以上無い朗報さ。仮に勝てなくとも、自分の死に納得がいく」
「申し訳ありませんが、会談は決裂しました。彼は宰相ではありません」
「世の中とはそういうものだ」

 会談は紛糾し、真っ向から主張が衝突。
 最終的には双方が歩み寄る形で妥結した。
 どこにでもある結論。
 全員に不満が残る結末。

「私も反対票に入れました」
「彼は? エイジ君は何と?」
 武者小路は苦笑する。
「何故かアース達の肩をもつんですよね・・・」
「ほほー・・・それで?」
「私は彼だけ残して全員BANすればいいと思いました。・・・BANは言い過ぎですが、少なくとも部隊を持つことを許すなんて・・・私からしたら狂気の沙汰です。強盗に拳銃を与えるような行為ですよ」

 ブラックナイト隊への入隊は維持。
 彼らを小隊として認め、一部例外を除き通常と同等の権限も与える。
 だが、作戦室への入室は全面禁止。
 アースのみ作戦顧問として迎え、ホログラムでの入室は許可とした。

「皆はエイジ君にかけたのか?」
「とんでもない! 彼は扱いやすいだけマシなだけです。過去の栄光に縋る老害は論外です。彼らは単なるペテン師集団ですよ!」
「あのアースさんが老害呼ばわりされるのか・・・時代だなぁ」
「隊長には大変申し訳ありませんが・・・私からしたらそうなります。隊長も会えばわかりますよ。過去の栄光です。今や不愉快な言葉を垂れ流す老害ですよ! 初日でペナルティーから発言権を奪われたんですよ? 信じられますか?」
 武田は腹を抱えて笑う。
「変わってないな、アースさん。エイジ君はそれでいいと?」
「皆の決定を尊重すると。その代わり助けて欲しいと・・・」
「面白いね彼は!」
「子供なんです」
「果たしてそれだけか? 彼は皆の受け皿になろうとしている・・・そんな気がするね」
「代表権はともかく、残すのは彼だけでいいじゃないですか。少なくとも、あの奇妙な取り巻きや、自由に動く兵隊を内部に入れるなんて、どうかしている」
「ひょっとしたらアースさんの絶対条件なんじゃないか?」
「そうなんです! 無茶な要求ですよ。盗っ人猛々しい!」
「お前から見てアースさんは正直どうだ?」
「不愉快な老害ペテン師ですよ! 今直ぐ反乱を起こす可能性すらあります」
 武田は豪快に笑った。
「それが良策なら彼はするだろう。でも、武装の排除や格闘権は停止なんだろ?」
「ええ。でも・・・どんな手を使ってくるかわかったものじゃ無い」
「初見でお前にこれだけストレスを与えるんだ。流石だな」
「笑い事じゃないですよ。本当に」
「悪い悪い。だがな、ストレスは判断を誤るし疲弊を生む。それを理解して撒いているんだよ彼は。その様子じゃ彼の手中に飲まれてるぞ。好き嫌いだけで物事を二分するな。現実はそんなに甘くない。頼むぞ。彼を、エイジ君を支えてやってくれ」
「もう部隊に戻りたいです・・・」
「その割には肩入れしているように見えるが」
「だって、あの部隊の連中は危なっかしくて! この重大事に副隊長はダンマリですよ!  あらだけ普段は煩かったのに、借りてきた猫みたいに静かで! もう一人の副隊長はログインすらして来ない。代理すら立てない。なんなんですかあの部隊は・・・滅茶苦茶ですよ。武田隊長・・・やっぱり今からでも我々がやった方がいいんじゃないですか?」
「ある意味ではね。でも、我々では勝てない。確実にね」
「誰だって勝てないですって! あの情報が事実なら!」
「我々は良くも悪くも常識人過ぎる。今、この有事に必要なのは常道を知りつつも常識に囚われず発想し行動する大胆な力と求心力。何より持っている人材だ。『これで行けるかもしれない』そう思わせるものだよ。こういう時、常識や理屈は無力だからね。かといって荒唐無稽では誰もその気にはなれない。彼らが発議した天照と須佐之男を主軸にしたコロニー作戦には震えたぞ」
「眉唾ものですが・・・余りにも不確定要素が多すぎます」
「かもしれない。だが、そういうものだよ現実は。全てを理解しては遅すぎる場合が多い。待てる時間があるなら待って見極めればいい。だが、少なくとも我々には時間がない」
「それすらも不確定です」
「これまでコロニーの存在を考えた者がいるか? この戦いに意義を見出したものは? 裏側の部隊を探ったものが? その可能性のデータを荒削りでも指し示すことが出来たか?」
「あんなのデータと言えるんですか?」
「それも理解する。恐らくシューニャ・アサンガが絡んでいるだろうが、この根本要因を探り、検討までツケていた。俄然、盛り上がるだろ! こういう事が大切なんだ。ただ黙って座して死する強さを持つ者はほぼおらんよ」
「でも、もし間違っていたら・・・取り返しがつかない」
「モシは常に付きまとう。恍惚と不安、共に我にありだよ。腹をくくるしか無い。それとも下りるか?」
「いえ、下りませんよ。乗りかかった船です」
「そうか。・・・今でも夢に見る。あのレフトウィングでの出来事。エイジ君は自分の命を盾にしても少しでも多くの搭乗員を助けようとした。しかも躊躇なく・・・。プロセスを解析すると、あれは無謀なようで、ちゃんと計算もしていることが伺える。そしてそれを支えるブレインの存在よ。彼の行為は振り返れば結果的に生存確率が高い行為だった。自分以外の命のね。あの驚異の現場で彼はそれをやってのけた」
「でも、私達が居なかったら確実に成功しませんでした」
「それもまた事実。だが、恥を語れば私は動転したよ。部隊の皆を見るのが精一杯だった。彼を単なる子供、無知では言い切れない。広く見ている。それでいて自分の命を顧みない。捨てているわけじゃない。見極めようとしている。自分の命の置き場を。きっと彼は辛い人生を送ってきたんだろうな。そして、彼の心の手綱を握っているのがシューニャ・アサンガなんだろう」
「フレンドでしたっけ?」
「ああ。ロビーフレンドだ」
「フェイクムーンの時はさぞや驚かれたのでは?」
「びっくりしたよ。彼女も不思議な人でね、正体がつかめない感じだ。エイジ君は上手に育てれば才能を開花すると言っていた。私はそうは思わないと言ったんだがな。機会があったら皆で育てて上げて欲しいと頭を下げてきた・・・」
「うちの部隊では入隊を断ったんですよね」
「ああ。・・・私は判らなかったよ」
「私は隊長の判断が正しいと思います」
「・・・さてと、忙しくなるぞ。・・・これからもソッチは頼む」
「はい!」

 彼らが今後何かをやらかすのは目に見えている。
 圧倒的大多数がアース達の除隊は当然として凍結を望んだ。
 それに反対したのはアースを知るプレイヤー達であり、何よりもエイジだった。

 部隊を許すと幾つかの権限が発生する。
 部隊内での強制力は非常に強いものだ。
 一方で部隊の権限は本部により大枠で制限が可能。
 本部のルールに矛盾した部隊権限は付与出来ない。
 同様に部隊内の中隊や小隊は部隊のルールに縛られる。
 矛盾する設定は出来ない。

 イシグロの提案で、強制力のある誓約を交わし、最終的には妥結する。
 意外にもアース達は抵抗を見せなかった。
 それが却って不気味だ。
 万が一の際は、誓約により彼らの相応な権利を無効化することが出来る。

「ドラゴンリーダーに依頼されて来た」

 老侍は言った。
 その名を聞いてピンと来る者は必ずしも多くはない。
 オンラインゲームでの栄枯盛衰はリアルより早い。
 一部の者達だけが沸き立ち、まるで勝利したかのような賑わい。
 顔ぶれを見ると長期プレイヤーだ。
 イシグロは顔を曇らせ、ミリオタは一瞬だが驚いているようだった。

 エイジは会議の際にミリオタの挙動に違和感を感じていた。
 会議の間、彼はずっと下を向き、時折、取り巻きの女を見ていた。
「知り合いなんですか?」
 何時もの調子でエイジが小声で話しかけると、
「えっ?・・・だ、誰と?」
 ミリオタは不自然なほど挙動不審に応えた。
「また~とぼけて。あの女性ですよ」
 彼はビクリとした。
「知らない・・・あんな女、知らない・・・」
 ミリオタは怯えるように言った。
 エイジはあくまで揶揄って言ったつもりだった。
 国際会議でもこうしたやり取りはしていたのに。
 
 エイジにとってドラゴンリーダーは雲の上の存在だ。
 大戦で既存の戦い方に多大な影響を与えた人物の一人と記録されている。
 現在アカウントは凍結中。
 当時の本部委員会が最低凍結期間を設けており、それを解除出来なかった。
 期間を短縮させるにはSTG国際連盟への申立が必要と知る。
 審議を経て認可されれば期間が短縮、もしくは解除される。
 一連の騒動が落ち着いてから提議する予定だった。
 現在STG国際連盟は通常手続きを全て停止している。
 
 ドラゴン・ツー・ブレイドのフォーメーションは今も海外でガッジーラとして有名。
 映像は再生数が億単位。
 フォーメーションの幾何学構造も入念に練られたものであることが後に解析され、海外では研究対象となっている。
 アイデアはシューニャ、具体的に考えたのはエセ・ニュートン、許可したのが彼だ。
 詳細な情報は秘匿され設計はドラゴンリーダーの名前が冠されていた。
 それは二人を守る為であり、同時に秘密を守る為だったようだ。
 ブレインが居ることはバレていたが、凡庸な戦績のシューニャ、活躍おろか記録のほとんどが無いエセ。二人に注目が集まることは、少なくともこれまでは無かった。
 本拠点機能剥奪時の混乱で白日の下に晒されたであろうことは間違いない。

 アースは、ここにいる全員が言うなれば「傭兵」であると言った。
 そして、ドラゴンリーダーの依頼と目的を次のように述べる。

「方法は問わず。地球を守り、STG28を勝利へ導くこと」


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