STG/I:第百二十一話:分裂


 

「猶予が如何ほどあるかわからないけど、この準備には最低一ヶ月はかかるから。その前に来たら有無を言わさず終わりだ」

「えっ!」「えーっ! そんなに?」「了解」「御意」

「彼曰く、一ヶ月以内の可能性は低いとのことだ。私も同意する。これまでの周期から仮に三ヶ月としよう。半年あるとかなり助かるんだが・・・生産計画が止まっている以上、状況は余り変わらないだろうね。そうだ! 変に希望をもたせるのはアレだから言っとくけど、間に合っても勝てる見込みは僅かだから。でもゼロではない。朗報もある。先だってのブラック・ナイト急襲で我々が疑問視していた知見が幾つか得られた。これはかなり作戦に寄与する。今、組み直している最中だけど、君等には影響しない。それと、フェイクムーンを追った小隊は戻してくれ、他にやるべき役目がある。あのピザみたない名前の子がいたね。あの子がキーになる」

「え、ピザじゃなくてパスタじゃ・・・」

「マルゲリータ・・・ピザだろ」

 ミリオタがボソリと言う。

 エイジは関係の無いことを言い掛けたが引っ込める。

「それ」

「でもフェイクムーンを放置するのは危険だろ? アレが地球へ向かっていたらどうする。中継ステーションや貨物船を襲っていた可能性もあるだろ? いや、寧ろそうだ!」

「アラートが鳴るでしょ?」

「だからマザーはオフラインなんだよ!」

「ああ、そうか。じゃあ、そん時は滅亡だね」

「滅亡だねって・・・お前・・・」

「事実だから」

「なんでそんなことが言えるんだよ」

「普通に考えると君の言うことが正しいなら地球はとっくに砕け散って我々はココに居ないけどね」

「そうとも言えないだろ」

「ハハッ。やっぱり君と話すと疲れるわ」

「!・・・お互い様だ・・・」

「フェイクムーンの居場所が気になるなら他の誰かに。ピザは索敵の要になる。索敵が機能しないとそもそも大前提が崩壊する」

「マルゲリータだっての・・・名前で言え」

「あの・・・誰か代表を変わって下さい! ・・・お願いです」

 涙目でエイジが震えている。

 エセは嬉しそうに満面の笑みで彼を見ると言った。

「君以外なら、僕は降りる」

「そんな意地悪言わないで下さい・・・」

「君は素直だからいい。他の連中は馬鹿に加えて無知だ。その上で素直さすら無い。滅んだ方がましだよ」

「馬鹿は認める。無知も認める。だがよ、滅んだ方がマシだぁっ?・・・お前な、どういう了見で物言ってるんだ!」

 嘗てを彷彿とさせるキレ具合。

「死ぬまでの間にやっておきたいことが少しは出来るでしょ」

「てめーさえ良ければいいのか!」

「ミリオタさん、止めて下さい!」

 今にもかぶり付きそうほど近づいたミリオタの前にエイジが割って入った。

「君らは死が怖いのか?」

「当たり前だろ!」

「怖いです・・・」

「私は君等と違って死は怖くない。本来から死は年齢と関係無く訪れるからね。そう思って生きてきた。だから何時死んでも悔いは無いよ。ただ今回の場合、それが見える形でやってきたに過ぎない。戦争で死ぬのと変わらない」

「・・・やっぱクソだなお前・・・ムカつくわ・・・」

「それはどうも。私も君は嫌いだから」

 エセは表情を全く変えず肩をすくめた。

「あー! 嬉しくて、涙が、出るわ!」

 エイジの手を振り払うと背中を向け床を激しく蹴った。

「クソーッ!」

 エセは指で耳を塞ぐと「それは良かった」と言った。

「死ぬんだ・・・死ぬ・・・」


 静まり返る部屋。


 静寂が満ちる。


 エセは両手を広げ、勢いよく柏手を打った。

 ビクリとする二人。


「さー始めっ!」

「ちょっと待て! まだ話は終わってない!」

 エセは意気揚々と部屋を出ていく。

「何なんだアイツはーっ!」

 ミリオタの怒号が満たす。

「死ぬ・・・死ぬ・・・」

 エイジは今にも倒れそうに青ざめ頭を抱え、身を小さくしている。

 ビーナスと静は見つめ合った。


*


「取り込まれずに存在している。プラス・マターでそんな事が出来るのか?」


 サイトウは円筒状の黒い空間にポツリと出来た穴のような物体を見つめていた。

 円筒の半径は月がスッポリ入るほどの大きさで、長さは月から地球ほどあった。

 それはイタリア型ブラック・ナイトと地球人が呼称した何かだった。

 筒の空間を覗き込むと中程に白い宝石のような飛翔体が見えた。

 目線の右上にそれは大きく表示されている。

 真っ白な、いや、鈍色に輝く戦闘機のような形状。

 明らかに人類との関わりを想起させる。

 それはセンサーにこそ認知されない存在だったが何故かこの機体にはその全ての情報が記録されているようだった。

 しかし、それを読むことが出来ない。


「お前の片割れはあの中か? 何故ヤツは落ちないんだ・・・。オイ、どうして返事をしない? 聞こえているんだろ? 人工知能でもいい、本船コンピューターでもいい、答えてくれ! さっきからこの船を動かしている貴方だ!」


 サイトウの乗る戦闘機型の黒い飛翔体は一定の距離からアメンボのようにスイっと動いてはピタリと止まり、スイスイっと動いては止まりを繰り返し、何かを探っているような不思議な挙動をみせる。サイトウによる操舵では無いようだ。まるで物理法則を無視したかのような動きで、外から見ると瞬間に消えたように見えるが、短距離の光速移動を繰り返していた。

 サイトウはコックピットを更に拡大すると黒い粘土人形のような影が座っている。

 影には凹凸が無いようだ。


「器の残滓なのか? だからプラス・マターでも取り込まれない。何が起きたらああなるんだ・・・見たことがない」


 更に拡大する。


「残滓にしては濃すぎる・・・残滓崩壊もしていない。宿主は生命活動を続けているはずだ。幽体離脱したのか?」


 サイトウの眼が見開かれる。

 おぞましき考えが浮かんだ。


(ナイトに侵食された生命体に似ている。・・・でも、あの形は人間に見える・・・だとしたら宿主は人間だ。あり得るのかそんなことが? 人間がナイト因子に侵食されたまま生きているなんてことが出来るのか? そもそも地球圏にどうしてナイトが飛来したんだ。マザーは何をやっている。協定が守られていない? いや、それはない。人類じゃあるまいし。万が一にもあれがナイトが取り付いた人間だとしたら大変だ。あのまま落ちたら・・・)


「ブラック・ナイトになってしまう・・・地球人がブラック・ナイトに。あってはならない。こんな未熟な生命体に・・・でも、堪えられるはずがない。でも・・・いや!」


 まるで「そうだ」と言わんばかりにサイトウの乗る飛翔体が呼応した。

 コックピットが暖かい色でゆっくりと瞬いたのだ。


「言語手段を持たない種族の船か・・・。アダンソン型じゃない?」


 青く明滅した。


「違う、か。・・・何かあったんだな」


 暖色でゆっくり明滅した。


(不味い・・・でも、そっちは考えても仕方がない)


「自己紹介しておきます。私は天の川銀河の太陽系第三惑星地球の人類。日本という国に所属しているサイトウ・・・サイトウ・・・とにかくサイトウです。宜しくお願います」


 暖色で明滅する。


「地球人は宇宙に接続出来るアクセスコードを持ちません。ご存知でしょうが私はマザーとの協定により貴方達の連盟に参加を許された地球人です。私はコードを与えられてますが宿主の生命体がもう幾らも堪えられないので非常事態を除き接続はしません。交代は手配済ですが当該惑星担当のマザーからの連絡は来てません。お互い手間ですが私は言語で、貴方はサインでコンタクトを取りましょう」


 暖色で明滅した。


「確認します。ココは地球人の防衛範囲じゃありませんね。かなり遠いようですが貴方はアレの搭乗員が地球人であり地球人が処理必要がある為に私を派遣要請したのですね? この宙域のSTGには許可済ですか?」


 暖色でゆっくりと三回明滅、最後に黒くゆっくり瞬いた。


(この宙域の文明は滅んだか・・・不味いな無観測地帯になっている。地球から遠いとは言え、方位は同じだ・・・)


「アレをサルベージして欲しいという訳ですか?」


 濃い暖色で明滅する。


「ブラック・ナイトと関係がありますね?」


 黒く明滅した。


(黙秘。秘匿事項か。ブラック・ナイト化はさせたくない。だが、アレは回収して欲しいというわけか・・・)


 グレーに明滅する。


「わかりました。ブラック・ナイト化させないようにだけ頼みます」


(さて、どうするか・・・あれはプラス・マターだ。ブラック・シングを出ることは出来ない。前回と違って筒状なのは幸いだが・・・筒が長すぎる。船がミラーなら転移方が確実か)


「緊急事態と考え転移方でこの船に置き換えます。アダンソンに伝えて下さい。回収はそちらで」


 強く濃くオレンジ色に瞬いた。


「発進!」


*


 日本・本拠点の混乱は続いていた。


 三日が経過してもマザーとの通信は復旧しなかった。

 STG国際連盟とのコンタクトを取ろうと試みたが通信が途絶している。

 マザーがオフライン時に稼働する本拠点・コア・コンピューター”義母”の分析では設備は全て正常に動いているという。


 更に困ったことに、本拠点はGPSに相当するマッピングシステムがマザーとの通信不能の為に不能となっており正確な位置が不明になっている。

 最後にオンラインで確認された地点から、カーナビやスマホ同様に移動速度等から仮に割り出した位置情報を現在地として割り出していた。


 しかしそれは奇妙な矛盾を生む。

 ある本部委員が星との相対距離でも割り出そうとすると、「未記録」と出た。

 義母曰く「記録されていない星です」とのこと。

 基本的にマザーは一切の情報は拠出しない。

 地球人が自身でこれまで観測、計測したデータが本拠点にプールされている。

 裏を返すと、観測していない情報は「未記録」と出る。

 事態を重く見たエイジや本部委員会は過去の履歴を調べたが、本拠点から観測できる二割程度の星は観測済であり、その相対関係から残りの四割ほども推測で補完済だったとわかった。

 この異常事態に気づいた星座観測が趣味だという搭乗員「アレシボ」からすると見たことがない星だと言う。

 だが、それが何を意味するか気にかけるほど精神的、時間的余裕は彼らには無かった。

 この時点で「原因不明」と棚上げされることになる。

 唯一アレボはハッキリさせるべきだと言及。

 それでも圧倒的大多数の搭乗員からしたら星は星であり、それ以上でも以下でも無い。

 興味を引かなかった。

 エイジは何を思ったかアレシボに「調査を継続して下さい」と許可を出す。

 多くの反対を受けたがエイジは譲らなかった。

 彼らが反対するのも無理からぬことである。

 彼らにやるべきことは余りにも多すぎた。


 日本・本拠点の意見は三つに割れていた。


 作戦に準ずる者たち。二割。

 明確に作戦を拒否する者たち。三割。

 無関心。五割。


 日本人らしく無関心層は過半数を占めた。

 招集された本部委員会では公開すべきかどうかで紛糾したが最終的には公開を決定。

 心配を余所に一般搭乗員の大多数から驚くほど興味関心を惹かなかった。

 公開を決意した組も、否定した組も、双方が拍子抜けだった。


 その理由は幾つか考えられた。


 彼らの大多数は作戦立案者であるシューニャ・アサンガを知らなかった。

 エイジやミリオタらにとっては信じ難いことだったが事実だった。

 それは功績の多くが本部のものとして広報されていたことが要因の大部分を占める。

 だがそれは少し調べれば嘘であることは分かる程度の隠蔽だった。

 彼らはそれをしなかったのだ。


 何より最大の原因は「無関心」である。


 ある本部委員が彼らの思いを代弁している。

「やりたければどうぞ。私はやりません」

 彼は本部委員であるにも関わらず、そう言って離席した。

 言うならば、彼らは地球の雌雄を決する場において勝手にやると宣言したのだ。


 現行体制のプロパガンダと脊髄反射のように否定的に捉えた者も多かった。

 彼らは話し合い以前の知見すら無い状態で意見を述べた。

 本質においては現実を認識することすら拒否したのである。


 何より無関心層の中核を担う新人にとっては尚更関係の無い話だった。


 暇つぶしに参戦したオンラインゲームで突然ガチモードのプレイヤーに深刻な顔をされ地球の危機を訴えられても真実味が無いのも当然だった。ほとんどの人間にとって事実を受け入れるには段階が必要だ。

 彼らにとって、あくまでもゲームであり、彼ら側に立てば、ゲームに本気で肩入れする本部委員会の様子は、カルトを盲信する人間にしか見えなかったのも頷ける。熱意をもって接するほどに彼らを遠ざける結果となった。

 それでも本来生物がもつ「ただならぬ気配」という感覚を受け取れれば別であったかもしれない。事実、新人の中には少ないが賛同者もいた。よく判らないけど、まずはやってみようと作戦入りを果たしたのだ。

 多くの新人搭乗員は適当に遊んだら辞めようとだけ考えた。


 シューニャの作戦書にはそうした予想も書かれていた。


 それが幸いしてか、エイジは作戦書を読み込むほどに落ち着きを取り戻していった。

 作戦行動の規模はブロック構造になっており、肝になる作戦がある。

 素戔嗚尊・天照大神・ウズメの三本柱だ。

 これは「攻・防・調」を意味した。

 大前提に可能な限りの調査があり、それを元に攻防一体の構えを成している。

 最も、数多の映画に見られる無謀な作戦であることに変わりはなかった。

 数でも質でも勝てる相手では無い。

 時間を待つほどに不利になると考えたシューニャとエセはこの「地球最大の作戦」を考えたようだ。

 幸か不幸か気づく余裕は彼らにはなかった。


 エセはアレ以来引き篭もって出てこない。

 どうやら日本本拠点全登場員をブロックしているのだろう。

 アクセスしても「お客様の都合により連絡できません」と門前払い。

 ミリオタがキレたのは言うまでもない。

 エセのこの態度は作戦そのものの信用性を下げることに影響を与える。

 他の部隊員達も不信感を募らせる。

 ミリオタの態度も悪かった。

 彼らはブラックナイト隊は統率が取れていないと判断していく。


 作戦書の途中に、消し忘れたのかメモかでこう書かれている。

 それはシューニャのものだった。

「最小限の人員による大胆で迅速な行動が求められる」と。

 エイジが笑みを浮かべたのは次の言葉だった。

「枝葉の作戦におかれては異議を唱える者がいたらその者を責任者に置き、異議を取り入れトライする柔軟性も必要だろう。あらゆる可能性を試す必要がある」とあった。そして「本作線に何よりも必要なのは幸運だろう。でもその種は芽吹きつつあると感じる」と書いてある。

 それが何を意味するかは判らなかったが、彼は自身が所有する発言集にコピペする。


 地球最大の作戦は混乱の坩堝の中、こうして火蓋を切った。

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