レフトウィングはひと際強く発光すると激しく明滅。
最後の力を振り絞るようにナユタを発射した。
しかし姿勢制御が不十分の為に光はブラック・ナイトの中心部を捉えていない。
が、ナユタは真っ直ぐ飛ぶことすら出来ず、サイリュームの残像のように偏光すると、ブラック・ナイトの中心部へ吸い込まれていく。
エセニュートンの命令が実行を告げる。
同時に「強制ログアウト」のサインが一斉に点った。
大連隊長命令は約束を守った。
次の瞬間には返す波でほとんどが「不能」と表示。
それもそのはず。彼らのほとんどは既にログアウトしている。
だが、このタイミングだったらほとんどが手遅れだったろう。
モニターに大きく作戦経過時間。
今確実に残っているのは上位三部隊の隊長と副隊長、他数名の有志。
加えて不幸にして連絡が届かなった搭乗員達。
強制ログアウトを、イシグロを信じた者たちだった。
覚悟を決めた者達は恐怖と志の間に揺れ、悲壮な表情を浮かべた。
思いが裏切られた者達は断末魔の声を上げる。
それでも機転の効く者は咄嗟にVRヘッドセットを外した。
それで解決出来ると信じて疑わなかった。
が、彼らの目は、脳は、確実にモニターの映像を映し続けている。
音もそうだ。
ヘッドセットを、イヤフォンを外したのに聞こえてくるのはSTG28のコックピットから。
「嘘! どうして! どうして! なんで!」
「何が起きている、何が! 何が!」
「見えない! 見えてるけど、見えない!」
「俺は何処だ! 俺は何処にいる! 俺は誰だ!」
「お母さん助けて! 見えない! 私の部屋が見えない!」
冷静な者は触覚にまだ地球のリアル感覚があることに気づき、手探りをし、PCの電源に手を伸ばす。
幸運な者はそれを押せた!
パソコン強制終了。
それは果たして幸運だったのか?
その瞬間、地球での触覚も完全に途絶する。
彼らは今まさにこの宇宙に顕現した。
レフトウイングのパーツとして、STG28の搭乗員として。
彼らの居場所は完全にアバターになった。
地球での自分が崩れ落ちたことすらも気づけ無い。
地球の自分はアバターになり、意思なき、生命維持装置なきアバターは生命活動の慣性の法則を最後に活動を停止へ向かう。
その間、レフトウィングの振動はいよいよ激しさを増し、回転も、速度を増す。
渦の中、前なのか後ろなのか、今どこを向いているかもわからない中、運命の時を待つ。
重力が身体を彼方此方に翻弄。
ミリオタは思った。
終わった。
全て。
この世の終わり。
自分は生き方を間違った。
もしもう一度生きて帰れるのなら人生をやり直したいと。
ブラックナイト隊はエイジ、ミリオタ、ケシャ、エセニュートンの四人。
無人と化したSTGには搭乗員パートナーの姿。
遠くでエイジの声が聞こえる。
「承認して下さい!」
隊長達は光に、絶望に目を心を奪われていた。
「助けたいんです!」
彼の声が彼らを動かした。
「任せたーっ!」「頼む!」
ミリオタがモニターに目をやる。
部隊名の横にグレーアウトしていた提案が承認に切り替わり、読み込みバーが希望に縋るように一斉に伸び始める。
その直後、
あの時と同じ。
セントラルコアの時と同様に光が戻って来た。
「やっぱり」
偏光バイザーをかけたエセニュートンは、まるでジェットコースターに乗りながら眉一つ動かさないユーザーのように僅かな感情だけで呟いた。
戻ってきたナユタは発射した時の正にその位置に戻ってきたのだ。
それは既にレフトウィングの外側にあたる。
超重力により本船は大きく流されて渦の内側にいる。
そう遠くないうちにピンホールに落ちそうな位置。
速度も回るほどに上がっている。
内側は、より速い。
ナユタの光は大きくなりながら、同時に、ブラック・ナイトへも再び吸い込まれていく。
それでも急速に戻ってきたエネルギーにより更に大きくなった。
「バロー先生、集積爆発後プログラム補正。実行して下さい」
「わかりました」
彼の搭乗員パートナーであるアイザック・バローは音声のみで応える。
普段はホログラムすら表れない。彼はそのように設定している。
曰く、姿を見ると緊張するからだそうだ。
「返す太刀が思ったより弱い。運がいい」
エセニュートンは輝きを浮かべ言った。
「これからが最大の天体ショーですよ先生、一緒に見ましょう」
その表情は恍惚としている。
「いい時代になったね。そうさせてもらおう」
「先生、トマス・トムキンズの『心が乱れた時の悲しみのパヴァーヌ』をBGMにしましょう」
「いいね」
戻ってきたナユタは、間近で見ると、まるで小さな恒星だった。
集積しながら一方で再びブラックナイトに吸い込まれるナユタの光。
集積速度が次第に吸い出される速度を上回る。
一方でレフトウィングは今まさにピンホールへ落ちようとしていた。
ナユタの集積速度が跳ね上がる。
「くる」
爆発。
真っ白な世界。
全ては真っ白になった。
視覚が消えた。
目を開けているのに白くしか見えない。
眩しくは無い。
音も消えた。
自らの声すら聞こえない。
何もかもが消え去った。
だが、あの時とは違った。
セントラルコア爆発の時とは。
直ぐに音が戻る。
本船コンピューターが警報を鳴らし続けている。
「重力警報、重力警報、危険、危険」
次に触覚が戻る。
激しく回転しているのをコックピットが重力制御しているのがわかる。
遊園地のコーヒーカップが暴走しているかのようだ。
右へ回転しだすと抑制され左へ荷重。
左へ回転しだすと右へ。それが複雑に攻防を繰り広げている。
結果、ソフト洗いの洗濯機の様相を呈する。
洗われているのは自分たちだ。
次に戻ってきたのは視界。
世界が徐々に色づく。
コックピットは赤く明滅。
モニターが見えた。
星が滅茶苦茶に尾をひいて繋がって見える。
STG28が集積結合して出来た超巨大な円錐が恐ろしい速度で動いているのだ。
モニターの端には、「プログラムロード完了、オールグリーン」という表示。
中央に「脱出完了、セカンドプロセス実行中」とある。
この時ようやく知らぬ間に洗濯機の中から飛び出ていることを認識した。
あの底なしの超重力から抜け出していたのである。
それを知った誰もが奇跡に心を寄せる。
だが、今まで聞いたことが無い警報カラーと音がする。
次いで本船コンピューターの声。
「集積爆発第二波発生の危険性増大。推定三分後に再爆発します」
「えっ?」
エセニュートンが声を上げる。
そして瞬時に考えるよりも早く理解した。
再び吸い込まれたナユタのエネルギーがまた戻ってきたのだ。
ということは何度も繰り返えされる。
エネルギーが変換され尽くすまで。
本船コンピューターは続けた。
「プログラムに想定外の事象です。現在レフトウイング外郭第三層までの約三十%融解。第四層の結合維持困難なSTGは二十%。集積爆発第二波の推定被害最低五十%、最大で八十%です」
彼は瞬時に理解する。
「エイジ隊長プランB承認を!」
エセニュートンが声を上げた。
隊長にはプランBの内容を告げていない。
不必要を前提とした、万が一のプランの一つに過ぎない。
「・・・」
ザーッという音と同時に何も帰ってこない。
隊長の権限が無い以上、実行は不可能。
「隊長、全員、死ぬよ」
彼は静かにハッキリと言った。
「承認、承認、承認!」
途切れ途切れだが声が聞こえ、何よりモニターに「プランB承認」と出る。
「先生。プランBお願いします!」
「わかりました」
レフトウイングは回転しながらフォーメーションチェンジしだす。
本来なら絶対にありえない。
外郭の融解したSTG28はまるで扉の開け離れた洗濯機から小さな衣類が飛びだすようにバラバラに砕け散りながら放出され暫く飛散すると自己融解を起こす。
第四層のアンカービームが機能しなくなったSTGは互いに衝突し合いながら回転に伴う重力にまかせほころびを見せた。一部が外れると一区画が、一区画が外れると加速度的に大崩壊が。残ることを強制された連隊三部隊のうち二部隊は第七~十層だが、ブラックナイト隊は天部に位置し、中核は五層にあった。
「メーデー! メーデー!」
「もう駄目、吐いちゃう!」
「俺なんかとっくに・・・」
ログアウト出来なかった他の搭乗員達の声が聞こえる。
「モニターを見ないで下さい。壁紙に切り替えて。視線誘導で吐き気を模様しているだけです。重力制御は概ね正常に働いています。VRヘッドセットの方は外して、通常のモニターに接続して下さい」
ビーナスが落ち着いた声で語りかけた。
エイジは咄嗟に隊長命令で部隊員のモニターを壁紙に切り替える。
「連隊長! 回転が収まるまで一時的に壁紙に切り替えた方が良いです!」
「わかった! ブラックの!」
「エイジ隊長、プランBの拒否を!」
ビーナスが言った。
「え、どうして?」
青ざめたエイジが問う。
「プランBはエイジ隊長を始めとした我が隊のガーディアン特化型を盾に第二波集積爆発をやり過ごす作戦です。爆発規模によってですが、それでも恐らくガーディアンは完全融解します! つまり、隊長機も!」
彼はビーナスの声を聞いて目を開く。
「急いで下さい!」
「・・・いいよ。それで皆が助かるなら・・・」
ビーナスは驚いた。
「どうして?」
「守りたいから・・・・僕は守る為にこの特化に進んだんだ・・・」
「それでも隊長が盾になるのはおかしい! 誰が指示を出すのですか?」
「・・・そうだぞエイジ・・・」
今にも吐きそうな声でミリオタが出る。
「隊長を盾になんて、クソエセの野郎とんだプラン出しやがって・・・」
「コレでいいんです」
「よくない!」
ケシャも言った。
「では、ログアウトして下さい。他のガーディアン同様に搭乗員が居なくてもパートナーだけで機能しますので」
ビーナスは言い方を変えた。
「シャドウを置いていけない。何より最後までいるのが隊長でしょ。何があるかわからないし。シューニャ隊長はいつもそうしてた・・・」
「カッコつけんな。シューニャはシューニャだ。無意味なことすんな」
「意味はあると思うんです・・・」
「・・・ケシャのことか?」
「・・・」
「クソ猫! なんか言え! 一人で大丈夫だって! 嘘でもいいから!」
「・・・嘘は、言いたくない・・・」
「必要な嘘も世の中にはあるんだぞ!」
「時間がありません・・・必ずログアウトして下さい!」
ビーナスの悲痛な声。
音声が途切れる。
フォーメーションが始まった。
モニターにはプランBの文字。
まず、主を失ったSTG28が動き出す。
その間にも初期爆破の影響でエネルギー風が次々と届く。
不気味な風。
ガーディアン特化型が不規則な回転の中、外殻部に移動し再結合。
エネルギー・リングを形成。
丁度、地球にとっての月のような関係性。
小さく層を成して球状に纏まった。
レフトウィングのエネルギー・リングに沿って移動を開始する。
ガーディアン特化型やサーチャー特化型に進む搭乗員はほとんど居ない。
中でも彼、エイジの特化レベルはかなり高かった。
防御全振りに近い。
それもあってエセニュートンは外さなかったのだろう。
助かる為に。
ブラックナイト隊では編成の都合からある程度の特化は常に確保している。
部隊員からは何気なくしているように見えたシューニャのスカウトだったが、彼は十分にそれを意識していた。仕事でもそうだったからだ。バランスの悪い部隊は思わぬところで崩壊する。そうした経験を何度もした。それでも足りない場合にシューニャ自らその特化を補う。結果、彼のSTG28は人気の無いサーチャー寄りの船になっていた。
姿勢制御で一時は回転が落ち着きつつあったレフトウイングは再び不規則に回転しだす。
結合が抜けた穴を埋めるすべは無く、もはや本船は半ば幽霊船のように制御不能に航行していた。
その間、エイジは妙に厳かな気分だった。
不思議と怖くない。
逆に力が沸々と湧いてくるのを感じる。
暴力に身も心も固くするだけの日々だった時を思い出していた。
「シャドウ・・・守るよ・・・」
「マスター・・・」
彼は強く息を一つ吐いた。
「集積爆発来ます。臨界間近!」
反射的に身を固くする。
「集積爆発!」
「モニターを外部に切り替えて!」
「はい! 第二波来ます!」
彼方で光った。
もうレフトウィングはこんなに飛ばされていたのか。
そんな感慨をもった。
同時に、激しい光の津波が全方位に発せられたのがわかる。
モニターのプランBに「ガーディアン・シールド最大」の文字が出る。
大きなエネルギーの盾を衛星となったガーディアン達が展開。
エネルギー風の方位へ向ける。
「到達!」
シャドウの声とほとんど同時に激しい衝撃。
これ以上ないほどの激震。
レフトウィングの第五層ですら如何に守れたポジションだったかを知る。
再び光に包まれた。
彼は振動の中、蹴られ、殴られた日々がリフレインする。
でもあの時とは違った。
今は明確な意思がある。
絶対に守るという意思。
コックピット内が赤く明滅。
「エネルギー警報、シールド臨界間近」
想像以上のエネルギーだった。
通常では絶対にありえない速度で限界を迎える。
「ガーディアン第一層完全融解!」
外殻部に結合したブラックナイト隊の無人ガーディアン機が融解を告げる。
搭乗員パートナーはその時に叫び声は上げない。
マスターに心的ダメージを与えないよう設定されているからだ。
静かに霧散する。
「ガーディアン第二層到達!」
ガーディアンで形成された衛星は、エネルギーの盾を複合的に展開させつつ、本船は回転しながらダメージを分散させていた。
最後の層が第三層である。
彼の中で何かが弾けた。
「シャドウ、シールド維持したまま核部開放! 離脱して単騎で出ます!」
「無謀です!」
「エネルギー盾だけでは無理だ! アンカー切断! 離脱後イージス・ガード最大出力! 最大範囲!」
「危険過ぎます! プランBの維持を提案します!」
「いいから、やって!」
シャドウは真っ黒な身体にあるガラス玉のような眼で彼を見た。
「はやく!」
「ガーディアン第二層臨界」
搭乗員パートナーはその基本においてマスターを危険に晒す命令を即座には実行しない。
しかし関係性の過程でその対応には個性が別れる。
彼女はうなずいた。
「本船はレフトウイングを離脱します! ご武運を!」
エイジの代わりにシャドウが告げる。
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