STG/I:第二十六話:敵対同盟

激動の一ヶ月。

 

一週間の肉体的記憶の欠乏。

このSTG28が単なるゲームで済ますには考えられない事象。偶然にしてはタイミングが出来すぎている。

疑念は完全には払拭していなかったが、自分の身に起きた奇妙な体験の謎を解明したいという欲求と、プリンとケシャという存在が自らに行動を起こさせた。

「彼女らを一人の大人としてなんとか手助けしないと」

幸いにも失われた一週間後、これまでに無いほど体調が良かったのも明らかな後押しとなる。「健全な精神は健全な肉体に宿る」と嘗て言われ「嘘つけ、ボケが!」と思ったが、身体を完全に破壊された身からすると、「間違ってない」と言える。生きるのすらやっとなのに、他にことになぞかかずらわっている力はないのだ。

 

シューニャは初めて自ら部隊を結成する。



今まで様々なオンラインゲームをしてきたが、自ら結成したことは一度もない。面倒はご免だったし、何より生きるので手一杯で厄介ごとを自ら背負い込む余力は全くなかったからだ。
 
「竜頭巾です、よろしく」
「ミネアポリス、ププ、プリンで~す!よろシューニャン」
「・・・」
ケシャは黙って頭を下げる。
「彼女はケシャ。私はシューニャです」
「本当に俺が隊長でいいの?」
そこには嘗てドラゴンヘッズの部隊長として名を馳せた人物がいた。
「むしろ助かります。ドラゴンリーダーさん」
とにかく群れないと負ける。
それだけはハッキリしている。
 
第一の作戦。部隊の結成。
 
「ザ・嫌われ者同盟って部隊名じゃ駄目だったの?」
「プリ~ン」
この二週間でプリンは元に戻った。
大変だった。
彼女の落ち込みは想像以上で、一度は諦めかける。
だけどその落ち込みが逆に俺を本気にさせたと言っていいかもしれない。
「このまま捨て置くことは出来ない」
あそこまでいかなかったら部隊を作ろうとは思わなかったかもしれない。
毎日が生きているだけでも大変なのに。
ケシャは相変わらず他人が苦手のようだけど、顔を出すようになっただけ頑張っている。
 
いけると踏んだ。
 
ブラック・ナイトの襲来後、日本・本拠点は”猫いらず”という部隊に実質占拠されたと言っていい。彼らは自らを英雄と称し、彼らは独裁的とも言える統治をとりだす。しかもそれらは私やプリン、ケシャにとっては最悪の動き。
 
まず委員会の廃止。
 
これは仕方ない側面もある。何せ主だった搭乗員は先の戦いでほぼ失われた。
そしてスパイの徹底取締。我々の所に強制執行が入ったのもこの関係だ。特に晒し者にするには丁度いい餌食だったのだろうが、その目論見は失敗する。
それから本拠点立て直しの為に本部付部隊の圧倒的な優遇措置、権限強化、チクリ制度等、数え上げたらきりがない。悪い意味での独裁。日本・本拠点の私物化である。
 
プレイヤーも大多数が彼らを支持した。
 
これはリアルでも同じであることから容易に想像は出来た。愚かな搭乗員は彼らを救世主と信じて疑わなかったのである。何せ最後の生き残りである。彼らは”猫いらず”がブラック・ナイトを追い払ったと真に受けた。
人間の証人はいない。マザーの情報は”猫いらず”がほとんど遮断。閲覧不能になっている。それでもちょっと調べれば漏れてくる真実は少なくなかったのだが、これまでの経緯からもマザーや、その背後にいる宇宙人への不信感の深刻さが、そこに目を向けさせなかったとも言える。
傍観者達はマザーより地球人を信じたかったのだろう。最もケシャが生ける証人ではあった。それもあって彼女を血祭りに上げる必要が彼らにはあった。彼らにとって都合がいいことに彼女は以前から宇宙人のスパイとして筆頭にあげられる存在だった為、どちらの言うことが信憑性に値するかは比べるまでも無く、最後に出くわした”猫いらず”の部隊員”三毛猫のまたんご”らは当然ながら口にチャック。平然と嘘の証言をする。
プレイヤーの多くはその独裁的な詳細仕様を大して知らずに上辺だけの綺麗事を簡単に信じた。無責任のツケが回ってくることを想像すらせずに。彼らは歴史というものを知らないのだろうか。(俺も知らないけど・・・地理専攻だったし)でも、そんな俺ですらわかる。
 
大衆は美辞麗句を並べ立てた”猫いらず”の欲望というバラマキを受け入れた。
 
ここまでは完全に挽回不能の事態に思えたが、シューニャにとっては幾つかの偶発的幸運も味方をする。
 
あるニュースが頭にあった。
これまで日本の主力を誇っていたドラゴンヘッズが解体した件である。リーダーとエースパイロットは引退し、無事。しかも引退と言ってもアカウントは削除されていなかった。
それまで戦果上位の多くは彼らが占めていた。そして彼らもまた”猫いらず”にスパイ容疑をかけられ、危険があったことが幸いする。
俺が”猫いらず”の隊長なら、ありとあらゆる手を使ってでもドラゴンリーダーやヘッズの連中を懐柔させただろう。
 
第二の作戦。ドラゴンリーダーの編入。
 
マザーは過去の対話からも最大戦果ホルダーの発言から順に聞いていくことは明らかだ。
その為には戦果を集めること。最も効率がいいのは戦果の高いカリスマ性のあるプレイヤーを編入させる。ドラゴンリーダーは最高の条件を揃えている。
 
幸運は続いた。
 
ドラゴンリーダーはともかくブラックナイトは諦めていた。
何せ引退後、一度も顔を出したことがなく、あのブラックナイト戦ですら、ログインした後ですぐログアウトしている。ブラック・ナイト事件以後、最初に部隊長が顔を出した。(しかも俺が部隊を設立した日に!)
真っ先にコンタクトをとった。
挙句に、戻らないと思われたエースパイロットの竜頭巾がまさかニ週間以上も経てから戻ってきたこと。誘うまでもなく自ら部隊に入ってくれた。本来なら彼らほどの戦果フォルダーなら自ら部隊を結成し再集結するのは容易だったはずだ。
 
サラリーマン時代を経てつくづくわかったことがある。弱者は弱者同士協力しない限り、相手にされないばかりか好き勝手に利用され、翻弄されるだけということ。かといって嘗てどこにでもあった労働組合方式は機能しないことは明白だ。誰でもいいわけじゃない。
 
吸引力のあるお互いの共通テーマがいる。
 
幸いにも我々にはこれ以上ないテーマがあった。
プリンにこの構想を話した時に言った「嫌われ者」である。
本来なら俺みたいな実績の乏しい三下の提案は彼らのようなハイレベル搭乗員が受け入れるはずもなかったが、ブラックナイトの最後を見た搭乗員であること、それをドラゴンリーダーは既に知っていた、今後の為にもコンタクトをとりたかったこと、シューニャの発言に疑いを一切持たなかったこと。(恐らく色々調査済みなんだろう)
彼もまた今の日本・本拠点の惨状に焦りがあったようだ。何せ嘗ての委員会筆頭である。彼は一も二も無く「渡りに船だ!」と叫んだ。当然ながら部隊長の座は譲るつもりだった。
 
ドラゴンヘッズの名声とは凄いもので、リーダーがいるだけで彼らは慄いた。俺やプリンらを脅したヤツらの威勢は何処へやら。武力行使で連行することを防ぐことが出来る。それは想定以上の効果で、他の搭乗員らも我々の部隊の存在感を論外から一気に注目株まで引き上げる。それは公式ブログで明確に現れた。同時に我々の正当性に小さからぬ関心を持ち始めた点も大きい。それはとても小さな反応のようで、長いスパンで見た際に必ずしも小さからぬ影響を与えると踏んだ。
 
隊長は大した行動力で、それまで余っていた戦果を大盤振る舞い、部隊部屋から直接出撃出来るようにしたり、一気に住みやすい環境を提供してくれる。私は何も出来ない恥ずかしさ、無力感に少し苛まれたが、無い袖は振れないと自得する。
 
想定外の効果も出た。
 
俺はホムスビはロストした為に新たなSTGを購入する必要があり、レベル0からスタートという悪夢。最も、ケシャの操るワンダーランドとプリンのミネソタ以外は全員同じだから竜さんやリーダーは俺どころの騒ぎじゃない。にも関わらず、二人はケロっとして、こう言った。
「新鮮だな~。レベル六なんか直ぐだよ。さすがに八や九は少しかかるけど」
 
「格好いいわ~」
この二人の存在は部隊の空気を明らかに上げる。
少なからず俺は暗澹たる気持ちで今後のプランを自分なりにねっていたが、彼らのお陰で相当気分が楽になったばかりか、新しい船出に期待感しか感じなくなっている。まるで自分が海賊でにもなったかのような自由さ。俺がもし、レベル八とか九までやり直しとなったら、その時点で速攻アカウントを消すだろう。雰囲気は伝染する。今後、この部隊をいい方向へ導くことは明らかであり、それは何よりも大切に思えた。
隊長や後に参加した竜さんも口はあんんまりよろしくないが人間性は理解出来る。根の良さが伺える。前を知らないから俺はわからなかったが、隊長曰く「タッチャンお前変わったな~。リアルで女でも作ったか?」だそうな。
確かに彼に関しては印象に残っている。パイロットカードの彼の顔は「拒否」そのものだった。今は何か大切なものが出来たというか。誤解されやすい部分もあっただろう。考えてみると俺みたいなエンジョイ勢が一番嫌いなんじゃないかと思ったが、彼らは全く気にしていないようだった。人間とはわからないものである。
 
当初、ケシャは難問だった。
 
彼女が味方を機雷で撃破したことは揺るぎのない事実で、それは凡そ許されざる者と言える。ただ、今となっては彼女は本当に悪気はないとわかる。だがそれは俺の理解の範疇でしかなく、彼らが受け入れるかどうかは大いに疑問がある。ケシャを理由に反故にされる可能性は頭にあったが、彼女を退いては考えられなかった。
 
取らぬ狸の皮算用とはよく言ったものだ。
 
良くも悪くも隠れた有名人だったようだが、二人は「君がそういうなら彼女は任せるよ」と細かいことを言う前に納得してれた。これは感動ものである。
リーダーは率直な人で、何せ最初に交渉を投げかけ部隊ルームで待ち合わせた折、俺を舐め回すように見た後の第一声が「オッパイでかいな~」である。俺が女なら「なんだコイツ!」と思うことは容易に想像出来たろうに。「あ、ごめん」である。コイツ・・・モテるな。
 
ドラゴンリーダーを隊長に変更し、部隊「ブラック・ナイト」は始動する。
 
部隊名は俺がつけた。
本来なら我々にとっての大敵を部隊名につけるなんて以ての外と思いそうなものだが、どうしてか、「これにしよう」と浮かび、優柔不断な自分が即決する。つけた後は正直「まずった」とも思ったが。(何せこの名前では誰も集まらないだろう)それを隊長にも言ったが「どうせ誰も来ないから丁度いいよ」である。最もな話だけど、それを言えるというのが流石である。
 
最初にドラゴンリーダーを誘い、彼が嘗ての部隊員やフレンドに声をかけている最中、俺はパートナーから情報を可能な限り引き出し戦略を練る。マイルームから一歩も出ず、一日に一度はギルドルームで話し合った。
ドラゴンリーダーに後日、「入隊は何が決めてだった?」と聞くと。
「部隊名かな」と彼は答えた。
さすがの強神経。
敢えて喧嘩を売りに行くスタイルが気に入ったそうだ。
そういうタイプなんだろう。脳筋で無いのは直ぐにわかる。たまたま竜さんのSTG名がブラックドラゴンという名前だったというのも良かったらしい。
なるほどリーダーに相応しい。
他人に説明する材料になるからだそうだ。その言い分を聞いて、彼は明らかな社会人であり、しかも何らかの責任的立場にある人間だとわかった。小さな企業の社長をやっている可能性もある。
曰く「ブラックナイトとはつまり、タッチャンのこと。で、いいだろ」なるほどである。この時点で嘗てのエースパイロットである竜頭巾は必ず連れてくると断言していた。リアルを知らないのにこの自信。羨ましい。こうして名前の由来なんぞ幾らでも誤魔化されていく。
実際問題ブラックユーモアーを言いながら、ちゃんと言い訳を用意する必要が現実社会には往々にしてある。それがブラック過ぎないように、嫌味過ぎないようにユーモアや正当な理由を用意してやる必要がある。外交というのは実に恐ろしい。笑顔で腹の探り合い。カードの切り合い。相手にいかにいいカードを出させるか。短期的、長期的な視野にたった攻防がある。彼は単純そうな笑顔でそうした探り合いが出来るようだ。
 
第三の作戦は、隊長が入隊した時点で完了したと言っていい。
 
元ドラゴンヘッズ隊員を始めとした高戦果フォルダーのリクルート。
 
社会に出て人脈というのは本当に大切だったと思ったが、人脈を維持するには並大抵のことではない。ある種の才能がどうしても必要になる。俺はその才能が無かった。これもサラリーマン時代に痛感する。
隊長は入隊後直ぐに嘗てのメンバーやフレンドに招集をかけ、復帰可能な者にはリアルで電話をかけ、シューニャ、プリン、ケシャ、ドラゴンリーダーに加え五名のベテラン勢を直ぐに集めた。俺には声をかける相手もいないから、こうはいかない。
同時にこれはブラック・ナイト戦の後だったからこその危機感だったと後で思った。参加した五名が口々に「死ということを初めて真剣に考えた」と言った。五名のうち三名は先の作戦でも野良で参加し、我々を”猫いらず”の部隊が襲うのを見ていたようだ。二名は引退・放置組で、”総員出撃司令”を知りログインするもSTGが出撃済で何も出来ずにホログラムモニターで見ていたという。
 
かくして九名の侍が僅か数日で揃うことになる。
 
ビジネスでもそうだが、いざ決まったとなると速度をもって行動出来るかどうかはプロジェクトの成否にかかっている。今回もまさにそうだった。一気に九名のベテランが勢揃いし(俺は除くが)、いっぱしの人数になったことで中央集権体制を整えようとしていた”猫いらず”に冷水を浴びせることに成功。彼らが治安部隊を連れ、強制捜査に乗り出した時には、既に我々は押しも押されもせぬ第一戦果ホルダーの部隊とのし上がっていた。
 
��俺の場違い感が凄いが・・・)
 
”猫いらず”はマザーに掛け合ってペナルティを設定したり我々の行動に制限をかけようとしたようが、委員会が解体された今となっては彼らは日本・本拠点の総意とは認められず、しかも過去の戦果で我が部隊が上回った為、こう言い返されたようだ。
 
「個別案件には応えられません」
 
日本は今まさに、個々が、個々の部隊が自らの戦果を投入し宇宙人と折衝するしか無くなったのである。こうなると全体のルールを弄ることは不可能だろう。同時にそれは全てのプレイヤーに可能性があることを示した。急速に力をつけた”猫いらず”に”ブラックナイト”の登場は大衆に辛うじて急ブレーキを踏ませることが出来たろうか。
 
これらは作戦の内だったが半年程度かけて達成する目算だった。戦果を第一党と呼べる状態にし、事実上の支配部隊の権力を与奪する。これは戦後直後だからこそ可能でもあった。問題は彼自身に集めるだけのカリスマ性が無かった為、ドラゴンリーダーを仲間に引き入れられるかどうかでほぼ決まる。
 
日本人はそもそも古来より百姓一族なんだから、お上はお上として置いておいて、個々のコミュニティが充実し、勝手にやるのには向いているのではないか、と隊長に提案した。ドラゴンリーダーは委員会方式を立て直した目算があったようだ。委員会方式が硬直するのはどこも同じであるし仕事人時代にそれは嫌というほど経験した。
あれは誰もが満足をしない。挙句に誰も責任をとらない。様々な業種から自由な発想を得られるどころか、いかにして自らの利益を最大限確保し、相手に責任をなすりつけるかの応酬である。味方ではなく内部の敵なのだ。うまく道理がないことが頭にあった。彼は納得する。逆にこう問われる。
「烏合の衆もいいけど、いざという時はどうする?何をもって焚き付けるんだ。強制しても動かないような連中だぞ」
さすがの質問である。
俺は「統率には偶像があればいいんじゃないかな」と言った。
これは兼ねてより頭にあった。
「偶像?ゆるキャラ的な?そんなのあったか?」
幸いなことに日本には最高の偶像がいる。
 
「サイトウさんです」
 
彼の反応は見るまでもないものだ。
嫌いだということは直ぐにわかった。しかも相当なもの。
優れたリーダーかどうかは好き嫌いと対峙した時にわかる。
”君子豹変す”
この言葉にあるように、間違いを理解した瞬間に百八十度の舵すらきれるかどうか。
最も、言っている俺が舵をきれないのだが。
彼は想像以上のリーダーだった。
「いたな。・・・決まりだ!」
個人の信条としては「嫌い」なのは明白な反応だったが彼はその有益性を即座に認め、判断した。
 
これは単なる偶然だったのだが、この十名の戦果が充分でなかった場合は、こうも上手くいかなかっただろう。マザー達は戦果をとにかく重視する。戦果ある所に権力ありと言えばいいか。それは非常に分かりやすかった。とにかく元ドラゴンヘッズの築き上げた戦果の偉大さたるや想像以上。
 
想定外もある。
 
十一人目にあのサイトウをメンバーにするという件。
それは竜さんの発案。
リーダーは文句たらたらだったが、彼の意を決した気勢に圧されたか、承諾する。
ファンクラブにいたプリンが反対するはずもなく、興味のないケシャも同様だった。リーダーの誘いで入った五人は賛否あったが、竜さんの一声が決定打となる。
 
「今は好き嫌いで選り好みしている場合?」
 
その通りだった。
サイトウがいれば鬼に金棒である。
仮メンバーとして申請しておく。驚いたことに命とも言える管理者権限を竜頭巾に彼は預けていた。その為にサイトウさんがログインすればその時点で成立となる。益々もって二人の関係が気になる。リアルフレンドなんだろうか?
「僕の頼みなら絶対断らない」
竜さんは相当な思いを込め言ったように思う。俺が女なら確実に濡れただろう。
あの伝説のプレイヤーと、どういう関係なのか興味は尽きない。プリンは嬉ションしそうに舞い上がっているし。
目で(モジモジすんな)と言ったが、珍しく通じたようだ。
 
「俺達で、日本を、いや地球を守ろう!誰の為でも無い。自分たちの為に。いくぞ!」
 
リーダーの力強い演説と共に、ほとんど放置状態に近かったアラートへ初出撃。

コメント