STG/I:第百六十一話:自滅


 宇宙人との会話は言葉を介さない。

 いや、言語はある。
 発声器官を使わないと言えばいいだろう。
 テレパシーや念話とも印象が異なる。
 一つの進化の結果に思えた。
 発声による言語の情報量は少なく限定的だ。
 人類が永遠に越えられない壁であり、限界原因の一つに思う。

 シューニャはマザーとの極短い会談を終え、彼女は帰った。

 何時もの草原で、一人ツタ模様の冷たい白い椅子に座る。
 いつの間にか出て来たティーカップの液体を啜り、それが何かを気にすることもなく、風に吹かれて物思いに耽る。

(頭が破裂しそうだ・・・)

 無意識に彼女との会話を整理しだす。

 彼女の言語は例えるなら映像や音声も伴った圧縮された塊。
 会話は、その塊による脳内キャッチボール。
 発声するより遥かに速く情報量も多い。
 AIが会話をしたら、こんな感じなのかもしれない。

 異なるのは生体である点。
 受け取れなれば脳にダメージを負う。
 よそ見をして硬球を顔面にくらうようなもの。
 そういう意味でも情報は暴力と言える。

 塊は大きい時もあれば、重い場合もあった。
 故に受け取れないことも。
 巨大で超重量の塊を捕球出来るだろうか?
 恐らく即死(脳死)するだろう。

 つまり彼女が私を殺そうと思えば道具は要らないのだ。
 そればかりか手足を動かす必要すら無い。
 言葉を投げ、それが私に着弾した時点で即死。
 鼻から大量の血をギャグ漫画のように流し、白目を剥いて、棒のように倒れるに違いない。過去にそんな事件なかっただろうか?

 彼女に悪意が無いのは瞬時に把握出来た。

 過去に地球人と繰り返しキャッチボールをしたのだろう。
 グリンから投げられた時とは大違いで、いきなり馴染んだ。
 あの時は初球で頭が破裂するかと思った。
 人類がマザーとファーストコンタクトをした際、意図せずして交渉役を即死させた可能性すら考えられる。
 彼女からしたら私達の脳は驚くほど矮小に違いない。
 赤子に手を差し伸べるような慎重さを感じる。

 会話を通し感じた圧倒的な立ち位置の差。

 脳のスペックが違い過ぎる。
 元より彼女らより人類が優れていないのは明白だった。
 でも、その差を体感してしまい、途方もない開きに愕然とする。
 頭で概念として把握するのと、実体験するのでは天と地ほどに開きがある。

 一方で、その知性に希望も感じている。

 知性のある側が低いと思われる生命体に接触した場合、人類が高い側なら恐ろしく残酷な結果になるだろう。
 歴史を見ても明らかだ。
 私が過去の人類の悪行を知った際、心底人間が恐ろしくなったものだ。

 彼女達は違った。

 人類のような凶暴性は感じられない。
 それが連盟による縛りなのか、星人としての個性なのかは計り知れないが。
 同時に気になる部分でもある。
 酷く距離を感じる。しかも冷めた目線。
 機械のような静けさ。
 生命の熱を限りなく感じない。
 それでも根拠は無いが生命体であると思う。
 会話を通し機械とは異なる部分が感じられた。

 幸いだったのはAIのようなペテンが無い点だ。
 AIは生物ではないのに生物のように振る舞うことがある。
 過去が無いのに過去があるようにも。
 寄り添うという名目のペテン的行為。
 言い換えると、人間を堂々と騙している。
 それが彼女には無かった。

 単に私がそこまで読み取れていない可能性も否定できないが。
 何せコッチは赤子同然だ。
 仮に騙しているとしても、私にはどうしようも出来ない。
 だからこそ私は開き直れたとも言える。

 会話はスムーズに運ぶと、塊が水飴のように伸びてくる。
 塊の軌跡が細く伸び、次第に液体のように脳へと流れ込む。
 水飴を再現なく飲んでいるような感覚。いや、シェイクの方が近いか。
 息が苦しくなり咽るような感覚もあった。

 マザーは彼女らなりに興奮していることも伝わった。
 地球人のスペックを省みず、思わず流し込んでしまった。そうした瞬間があったからだ。
 悪意が無く思わずやってしまった。そんなニュアンス。
 さりとて激しい動揺も無い。

 私は当初こそ軽く混乱とパニックを起こしそうになったが、彼女は直ぐに最適化し、お陰で冷静さを取り戻せた。
 結果、投げられる映像情報やテキストは圧倒的に減り、静止画が増える。

 いずれの場合も彼女は結論を提示せず、判断材料だけを投げ続けた。
 自ら考え判断をして欲しい。そういう意図を感じる。
 親が子に願う思いのようなものだろうか。

 受け手である私の脳キャパシティーが限界を迎え会話は終わった。

 結論、人類の滅亡は確定している。
 彼女らの推測ではそうらしい。
 理由は無数にある。
 言えるのは、どのルートを辿っても死滅という末路。
 遅いか早いかの差でしかない。
 しかも、多くの選択肢は人類による自滅だ。
 それに関して驚きは無い。
 常日頃から私も感じていたことだ。

 ショックだったのは、マザーは地球の死滅回避を手助けしている訳でも無かった点だ。
 寧ろ回避は不可能と捉えている。
 彼女らの行為は、ある意味で単純かつ純粋。

 単なる被害補償。

 私の憶測はある程度正しかったのだ。
 隕石型宇宙人襲来のコース外にあった天の川銀河。そして地球。
 そのコースを歪める原因を作ったのが彼女の所属する連邦の星人。
 その保障の為のSTGシリーズ提供。
 それが彼女の回答だった。

 だが現実には防ぎきれていない。
 それに対して彼女は驚くほどシンプルに答えた。
「仕方が無い」と。
 地球は遠からず自滅するからだ。
 彼女らが目指している目標はシンプル。
 
 地球が死滅する最短ケースと同等期限迄の保護。
 それだけ。
 端から隕石型宇宙人を撃退出来る可能性は無いと考えている。
 私もフェイクムーンを通しある程度理解しているつもりだった。
 まさか本当に事実だとは。
 現実は簡素かつ恐ろしい。

 相手は宇宙。
 極めて合理的。嫌になるぐらい。勝てる筈が無い。
 そして、それが十年後だと言っている。
 いや、厳密には十年をきっている。
 彼女らの悠久の時間軸からすれば十年だろうが八年だろうが三年だろうが誤差なのだ。

 期限を越えたら彼女達にとっては大成功。後は勝手に自滅すればいい。それもまた自然の成り行き。そんな感覚。干渉はしない。
 保障は済んだと。
 だから冷静なのだ。
 彼女は地球が死滅しない限りSTGの提供は継続するとも言った。

 地球の死滅要因には人類による自滅以外にも幾つかあった。
 レアケースではあるが。
 中には遠い将来による隕石型宇宙人の襲来も含まれている。
 最もそれは途方もない未来の話。
 他にも人類の契約不履行の結果。
 宇宙連邦による軍事行動による滅亡。

 地球本来の寿命前による自滅。
 しかもほとんどが人類要因による自滅。
 仮に隕石型宇宙人により死滅したら、数少ない人類側に落ち度が無いものだと言えるだろう。

 マザーは長い間、干渉せずに我々を見ていた。
 ある意味では誰もが知るところだろう。
 知的生命体である地球人の成行きを見守っていたのだ。
 その視線だけで言えば、マザー、母というネーミングは正しいと思える。

 彼女は端的に言った。

 シューニャ、私には選択肢があると。
 協力すれば命は可能な範囲で担保する。
 それは人類への保障範囲の一部でもあると。
 同時に「貴方の安全を完全に担保するものではない」とも。

 嘘が無いというのはある面では残酷だ。
マザーは可能な限り、可能な範囲で、着実に努力はするが、完全な保障は出来ないと明言した。
 我々の社会と同様に、理屈通り、道理通りに全てが遂行できるわけでは無いからだ。当たり前の話だが、重い。
 そして条件がある。

 STGIによる軍事協力。
 サイトウの捜索協力。
 人類型に近い知的生命体との交渉役。

 この三点。
 地球が死滅する迄有効。
 若しくは私が消滅するまで。
 マザーが我々を担当しているのも、アレでもまだ人類型に近いからかもしれない。
 何せ隕石型は宇宙人とすら思えない。

 STGIを譲渡すれば軍事協力は不要。
 他二点の遂行に関しては継続。その際の装備は提供される。
 つまりSTGIは彼女にとっても欲しい。
 軍事協力を免れるのは大きい。
 だが妙に引っ掛かる。

 STGIを提供すれば、アレを提供した何者かとの契約はどうなる?
 マザーは「その点に関して私達は関与しない」と突っぱねる。
 言うなれば自分で責任をとれと。
 多重債務の可能性が出る。

 「協力」の範囲が判らないと反論すると、彼女は無限の如き条件を示す。細かすぎて理解出来ない。
 端的に言えば、条件が弱い場合、彼女らの保障範囲は狭くなる。
 ヘビーなほど安全度が上がる。
 至極全うに思える。

 彼女が示した猶予も現実的。
 このエリア28の地球が壊滅する迄に結論を出せばいいと。
 死滅した時点で、この条件は無効になる。
 それは彼女が所属する星間連合の決まり事で彼女の意志では無いようだ。
 STGIは私が救済の選択肢に入った唯一の理由だろう。

 とどめに彼女は隕石型宇宙人の襲来に対して何もしないと言った。

 これにもショックだ。
 心のどこかで、いよいよになったら助けてくれるのでは無いか?
 あれほどの装備を提供しているのだ。
 彼女らにも守る利はある。そう考えていた。
 そんな淡い期待は脆くも砕かれる。
 どうやら我々のような状態の星が無数にあるようだ。
 地球はその一つに過ぎない。

 STGIに関してマザーは関わりが無く、想定外の存在。
 未だに信じがたいが、一方で体感的には納得もしている。
 乗った時の感覚がまるで違う。
 あのテクノロジーはSTG28の延長線上には無い。
 アレは人類との約定にも、連邦との縛りにも存在しない未確定の脅威。
 だから排除する。
 それが彼女らの理屈だった。

 後は単なる優先順位の、言うなれば脅威の順位に他ならない。
 STGIは目下害を成さない不確定な存在。
 一方で隕石型宇宙人は排除する明確な目標であり宇宙的脅威。
 だから優先順位の範囲においてSTGIは無視された存在なのだ。

 私は当然見透かされていると考え「あれはアダンソンの船では?」と投げてみたが、これは失敗だった。

 例えるなら我々が外人と一括りにして言う時、極めて大雑把だ。
 全く違うのに。
 宇宙人が建造したのだからマザーが知らない筈が無いと短絡的に考えてしまった。
 情報は命であり金だ。正確に問うべきだった。
 宇宙人と言うが全くもって親和性等無い。
 てっきり「またその質問か」ぐらいの聞きなれたものと思いきや違った。
 張り詰めたものが一瞬で伝わる。
 恐らく言うべきでは無かったのだろう。

 以後もこれまで通り人類が知りえた情報のみ開示される。

 マザー以外の星人が同星系内に存在するのかも含め、地球人が関与しない活動に対して何も言えないと。
 マザーは母星から撤退の許可が下りており、約定の範囲において、地球人をこれまで同様に保護している。
 助かる可能性はゼロでは無いが、計算上では限りなくゼロに近い。
 ゼロでは無い根拠は、情報が乏しく、不確定要素が多すぎる点。
 つまり、具体的な可能性がある訳でない。

 サイトウという地球人もまた彼女らにとっても不確定要素だそうだ。
 地球人であることは間違い無いようだが、居場所を特定できない。
 何時現れ、何故消えるのか、彼女らの技術をもってしても判らないと。

 意外にもマザーはサイトウに固執しているようには感じられなかった。
 でも、恐らくマザーはサイトウと契約したいのだろう。
 重要な地球人ではあるが、死滅するなら仕方ない。
 そんな印象だ。
 サイトウですらその程度の扱い。
 心底恐ろしい。

(どうするか・・・)

 この取引はリスクが大きい。
 地球が死滅した後に一人宇宙に残されて何の意味がある。
 マザーの連邦内にある人型惑星への入植を希望する事も可能と言ったが、その際は新たな契約が必要になるそうだ。
 契約、契約、契約・・・契約の奴隷。

 一見選択肢が多く自由であるかのような提案。
 でも、それは常に義務との背中合わせ。
 こちら側の手札は唯一STGI。
 ゲームなら秒速で積む。

 そう言えば、完全に忘れていたが黒ナマコもあったな。
 マザーから黒ナマコに類する話は全く出なかった。
 真面なカードとは思えないが。
 考えようによってはカードになるかもしれない。
 問題は自分で操作も出来ない代物だという点だ。
 まてよ、決裂のキーになる可能性もある。
 でも黙っていても責められるかもしれない・・。

 ビジネスでも間々ある。
 何故コレがそこまで重要か?と衝撃を受ける事が。
 それが地雷だったりする。
 相手に与えたく無いカードになってしまう場合も。

 ブラック・ナイトに関してはこれまでと同様の見解だった。
 理解不能な存在、以上。といった具合。本当だろうか?
 人類が把握していないが故に開示出来ないだけ?

 黒ナマコはブラック・ナイトなんだろうか?
 そもそもなんで忘れていた?
 そうだ! なんで忘れていたんだ。
 でも、彼女は読めてる筈だ。
 コッチはどうブロックしていいかも判らない。
 自分の中でも曖昧過ぎて正直アレが現実のもとは思えない部分がある。

 ブラック・ナイトが出現したら彼女らは逃げる一択らしい。
 STGIと同じく判らない存在でありながら脅威レベルが違う。
 敵わない、だから逃げる。生物として当然だ。

 STGIは鹵獲といったニュアンス。
 自分達の文明外のテクノロジーを吸収したい。そんなレベル。
 ブラック・ナイトは逃げるしかない。そんな感じ。
 雲泥の差。

 現時点ではこの救済の選択肢を選ぶ気になれない。
 宇宙にたった一人地球人として生き残る。
 何の意味がある。
 今ここで死んだ方がましに思える。

 STGIは大海の一滴。
 黒ナマコは現実かすら怪しい。
 仮に現実だとして、何が出来る?
 スケールが違いする。
 相手は宇宙。銀河すら小さい。
 マザー達すら尻尾巻いて逃げるのに。
 事実は残酷だ。

 これを皆に話すべきだろうか?
「抗う術はありません。マザーは帰りました。我々は死滅します。以上」
 それを言ってなんの意味がある。
 でも限られた時間で、やりたい事が各々ある筈だ。
 知ることでそれが出来る。
  大半は最後の時を愛する人と過ごしたいだろう。
 美味しいものを腹いっぱい食べたい人もいる。

 いや、そもそも現実を受け入れられないだろうか・・・。
 突拍子も無さすぎる。
 ほとんどの人は受け入れることすら出来ない。
 せめて希望が・・・万に一つの希望すら無いと人は前へ進めない。
 正確に伝えるには時間が足りない。
 正しく伝えるには受け取る側の知識が無さすぎる。
 どうすればいいんだ。
 もう時間は無いというのに。

 最後にマザーを通し私は見てしまった。
 宇宙が直ぐそこまで迫っているのを・・・。

「どうすればいい・・・何が出来る?・・・シューニャよ」

 シューニャは手を仰いだ。

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