STG/I:第九十三話:分断


「アクティブ・ソナー再開。被害状況を各自確認して下さい。しばし停船しますので修復優先で。ナユタ、チャージ停止願います。五十%以上は各船に返却。推力停止。フォーメーションを元へ。それとリアルの方も今のうちに。トイレや汚れ、食事等・・・。早く戻って来てくれれば・・・嬉しいです」
 各セクションから返事が返ってくる。
 その声には混乱の中に力強さが感じられた。
 エイジは自分の吐瀉物がズボンにかかっているのを見て顔をしかめる。
 幸いほとんど食事はしていない。
「エイジ『嬉しい』は余計だ。『四十秒で支度しな!』で良いんだよ」
「すいません」
「それはともかく、どう思う? アイツは何処行った? 幻覚なのか?」
「わかりません。幻覚とは思えませんが・・・」
「だよな。ところでお前は随分と冷静だったな。何か心当たりがあったとか?」
「心当たり? まさかです」
「その割には手際良いじゃねえか」
「・・・怒られるかもしれませんが、本能です」
「本能ねぇ」
「例えば!・・・熊から逃げるような感じと言えばいいか」
「くま?」
「動物の本能で考えたんです。完全に白旗を上げて全力で逃げれば相手は勢いよく追って来て想像以上に凄惨なことになりがちです。逆に勝つ見込みも無いのに強く出れば相手に攻撃するキッカケを与えるようなものです。自らは間合いを詰めず、さりとてスキも見せず、イザとなったら覚悟する構えであることは知らしめ圧力を与え、逃げる機会を伺う。そんな感じでしょうか・・・一か八かの賭けです」
「それで逃げられるのか?」
「・・・偶然だと思います。最悪の事態における可能性の一つに過ぎません・・・ごめんなさい」
「いや・・・お前、よくやったよ。それに物知りなんだな」
「いえ・・・」
 厳密には違う。
 本能としか言いようがない。
 今までの体験から来るもの。
 その経験は言いたくなかった。
 運動能力に優れた相手に背中を見せれば単純に追いつかれ、余計にボコボコにされる。
 しかも走ったことで相手はより興奮し、当人すら思いも掛けない事態に発展する。
 憤りに任せて相手を煽れば、攻撃する機会を早め、理不尽な怨恨も一方的に深まる。
 即座には逃げず、対立せず、しかしイザとなったらの構えを見せ、相手が冷静になるのを待ちつつ、一方で逃げる機会を伺う。その状態であれば、仮に追いつかれ少々掴まれて殴られても、被害はまだ最小限に留められる。彼はそういう生活をしている。
「これならマザーも文句ねーだろ。逃げる言うた時は驚いたけどよ」
「すいません・・・。まずは今のうちに機能の回復を優先しましょう」
「おし。にしても、あの音だけはもう勘弁だな。今回は吐かずに済んだが・・・」
「私・・・吐きました」
「おま! さっさと着替えてこい」
「良いですか? あ、そうだ、ミリオタさん救護艇出しておいて下さい」
「わーった。ちと、俺も後でトイレ行かせてくれや」
「あ、じゃお先にどうぞ。私の方が時間かかりそうなので」
「そっか、すまね! 速攻でやってくる」
「出してら~」
「おま。出してらって、ふふ、おう! 悪いな隊長さんよ!」
「やめて下さいよ。隊長はシューニャさんです」
「なら、隊長代理! 行ってくら」
 ミリオタは笑いながら後にした。
「エイジ」
 モニターにケシャが顔を出す。
「あ、今のうちに行って下さい」
 神妙な顔でケシャは言った。
「いい子、いい子・・・」
 モニター越しに頭を撫ぜる動きをする。
 訳知り顔。
「ケシャさん・・・」
「お花摘んでくる」
「え?・・・ええ、沢山摘んできて下さい」
 ケシャは吹き出した。
 笑顔を見せるとモニターから消える。
 大きく深呼吸するエイジ。
 両手が震えてくる。
(シューニャさん・・・やりました・・・僕・・・)
「生きてて・・・良かった・・・」
 破顔すると、両目から大粒の涙が一つ流れた。

*
 マンションの一室。
 中年の男性が倒れている。
 地球でのシューニャの肉体だ。
 パカっと目を開ける。
 目を前後左右に動かす。
 横倒しのまま無理やりといった風情で上半身を起こした。
 腹部を見つめると、手で振れる。
 腹筋が引きつっていた。
 運動不足に加え無理に動かしたからだろう。
 まるで痛みを感じていないかのように表情が無い。
 上半身を動かさず足の力だけで立ち上がろうとした。
 上手に立てない。
 ガタガタと足が震え、まるで生まれたての子鹿。
 手はだらりとしている。
 力のコントロールが上手く出来ないようだ。
一度はソファーに頭突きをするも、何度目かのトライで立ち上がった。
 彼はゆっくりと辺りを見回すと、パソコンラックに目を止めた。
 デスクトップPCとモニター。椅子は倒れ、ズレ落ちたのが伺える。
 ラックからマウスがぶら下がっていた。
 今しがた倒れたというより、倒れて暫く経つよう。
 モニターには”STG28”のゲーム画面が映っている。
 星々が煌めくコックピット。全天球型ドームの中のよう。
 STGIにいるシューニャの手足が見える。
 ブラリと力なく垂れ下がっている。
 立ち姿が安定すると、手を眺め、足を見た。
 顔をペタペタと触る。
 ラックの横にあるサイドテーブルに視線を落とす。
 スマートフォンの着信ランプ。
 ヨタヨタと歩き出す。
 姿見に自分がうつった。
 後ずさりし、自分を見る。
 また顔を触った。
 そして腕をクロス。
 胸、腹、太ももと弄る。
 顔をまじまじと。
 口を大きく動かした。
 口と頬肉を意味もなく上下させる。
「うあー、うわー、ぶあー」
 赤子のような声を出す。
 スマホのヴァイブレーション。
 シューニャはスマホを手に取ると画面を凝視。
 まだ口を動かしている。
 留守電になった。
「サイキだ。シューニャどうした? 寝てるのか? それともメシか? 風呂か? 女とやってるのか? それとも・・・まだ怒っているのか。言っとくが俺はシツコイからな。諦めて折返し連絡をくれ。何事も無いならいい。この前みたいにショートメールでも、SNSでも、なんでもいい。連絡くれ。合言葉を添えてな。でないと押しかけるからな。俺と関わったのは運の尽きと思ってくれ。・・・いつも地球を守ってくれてありがとう。じゃあな、また・・」
 録音終了の音が鳴る。
 スマホを見つめているシューニャ。
「サーイ・キ」
 喋った。
「サイーキー、だ。シュー、ニャ、どした? シュー、ニャ、シュー、ニャ。私、シューニャ?・・・ココ、ちきゅう?」

*
停船一時間後。
「遭難船確保!」
「識別信号から・・・イシグロ大連隊長のSTGと判明!」
 レフトウイング艦内から歓声が上がる。
 エイジは大きく深呼吸した。
「ようやく肩の荷が下りるぅ」
「良かったね。ヨシ、ヨシ」
「生きてたのかよ・・・全くな、短い天下だったなエイジ」
「いえいえ喜んで譲りますよ~」
 その声は晴れ晴れとしている。
 イシグロのSTG28をフォーメーションに加え、
 レフトウイングは新たな体制を整えた。
「簡単に説明すると以上です」
 エイジはイシグロに経緯を説明。
「よくやった。ではこれからブラック・ナイトを追撃する」
 皆が耳を疑った。
「え、ですから ブラック・ナイト は既に去りました」
「だから追撃する」
 ミリオタは柔和な顔から一転しかめっ面。
「だからさ・・・ブラックナイト隊副隊長のミリ・・飯田です。だからですね ブラック・ナイト は追い払ったんです。我々・が!」
 彼の代わりに割って入った。
「それはともかく検証する必要がある」
 その時、多くの隊員に寒気が走った。
「大連隊長、今は遭難者の救護の方が優先では?」
 別な部隊長から声が上がった。
「いや、我が隊は ブラック・ナイト を追撃。引き続き効果測定を行う」
「我が隊?・・・ふざけんなよ・・・」
 ミリオタがキレそうだ。
 彼の声を皮切りに多くの部隊から一斉に不満の声を上げる。
 イシグロは目をつぶると顔色を変えずに言った。
「上位三部隊以外の発言を遮断。その隊長のみ発言権を与える」
「畏まりました」
 彼のSTG本船コンピューターが応える。
 STG本船の司令は直ちに各船のパートナーに伝えられシームレスに実行。
 彼のコックピットは静まり返った。
「・・・アレは倒せません」
 エイジ。
「マザーから迎撃指示は撤回されていない」
「ですが・・・」
「至急検証したい事がある」
「大連隊長がそうであったように、遭難されている搭乗員の救出を優先すべきです」
 他の隊長からも声が上がった。
「全員ログアウトしているか本拠点へ帰還しているだろう」
「マザーとは音信不通になってます。どうやって確認したんですか?」
「そのように指示した」
「大連隊長・・・お言葉ですが今はエイジ隊長の申し上げる通り体制を整えるのが先ではありませんか?」
 イシグロは一旦目を閉じ、再び見開くと言った。
「丁寧に説明が必要そうだな・・・」
 この通信を聞いている大多数の人間が一瞬安堵する。
「では、フォーメーションを偵察優先に組み換え ブラック・ナイト の索敵を開始する」
「ちょっと待って下さい!」
「見敵後フォーメーションを迎撃モードに切り替え。ナユタ発射体制までチャージ」
「どうしてそうなるんですか・・・」
「完了後、私の指示を待って発射。各機出力調整、中央コントロールに出力九十八%を提供。以上」
「・・・そんな、なんで・・・」
「議論は出尽くした。フォーメーション完了次第、レフトウイングは出撃。皆の理解には感謝する」
「イシグロさん! あんたなぁ!」
「出尽くしてません! 大連隊長! 無謀過ぎます!」
「なんで・・・どうして・・・」
「以後、ミッション遂行を優先し私用会話を全て遮断。ワードセレクトでの回答のみを受け付ける」
「畏まりました」
 音声が途絶えた。
 各部隊の隊長のモニターには「本作戦に賛同するか否か」と出た。
 「YES」か「NO」の選択肢。
 他の部隊長も見えているが選択は出来ない。
 部隊員は何が起きているのか全くわからない状態。
 部隊によっては逐一部隊長が報告している。
 集計結果 YES=一票、NO=三票 と出た。
 一部で歓声が湧いた。
 だが、次の瞬間。
「可決」と表示。
 艦内で一斉にブーイングが起きる。
「大連隊長の持ち票は部隊長の五票に相当する為、賛成多数につき可決されました」
 大連隊長のSTG本船コンピューターが回答。
 多くの搭乗員がそのようなルールがあることすら知らなかった。
 大連隊長は五票、連隊長は三票、隊長は一票である。
「皆の理解には感謝する」
 イシグロは言った。
 未曾有の騒ぎが艦内で巻き起こるが、双方の通信は遮断されている。
 イシグロ大連隊長には届かない。
 艦内の騒ぎに対し彼のコックピット内は静かだった。
「フォーメーション完了」
 本船コンピューターが告げる。
「レフトウイング、ブラック・ナイト迎撃へ向け発進」
 青い炎を纏い、多くの者が望まないまま迎撃へ向かった。

*
「緊急警報発令」
 静まり返った日本・本拠点に警報が響き渡る。
「緊急警報発令。未確認生物が警戒宙域にて補足されました。至急出撃して下さい」
 答えられる者は誰もいない。
 待機していた筈の本部委員会はセントラルコアの爆発の後、即刻ログアウト。
 臆病風に吹かれたのだろうか。
 爆発の生き残りはまだ戻って来ていない。
 出撃中の多くの者は遭難状態から帰還しようと悪戦苦闘中だった。
 自ら手塩に育てたSTG28を、好きなアバターで飾り付けたパートナーを、みすみす失うわけにはいかなかった。一部の幸運なプレイヤーは他国のテリトリーに漂着し、救助されようとしてる。
 ロビーにある出撃モニターには出撃可能機体がゼロであることが示されている。
 既に出撃済か、修理中、メンテナンス中、建造中のいずれかを意味する。
 実質、今この時点で本拠点にいるプレイヤーは何もすることが出来なかった。
 自らのSTG28は出撃済。
 加えて本部委員会メンバーでも無い。
 防衛システムは本部委員会の関係者が許可を出すことで動かすことが出来る。
 優先順に指揮系統は下るが、下る限界もあり、既にその限界を下回っていた。
 それはそれで緊急対策だった。
 モニターに対象物の映像が出る。
 小型の戦闘機を模した物体。
 STGIホムスビが映っていた。
 情報は「UNKNOWN」と表示された後「未確認」に変換。
「検体を捕獲、もしくは識別。双方不能な場合は撃破して下さい。繰り返します」
 警戒警報が繰り返されている。
 マザーの声に耳を傾ける者たち。
 最後の時を迎えようとする者。
 リアルの事情でログイン出来ずたまらずにロビーで戦況を見つめる者。
 ゲーム上で恋人同士なのか、中央モニターを見つめながら寄り添い手を取り合う者。
 ヤケになり、暴言からの乱闘、ハラスメント、違法行為等の理由で一発ペナルティを受け強制退出を食らう者。
 泣き崩れる者。
 まだ初めたばかりで事態が飲み込めない者もいた。
 マザーにコンタクトをとり指揮系統を受け継ごうとする者も。
 セントラルコアの爆発から外宇宙の映像以外が出たのは初めて。
 映し出されたソレは彼らに話題を提供した。
「アレ・・・戦闘機・・・だよな・・・」
「宇宙墓場の映像か?」
「どっかで見たことあるような」
「宇宙生物なの、あれ?」
「あ、だよね! 俺も思ったんだよ、違うよね。戦闘機・・・だよね」
「模倣したんだよ・・・この前の月みたいに・・・」
「え、じゃあ彼らって姿を変えられるの?」
「知らなかったのか。色々な姿になれるらしいぞ」
「嘘!・・・じゃあ・・・人間にも?」
「・・・かもしれない・・・」
「ちょっと待った、君さ、それ誰から聞いた?」
「いや、映画でやってるじゃないか」
「映画かよ・・・」
「現実に無いとは言えないだろ。中身は機械だけど人間そっくりで、未来からやってきて・・・」
「はいはい、わかりましたっと」
「じゃあなんだよ! パートナーだって人間そっくりじゃないか!」
「そうね・・・出来るのかも・・・」
 彼は互いに見つめ合うと、距離をおいた。
「宇宙人がいるかもしれないのか、この中に・・・」
「サイトウが宇宙人だって話だから、ありうるぞ」
「誰? サイトウって」
「あー、もうそういう世代か・・・」
「なんか変なタイミングで初めちゃったな~。このゲームってシーズン制ですか?」
「しらね。何にしてもまだ終わってないだろ」
「そうですかー。早くうちのミックンに水着アバター買ってあげたいな~」
「聞いたか、お目出度いね・・・」
「まあな。でも、少し癒やされた」
「終わるとどうなるんだろうな」
「さーね」
「終わらねんじゃね?」
「終わる終わる詐欺か」
「それな」
 ロビーが息を吹き返す。
「それにしても・・・あの飛行機なんだろうな」
「だよな」
 天井が波のように青く染まる。
 全員が気づいた。
 再びマザーからの拠点内放送。
「近郊宙域を航行中だったハンガリー拠点バルトーク隊が迎撃に向かうとの通信がありました。現在、日本・本拠点は拠点機能消失につき自動的に受諾されたことを連絡いたします」
 天井の色がもとに戻る。
「なんでハンガリーが俺達のテリトリー近くに・・・」
「親日なんだろ?」
「あーもういいや。牛丼弁当とビールでも買ってこよ」
「俺も今日は寝よ。つまんねーや。これだからリアル系ゲーム。クソなイベント端折れやって話」
「同感」
「やって損した」
「時間の無駄」
「クソゲーオブザイヤー受賞だなこのゲーム」
 三々五々ログアウトしていく。
「知らないって怖いね・・・」
「・・・死ぬの?」
「サイトウさんがいれば・・・」
「その人、強いの?」
「皆は色々言うけど、僕は日本・本拠点の誇りだと思ってるよ」
「なんで居ないの?」
「・・・アカウントを削除されたからね」
「どうして!」
「ほんと・・・なんでなんだろうな・・・」
「アレとは違うの?」
 二人は漂っているSTGIホムスビを見た。
「違う。彼のはロボットみたいなSTGIに乗っていたからね」
「じゃあ、違うんだ。誰が乗っているんだろ・・・」
「味方ならいいんだけど・・・」
 二人は手を強く握り合った。

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